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変な人

ナツにとって、走ることは自身の解放である。

一心不乱。これほど相応しい言葉ない。手足を動かして、ただゴールに向かう。雑念などない。そうして培われた筋肉は誇りであり、焼けた肌は名誉だ。


800メートル走の記録測定のためにレーンにつきクラウチングスタートの体勢を取る。

オン・ユア・マーク・セット……ブザー音がなる。

その瞬間に全神経を注ぎ、私は駆け出した。風を切る感覚が心地よい。独走だ。

私はスタートダッシュが最も得意だ。地面に足先が触れた瞬間に片足は前へ前へと伸びている。最初の200メートルは私の前に出られる人は少なくともこの部にはいない。そのはずだった。私の横を小さい少女が走り抜ける。思わず瞠目する。真澄だ。まだ十歳かそこらの少女に負けられない。私は少し先を走る少女に食らいつく。400メートル地点で目と鼻の先まで近づく。あと少し、もう少しだ。私はペースを無視して、全力で踏み込む。少女を抜いた。残り200メートルはいつもとまったく違う感覚だった。不思議と疲れもなく、速度も落ちない。間違いなく過去最高の走りだった。ゴールまで駆け抜けて、タイマーを見る。1分16秒64。自己ベスト更新だ。私は思わずガッツポーズした。膝に手をついて肩で息をしていると真澄が興奮した様子で声を掛けてきた。


「おまえ、すごいな!私より速い奴は初めてだ」

「当たり前、あなたよりも体が出来ているから」

「私も見てたけど、すごいね」


話題のにいさんがスポーツドリンクの入った専用の水筒を差し出してきた。

それをありがたく受け取って、喉に流し込む。


「ありがとう。ところで真澄は何歳なの?」

「わからねえ、誕生日も知らねえからな」

「そう……」


少し悪いことに触れてしまっただろうか。この少女にもそれなりの事情があるみたい。この子が陸上に本気を出せば私の記録を超すかも知れない。


「ねえ、陸上部に入らない?あなた才能がある」

「すまねえ、私はそこのにいさんの近衛だ」

「近衛っていつそんなことに」


にいさんが驚いている。真澄は2丁の拳銃を構えてポーズをとっている。もも?に教えてもらったと話しているが、誰の事だろう。

まあ、陸上に興味がないなら仕方ない。


「ナツ、すごいね」


ナオミがタブレット片手に興奮気味に話しかけてきた。彼女は陸上部の部長兼マネージャーだ。去年までは選手として私の隣を走っていたけど、今は選手のサポートをしている。タブレットが差し出された。そこには前回と今回の走りがホログラム上で現れ、瞬間秒速が常に表示されている。足の回転も歩幅も前回より、速くそして、広い。

最近不調だったからこれは嬉しい。


「真澄ちゃん、陸上部に入らなくてもいいからたまにナツと一緒に走ってもらえないかな?」

「にいさん、いいか?」

「もちろん」

「ありがとう、ナツのいい刺激になる」


ナオミは笑顔で言った。

彼女は少しだけお節介な所がある。世話好きだし、真澄の相手がしたいのかもしれない。


「私、長距離走ってくるから」

「私も行く!」


真澄は陸上部が行う長距離20キロランに参加する気のようだ。距離はさることながらペースもかなり速い。

まあ、きつくなったらリタイヤするだろう。

私達は走り出した。ナオミはここに残ってにいさんと話すみたい。

体作りの一環として行われる20キロランは週に一回市街地を走る。コード学園のちょっとした名物である。地域住民の協力の元、あまり使用されていない道路をコースにして、この時間だけは車の往来ができないようになっている。

私達はこれを90分以内に完走する必要がある。一人一つスマートウォッチをつけて走り出した。

真澄は意外にも余裕そうだった。よくよく見ると走り慣れているのかフォームも余計な力が入っていない。これなら完走しきれるだろう。

20キロを走り切り、学園に戻るとナオミとにいさんは飲み物やタオルの準備を終えて、雑談しているようだった。私達に気がつくと配り始める。

呼吸を整えてから、みんなで整理運動を行いナオミとナツと更衣室で制服に着替えた。

更衣室を出て、校門に向かうとにいさんが待っていた。

ナオミが手を振る。


「にいさん、お待たせしました」


ナオミが気軽ににいさんと呼んでいる。


「あ、そうだ!ナツもにいさんって呼んだら?」

「私は別になんでもいいけど……」


ナオミがにいさんと呼んでいるのに私が志音さんと呼ぶのは変な感じがするし、本人もにいさんと呼ばれることに慣れているみたいだからまあいっか。


「2人の帰り道はどっち?」

「私もナツもあっちの方向ですよ」

「じゃあ、送っていくよ」


コード学園には寮がない。みんな家から通っている。ナオミは高校になって、近所に引っ越してきた。


「にいさんはどこに泊まるのですか?私の家に来ますか?」

「私は学園総管理局に戻るよ。真澄もいるし、コード学園は通える距離だからね」


にいさんは普通に返答してるけど、ナオミが家に誘ってるんだけど。ナオミは世話好きのお節介だが、初めて会った男を家に招くほどではない。

心なしかナオミの声色はいつもより明るい。もしかして……

そんな疑念を持っていると、スキャン高校からよく知った高身長の男が出てきた。


「あ、コウキだ」

「おう、ナツか」


大人びた声が帰ってきた。コウキの眠そうな目が私を捉える。

ドキドキと心臓が高鳴る。走る時とどっちがうるさいだろうか。

コウキの視線は私から、ナオミ、真澄と移り変わって、にいさんの所で止まった。


「もしかして、話題のにいさん?」

「一応、そうかな。今日からコード学園に来たんだ。君はナツの友達?」

「友達ってか。幼馴染っすね」


コウキはテレビで見たにいさんが目の前にいることに興味が湧いているみたいだ。


「コウキ久しぶりにご飯食べに行かない?」

「んーまあ、いいよ。にいさんも来るっしょ」

「お邪魔じゃないなら」


にいさん、ナイス。普段のコウキならすぐに帰っている。

私は簡単ににいさんの好感度を上げた。ナオミも嬉しそうだ。

近くのファミレスに入ってそれぞれ料理を注文した。飲み物を入れて、席についた所で、にいさんが口を開いた。


「聞きたいことがあったんだ。コード学園で学園総管理局に推薦されそうな人ってわかる?」


何も知らないにいさんをよそに少し、空気が重くなった。


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