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待つ日々も、終わる日も

私が病院に着いた時、ティアは緊急手術を受けていた。

バク達と一緒に私はいつ終わるかわからないそれを祈りながら待っていた。

日も暮れてき頃にようやく手術中と赤く点灯されていたものが消えて、中から医者が出てきた。縋るような気持ちでみんなが駆け寄った。表情の変わらない医者の言葉を待った。医者は成功とも失敗ともとれる言葉を言っていた気がする。

心臓は動いている。意識は戻っていない。普通であれば死んでいるが女学生だからどうなるかわからないとおよそこんな感じの内容だった。

誰も何も言えなかった。手術を待つ間の空気が延長していた。

ティアは集中治療室に入れられた。いつ目覚めるのかはわからない。病院に残り続けることを選んだ私達は食事を忘れただ、そこにいた。

気がつけば22時を過ぎていた。私は彼女たちに帰るように促した。残りたいと懇願されると思っていたけど、彼女たちは私の顔を見てそんな気も失せてしまったのか。たぶん、気を遣わせてしまったのだろう。それから2時間が経った頃に看護師から私も帰るように言われた。

スラング学園に戻ってみると天井の残った教室で寝ていた。そうだった。寮も破壊されてしまったんだった。私の部屋にしていた場所も同様だった。

なんとなくティアの教室を訪れた。誰もこの教室は使っていなかった。

ふと、ティアの机の横に弁当バックが掛けられているのが目に入った。私はそれを机の上に置いて開けた。

唐揚げ、ポテトサラダ、ブロッコリー、卵焼き、梅のふりかけがかかったご飯が見えた。


「いただきます」


私はどんどんと胃の中に運んでいった。のどに詰まりそうになりながらも食べきる。


「ごちそうさま」


淋しい教室に淡い光が不鮮明に蔓延している。眠れない。疲れているはずなのに体を休める機能が死んでしまったか。眠れないまま、朝日を浴びるまで腹痛に襲われ続けた。

バクと明け方に廊下で鉢合わせた。あまり眠れていなそう。


「おはよう」

「おはよう、私は病院に行ってくるよ」

「そうか、私も行こう」


2人で病院に歩いて向かった。歩く速度は同じなのにバクの方が速い気がする。朝方特有のバタバタとした空気も疎外感の原因か。


「にいさんは私達のにいさんになると言ったな」

「うん」

「それは今も変わらないか?」

「変わらないないよ」

「では、覚悟した方がいい。今後もこんな日は来る」


私は何も言えないままでいた。こんな悲劇がこの先も起こるなんて実感を持てない。私の覚悟が足りていないのだろうか。

病院に着いたのは面会時間の開始頃だった。ティアの元気な姿を見ることは叶わない。


「にいさん、私はスラング学園の復興のために戻る」

「そっか、私にできることはある」


バクは首を横に振った。


「にいさんはティアのそばにいてあげてくれ」

「わかった」


それから私は毎日、面会時間終了まで居続ける生活が始まった。ティアは一週間経っても変化の兆しが見られない。一方で学園は元の姿を取り戻しつつある。私の不眠は悪化し、看護師からは心配の声をかけられるようになった。さらに数日後、ティアは集中治療室から個室に移動する運びとなり、体の方は心配する必要もないとのこと。


「弁当美味しかったよ」


手を触れられる距離。私は話しかけることが増える。生徒会メンバーは忙しい合間の時間をぬって、様子を見に来ていた。みんなが私のことを心配していることも感じ取っている。私もご飯はしっかり食べようと意識している。

今日の夜はバクから生徒会室に来るように頼まれた。生徒会室ではバク、真白、レイカ、ラクタが机を向かい合わせて書類の作成をしている。


「にいさん、来てくれたか。ようやく、スラング学園とスクエアの契約書が出来上がってな。にいさんには立会人になってほしい」

「わかった」


ざっと通して契約書を読んだ。スラング学園内の独立した組織としてスクエアが併合される形ととなり、生徒会との治安維持に向けての協力が盛り込まれている。授業に関しては現在のスクエアは中等部にあたる生徒は新しいクラスを作り学び、高等部にあたる生徒は好きな授業を選択し、単位を取得する形を取ることになった。加えて、放課後にも希望者には授業を受けられるように教職員による講義が開設される。

スラング学園とスクエアの確執がすぐになくなるわけではないため、学園復興の際に新しい寮を作ったそうだ。

入学試験の廃止の件は各小学校に通達し、合否ではなく習熟度確認テスト、身体能力テストを行うことになった。


「うん、じゃあ署名をして、翌日みんなに公布しようか」


翌日の朝、私は公布を見届けてから病院に向おうとした。すると、ももから電話がかかってきた。


「今、大丈夫ですか?」

「平気だけど、何かあったの?」

「クトルフに戻ってきてもらえますか」

「それは一時的にってことかな」

「いえ、スラング学園の復興も目途がたったのと先日のニュースで志音さんを迎えたい学園が急増したので、向かっていただきたいんです」


私はずっとここにいるわけではないのか。でもティアのことがある。ここに残ること言おう。私の責任なんだ。いなくなるなんてできない。

断りを入れようとした時、バクに肩を叩かれた。


「学園総管理局から話は聞いている。にいさん、行ってくれ。ティアと学園のことは私達に任せてくれ」

「でも、私は……」

「私達のにいさんになったんだ。私達を頼ってくれ。にいさんの存在を必要としている人達は他に必ずいる」

「……わかった。バクがそういうのなら」


私はももに戻ることを伝えて電話を切った。これで良かったのか。迷いはある。


「みんなでティアに会いに行きたいな」

「そうだな。真白たちを呼んでくる」


バクは生徒会メンバーを集めて戻ってきた。

レイカも真白も仕方がないと言う。

私は密かに残ることを望んで欲しかったと思う。これではどちらが大人かわからない。

病院に着いて、受付を終えると私達はティアの病室の扉を開いた。

風が吹いた。私達の憂鬱を取り払うとても爽やかでいて、心地が良い。

私は目を見開いた。ベッドから上半身を起き上がらせた少女が小さく手を振る。


「ティア!」


バク達は病院であることを失念して駆け寄った。

ティアは私達の様子を見て、微笑んだ。


「ひさし……ぶり……」


声は掠れていた。

ティアの声にバク達が涙ぐむ。


「良かった……本当に良かった」


バクが噛み締めるように言う。


「にいさん……ありがとう……ございました」


私はティアに感謝されるほどのことができていただろうか。そんな気はちっともしない。感謝するのは私の方で、むしろ謝るべきであった。

ティアは手招きをした。私が近づくと、ティアは私の手を握った。


「にいさんはね。私達の心の支えになってくれました。すごく、救われました。にいさんになってくれてありがとうございます」


ティアは喉の調子を取り戻して、笑顔で言ってくれた。そうか、私はこの笑顔を守れたのか。私は胸の内からこみ上げて、目から溢れてきたものを右手で覆い隠した。

病院へ通いつめた日々が思い出される。目は閉じたままで、変わることのなかった表情が、今こうして笑っている。私も救われた。


「ティアが無事で良かった」


私は心の底からの言葉を伝えた。それから私達はティアに事のてん末を説明し、私がこの場所から去ることも話した。


「そうなんですね……寂しいですが、にいさんがにいさんであることは変わらないですから」

「うん、変わらない。時間ができたらまた来るよ。それにいつでも連絡して」

「はい。ありがとうございます」


私達はティアにお別れを告げて、先に学園都市クトルフに戻ることにした。バク達には送ると言われたが、ティアと話したいこともあるだろうし、遠慮した。

駅に向かう途中人気のない道で、私は背中に何かを突き付けられた。


「金をよこせです」


私は突きつけられたものと幼い声のギャップに思わず振り返る。そこには私の腰ほどの身長しかない灰色のフードを被った少女が立っていた。






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