にいさんということ
私達は別動隊を組んだ。生徒達にはスラング学園に戻ってももらいスクエアとの協定をラクタ中心にレイカ立ち合いの元結んでもらう。そして、スクエアの占拠を解除して避難をする。その一方で私とバクと真白はステンから送信された住所へ向かうことにした。
最も重要なのは交渉だ。必ず、ステンには罪を償わせる。
私達が着いた場所は少し錆びついたビルだった。多分資金が潤う以前の拠点だろう。完全装備の警備隊が二人入り口で構えていた。バクとレイカにはしばらく待機してもらい私一人で乗り込んだ。警備隊に連れられてステンが待つ最上の部屋に入った。
「やっと来てくれたか。雨宮志音さん」
「それで交渉って言うのは」
「単刀直入だな。もう少し私との会談を楽しんでもらいたいのだがな」
私からしても学園から避難が完了するまで時間を稼がないといけない。しかし、この男と会話するのはしんどいな。
「交渉というからには私の提案も飲んでくれると」
「ええ、もちろんです。あなたの立場、権利、金銭、あらゆるものを保証しましょう。その代わりに私の傀儡になってもらいたい」
私の切り札は学園総管理局臨時代表ということだ。ステンにとって学園都市クトルフを支配するために必要なカードになる。あの兵器だけでは様々な学園が協力した時に勝てない。
「ところで、長谷川先生は今どうしている?」
「知らないね。成果を継続的に上げられない者など必要ないからね。捨てたよ。あーわかっているとも。その点あなたは問題ない。その立場はそう手に入るものではない」
長谷川先生に同情しようとは思えないけど、この男は非情だ。
「私は子供の身を案じる者として、あなたの提案は受けられない」
「もういいでしょう。ここに化け物はいない。偽善者ぶる必要なんて皆無だ」
「化け物?」
「鉛玉を撃たれてもピンピンしている奴らが化け物以外のなんだって言う」
そうか、子供の認識以上に大人の認識はもっと歪んでいるのか。
「お前は子供をなんだと思っているんだ!ティアがどんな想いでたった一人戦っていたと思う。ボロボロになった彼女を見て、怒り泣いた子がいる。そんな子たちが化け物なわけがあるか」
「はあ、勘違いするなよ。今ここで一言撃てと言えばお前は死ぬ。交渉と言ったのは譲歩だ。これが私の優しさだということを忘れるな。お前に選択肢はない」
「あなたは私を撃てない。撃てば手に入れないといけない物が一生手に入らないから」
「やはり理解しているか。ではお前が大切だと言う女学生の命ならどうだ」
そう言って、ステンはポケットから兵器の発射装置だと思われるものを取り出した。ティアが壊していたと言っていたが、やはり予備まで持っていたか。
私のスマホの通知音が鳴った。よし、学園からの非難は完了したみたいだ。ステンはまだラクタと協力関係にあることを知らないみたいだ。もうじき、バクと真白もやってくる。これで、ステンは詰みになる。
階段を駆ける足音が聞こえてくる。下の方で銃声が飛び交う。
「チ、女学生か。こいつを人質に取れ」
私は警備隊の一人に銃口を突き付けられながらステンの横まで歩かされた。徐々に迫る足音の正体が姿を現した。
「にいさん、無事か!」
「大丈夫、彼らは私を撃てないから」
「お前が命を賭けるほど愚かだとは思わなかった」
ステンは片手で頭を抱えた。それから笑った。大笑いした。バクから銃口を向けられていてなおステンは不気味に笑った。
「愚かしい男だと思っていたが、ここまでとはな。ガッカリだよ。元から兵器の向く先はこちらだよ!」
ステンは発射装置を押した。ピンクの閃光はこのビルに向かってやってくる。
まさか、賭けにくるとは思わなかった。まずい。
刹那、ピンクの閃光がビルを包んだ。しかし、全てを壊すなんてことはなかった。視界が回復する中、バクは閃光の方向に手を伸ばしていた。よく見ると右腕はダメージを負ったのか血が流れていた。そして、赤い目と青い目が光っていた。私達には何が起こったのか理解するのに数秒の時間を要した。しかし、真白は一瞬で理解し、警備隊を瞬時に制圧した。
「火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。まさか、私が覚醒するとはな」
バクは片膝をついた。
「ふざけるな、ふざけるな!でたらめだ!こんなの、黒鉄ノーブの兵器だぞ!化け物め……」
ステンは激高した。発射装置を何度も押してそれから胸ポケットからハンドガンを取り出して、私に向けた。
「銃を捨てろ!ことごとくお前ら化け物は邪魔をしやがって」
「銃を捨てるのはあなたの方だ」
私はステンに近づいた。
「何を強気になっている!化け物を味方につけたとてお前の体は俺と同じだ。一発で殺せる」
「私を殺してあなたに何が残る?もう逃げることはできない」
銃口が右胸に当たったところで私は歩みをやめた。
「俺は撃つぞ。どうせ死ぬなら一人でも多く道連れにしてやる」
「私が殺させない。お前には真っ当な手段で罪を償ってもらう」
ステンはどうやら援助をされた人物に命を握られていそうだ。
「これは私からの最後の交渉だ。今、投降するのなら命を保証する」
ステンはハンドガンを手から離した。
真白がステンを縛り上げた。
「なぜ、お前はそこまでこんな化け物の肩を持つ」
ステンは理解ができないと私に問いかけた。
「私は彼女達のにいさんだから」
私は迷わずに答えた。それからすぐにバクの元に駆け寄った。
「右腕は大丈夫?」
「心配ない。腕は痛むがそれだけで済んだ」
私は救急を呼び、スラング学園の治安維持組織のメンバーに連絡した。先に来た救急にバクをお願いして、真白はそれについていった。
私はステンと二人きりになった。
「あなたのバックには誰がついていた?」
「知らない。仲介者の指示を受けていた」
「その仲介者はどんな奴?」
「黒づくめで顔隠していた」
「黒鉄ノーブの兵器はどうやって手に入れた?」
「仲介者に渡された。具体的なことは知らない。でも、兵器は秘匿されてたらしいな。そんなことを知っている奴は限られているんじゃないのか?」
そう、私が気になったのはそこだ。誰が黒鉄ノーブの存在を知っているのか。バク曰く歴代生徒会長と学園総管理局代表だけで語り継がれているという話だ。それはつまり、バクにとってとんでもない裏切り者がいるということになる。
私は治安維持組織にステンを任せて、病院へ向かった。その間にニュースを見た。私とステンの様子とバクが覚醒して兵器を防いだ様子が映されて、さも世界を救ったかのような報道がされていた。誰がそんなことをしたのだろうか。私の疑問は増えるばかりで何もわかりやしなかった。
そうして私の存在は広く、スラング学園外にも知られることとなった。