未熟な大人
私達は拠点を目指して進行した。拠点に近づくにつれて、広大な野原に出た。すると火薬の匂いが風に乗って運ばれてきた。やはり何かが起きている。上空を飛ぶ戦闘機が空爆を行っている。
「にいさん、状況は想像以上に悪そうだ。ここで待機してほしい」
「それはできないよ」
私を心配する気持ちは大変ありがたいけれど、守らないといけない子供がいて、私が最終手段を持っている以上ここで待機などしていられない。
「いいじゃねえーか。ここまで来たんだ。一人にしておく方が危険だぜ」
「だが……」
「今優先することはティアって奴のことじゃねえのか」
「……うむ」
私達は戦闘機が遠くへ離れていくのを見て、すぐに野原を駆けた。トゥルップの拠点は既に半壊していた。建物には激しい戦闘の跡が伺える。もう戦闘自体は終わっているのか倒れている人はいても動いている人の気配はほとんど感じられない。
スクエアとトゥルップの間に何かあったのかもしれない。
私達は分かれて辺りを調べた。建物の中もスクエアの女学生やトゥルップの兵隊達がそこかしこに倒れていた。どちらも怪我はあっても死んでいるどころか重傷者はいなかった。
建物の中を進み最上階まで登った。厳重な扉が無理やりこじ開けられたのか人が通れるくらいで空いていた。私がその扉を通ろうと手をかけた時に微かな声が聞こえた。その方向に目をやると、血まみれになって、壁に寄り掛かる少女が左手でハンドガンを力なく握っていた。
「ティア!」
あまりの重傷に一瞬誰か判断できなかった。
私がすぐさま駆け寄るとティアはハンドガンを落した。
「に、ぃさん……」
蚊の鳴く声ほどの弱弱しい声がした。
「ご、めん、、なさい、目が、見えなく、、、て……」
怪我のせいで血が目に入るからかティアは目をほんの少しだけ開けているだけだった。
「無理にしゃべらないで」
ティアは見てわかるほどに衰弱していた。どうしたらいい。止血か、いやそんなことしている余裕がないほど損傷の箇所が多い。どれだけ無茶をしたんだ。とにかく運ばないと。私がティアの体に触れるとティアは弱い力で首を振った。
「私、かんばっ、、たよ、兵器は、、打たせな、かった、、から……」
「ティアは頑張ったよ。すごく、頑張った」
ティアは私達のためにこんなに無茶をして……
私はこの子のために何をしてあげられるだろうか。
「でも、もう、、、家族、だれ、もいなく、なっ、ちゃった……」
「私がティアのにいさんになるよ」
「うれしい、、な……」
ティアは体を脱力させて意識を失った。
「ティア、ティア!」
私はティアを抱えながら叫んだ。
「誰か!救急を呼んで!」
私の声を聞いた女学生がすぐに救急に連絡をした。
建物を出て、みんなが集まった。今からでもと止血をして、ティアの名前を呼び続けた。反応はなかった。救急に運ばれていくティアを私はただ眺めることしかできなかった。頬を伝う涙の痕が乾燥して残る。私の後悔がどれほど、意味のないことか。全力で自分を殴りたい。
ラクタの携帯の着信音が鳴った。ラクタは私達から離れた所でその電話に出た。
電話が終わるとラクタはすまねえと頭を下げた。
「仲間から何があったのか聞いた。正午前にステンが兵器を使おうとしたのをティアが装置を破壊して止めたそうだ。激高したステンがスクエアとトゥルップの兵隊達に指示して戦闘が起こった。ティアの粘りと戦闘能力を恐れたステンが排除することに決めて、とんでもねえ威力の銃火器を使用することを許可して、こうなっちまった。仲間が何十発も打ちまったらしい。本当にすまねえ。私が覚悟決めてすぐに連絡すればこうはならなかったかもしれねえ」
「それは違うよ。ラクタはスクエアの子たちのことを考えて行動したんだ。間違っていないよ。間違っているのは大人の方なんだ」
子供が全部背負わないといけない事が間違っているんだ。平気で駒に使うなんてありえない。あってはいけないことなんだ。
私のスマホの着信音が鳴った。表示された名前にはティアと書かれていた。私は電話をかけてきた相手に堪えようのない怒りが湧いた。私は地面に膝をついたままスマホを耳に当てた。
「やあ、雨宮志音さん。連絡が遅れて申し訳ない。ちょっとしたトラブルがあったものでね」
「どうやって、ティアのスマホを使っている」
「兵器を使う連絡をしたいが電話番号を知らない。このままだと連絡せずに使うしかないと言ったら素直に渡してくれたよ」
私は冷静になれるように地面を思いきり叩いた。
「何の用だ」
「伝言は聞いているだろう。交渉をしようと思ってね。一度、私の事務所に来てほしい。住所は今から送るので」
スマホごと叩き割ってしまいたい。この男の声をこれ以上聞いていたくない。でも、彼女たちの手前私はこれ以上みっともない姿は見せられなかった。
電話が切れた。私を心配そうに見つめるみんなの顔が初めて目に入った。
「にいさん、大丈夫か?」
「私は何ともない。何ともないんだ。ティアがあんなになったのに」
「にいさん、一回落ち着くんだ」
どうして、私が一番平静でいられていないのだろうか。彼女たちだって辛くてしかたがないはずなのに。私がこんなでは彼女たちが我慢をしてしまう。
「真白たちは大丈夫?」
「大丈夫ではないが、少し前はこんなことがよくあったからな。私は人一倍心構えをしてきた。だから今はにいさんの方が心配だ」
真白がこんな顔するほど私は心配される状態なのか。ダメだ。自分だとわからない。どんな顔をしているのだろうか。どれほど情けないものなのだろうか。
「にいさん、スマホを貸してくれ」
「バク?」
「ステンの居場所が伝えられたのだろう。私は今から敵討ちに出向く。これが無謀なことであっても許すことができない。私は奴を殺す」
バクの顔は酷いものだった。たぶん、私も同じ顔をしている。怒りに駆られながら涙を溢れさしていた。殺すと言う強い言葉に私はようやく、平静を取り戻してきた。それだけはさせてはいけないと私の心が強く訴えた。
「バク、それはダメだ」
「なぜ、止める。奴はティアにそれと等しいことをした」
「それでも!私はバクに人を殺してほしくない」
「では、どうする!泣き寝入りしろというのか!」
「違う!この責任は私が取る。私が命を賭ける」
「ダメだ、にいさん」
「私は殺すつもりなんていないから。ただ、ステンに近づけるのは私しかない。罪を償わせるために私が命を賭けるだけだから。どうかみんなには協力してほしい」
私は頭を下げてお願いした。