終章:そしてはじまる、夫婦としての日々
ルトガリアの侍女たちの力ですっかり綺麗になったランスリアは、美少女と見紛うばかりの美しい少年だった。
青年というほどには大人びていない。
ひょろりと背は高いが、仕草や顔立ちはまだ幼い。子供のようで可愛いと、侍女たちからは妙に人気だ。
ランスリアは、キースとラーナ、同い年程度に見えるが、実際の年齢は謎である。「長い間ずっと森から森を転々としていた気がしますが、よくわかりません」と言う。
「王都の学園に通うのだから、これからラーナと私、三人で過ごすことになる。ラーナと年齢が近そうでよかった。ラーナはいい子だから、きっと仲良くなれるだろう」
「待て、エニード。ランスリアは、君たちの家で暮すのか?」
「そうですが、何か問題がありますか。ラーナは週末は一人になってしまうので、ランスリアがいれば心強いです」
「だ、駄目だ。ランスリアは男だ」
「男……?」
綺麗になったランスリアに公爵家の案内をしながら今後のことを相談していると、クラウスがエニードの肩を揺さぶる勢いで焦りながら言いつのる。
「女性しかいない家に、ランスリアが住むなど、いけない。何か間違いがあったら……!」
「間違い。クラウス様は、私もランスリアもラーナも信用できない、と」
「ち、違う、すまない、そうではなく……純粋に羨ましかったのだ。羨ましい、エニードとずっと一緒なんて、死ぬほど羨ましい」
さめざめと泣きながら素直に気持ちを伝えてくれるクラウスを、エニードはよしよし撫でた。
ランスリアはよく分かっていない様子で、きょとんとしている。
キースが彼に「気にしなくていいですよ。クラウス様は普段はもっと落ち着きのある、立派な方なのですが」と、説明をした。
「では、クラウス様も一緒に住みますか」
「同居していいのか!?」
「それは、もちろん。夫婦ですので、同居しても構いませんが」
「待ってください、クラウス様。エニード様の家にクラウス様が住むということですか? 王都にはルトガリア家のタウンハウスがあります。住むのなら、そちらに」
さすがに、キースが口を挟んだ。
エニードはラーナと二人暮らしで、その家はあまり大きくない。
使用人も雇っていないと、キースは知っている。そのような場所に公爵夫妻を住まわせるわけにはいかないと、必死にクラウスを止めている。
「そうだな、それがいい。私は元々、ルトガリア商会での商売のために、王都にいることが多い。家のことはキースに任せているし、これからは心を入れ替えた母上もそれなりに手を貸してくれるだろう」
「クラウス様、大奥様の相手を僕にしろと……?」
「私もエニードと共に王都に行き、週末にはルトガリア家に戻る生活をしよう」
「クラウス様、大奥様もレミニア様も、エニード様が王都にいると知ればきっと押しかけますよ」
クラウスはキースの指摘を、聞いていないふりをしてやりすごした。
そして、うきうきした様子で「そうと決まれば、タウンハウスの改装をしなくてはな。エニードが過ごしやすいように」と、ぶつぶつと呟きはじめる。
「確かに、今の家にはベッドが私とラーナの分しかありませんし、部屋数も少ないですね。まさか、ラーナとランスリアを相部屋にするわけにもいきませんし」
「では、ルトガリア家のタウンハウスで暮らす、ということで。構わないだろうか」
「そうですね、よろしくお願いします」
「やった……!」
拳を握りしめてクラウスは喜んだ。
夫婦なのだから共に暮すのはごく当たり前なのではと思ったものの、クラウスが嬉しそうなのでまぁいいかと、エニードは何も言わなかった。
それにしても、ラーナは何と言うだろうか。
『エニード様、また拾ってきたのですか。今度は人。そして竜!』
「エニード様、また拾ってきたのですか!? 今度は人、そして竜……!」
エニードの予想通りの言葉を口にしながら、ラーナは「あはは」と笑った。
ディアブロをルトガリアの兵士たちがエニードが書いた手紙と共に新兵訓練所に送り届けた翌日、エニードはクラウスとランスリアと共に、王都に向かった。
馬車では無い。竜で、である。
翼竜たちはエニードとクラウスをそれぞれ背に乗せてくれた。
クラウスは大丈夫だろうかとエニードは心配していたのだが、エニードよりも弱いとはいえ、クラウスもよく鍛錬をしているようで、すぐに翼竜を乗りこなしていた。
ランスリアはアイちゃんことアイスドラゴンの背に乗って、王都に到着すると、まずはラーナに挨拶をしようとラーナの元へと顔を出したのである。
突如飛来したドラゴンたちに王都の者たちは騒然となっていた。
だが、ドレスだと竜には乗りづらいと、軍服を着た──セツカが「問題ない、人慣れしている竜だ」と竜の上から声をかけると、すぐに皆落ち着いた。
「セツカ様なら安心だ」
「セツカ様がそうおっしゃるのなら」
「竜に乗ったセツカ様も格好いいです!」
「素敵!」
──ドレスを着ていた時は、ここまでセツカセツカと言われなかった。
もしや王都の人々もエニードがセツカだと知らないのでは……?
という若干の疑問を抱えながら、しかし物事を深く考えないエニードは、まぁいいかと、その悩みをすぐに頭から追い払った。
そして、竜たちを外で待たせて、家の中で苺大福をもぐもぐしていたラーナを呼んで、事情を説明したのである。
「ドラゴンは大きいですね! アルムはフェンリルですから、きっとドラゴンぐらい大きくなりますね。ほら、アルム、ドラゴンですよ」
「その子も魔物なの?」
「そうですよ、ランスリア君。アルムです。そして私はラーナです。私の方が先にエニード様に拾われたのですから、私のほうがお姉さんです。お姉さんと呼んでいいですよ」
「お姉さん」
「まぁ、可愛い! ふふ、美少年、美少年もいいですね……キースさんにもお会いしたいですね、是非に」
持ち前の対人能力で、ラーナはすぐにランスリアを受け入れた。
素直にラーナを姉と呼ぶランスリアの両手を握り、ラーナはぶんぶん振った。
アルムはドラゴンに嫌な思い出があるものの、アイちゃんたちはレッドドラゴンとは違うとすぐに理解したようで、ちょこちょこと歩いていって挨拶のように鼻先で竜の足をつついた。
竜たちは小さい生き物をどうしていいやら分からないような様子で、身を硬くしていた。
少しでも動いたら傷つけてしまうと考えたのだろう。
「しっかり者の若き家令と、麗しの当主様と、魔物に育てられた美少年……属性が多すぎて、血で血を洗うかけ算が戦争をはじめそうです」
「かけ算が戦争を……? ラーナ、戦争とは穏やかではないが、大丈夫か」
「大丈夫ですよ、エニード様。……もしかして、心の声が外に出ていましたか?」
「かけ算が戦争とは、学園では難しい授業をしているのだな」
クラウスが腕を組んで感心したように呟く。
ラーナは「そうなのです、かけ算とはとても奥深いのです」と、しみじみ言った。
「ところでラーナ、引っ越しだ」
「引っ越しですか?」
「あぁ。ルトガリア家で皆で暮す。ラーナは嫌ではないか?」
「とんでもない! むしろ嬉しいです! エニード様のお側で、エニード様の面倒をみさせていただく。私にとってこんなに幸せなことはありません!」
「ラーナ、君は使用人ではないのだろう。エニードの妹として扱いたいと考えているが」
「や、やめてくださいな、クラウス様。私はエニード様の侍女でいたいのです。妹なんてとんでもない!」
結局、クラウスの申し出はラーナによって却下された。
広い広いルトガリア家の庭には、竜たちを余裕で飼うことができるぐらいだった。
ただ、ランスリアが学園に通っている間、竜たちの世話を誰かがする必要がある。
それなので、当初の提案通り、竜たちは騎士団本部での預かりとなった。
ランスリアの学園の入学手続きや、準備。それから、ルトガリア家での新生活の準備など。
色々とあわただしく行っていたら、あっという間に時間が過ぎて、エニードの休暇も終わっていた。
「デルフェネックの次は竜ですか、団長」
「竜! 飼っていいのですか、セツカ様……!」
エニードが竜たちを連れて騎士団本部に顔を出すと、ジェルストは困惑し、エヴァンは無表情で喜んだ。
長い休暇を終えて、エニードは騎士団長のセツカに戻っている。
騎士団本部まで送り届けたいと言ってきかなかったクラウスと一緒である。
竜たちに気を取られていたジェルストやエヴァンは、エニードの隣に立つクラウスに気づいて、慌てて礼をした。
「閣下、おはようございます」
「ルトガリア閣下、せ……エニード様にはいつも世話になっています、エヴァンと申します」
「ジェルスト、先日は色々とすまなかった。エヴァン、はじめて挨拶をするな。エニードの夫……夫の……! クラウスだ、よろしく頼む。二人とも、エニードが怪我をしたらすぐに私を呼んで欲しい」
「私は怪我をしません、クラウス様」
「ははは、セツカ様が怪我を」
「セツカ様が怪我を……! 流石です、閣下。常に、国を滅ぼすような強敵を想定するその姿勢、私も見習わせていただきます」
「私は強いが、クラウス様は私の心配をいつもしてくれるぞ、二人とも」
エニードは腕を組み、二人をじっと眺める。
クラウスはやはり特別だ。エニードのことをかよわい女性のように扱うのだから。
エニードが怪我をするような事態に陥れば、エヴァンの言うように国が滅ぶほどの危機が訪れるのだろうが、悪い気はしない。
「惚気ですか、団長」
「クラウス様はお優しい。熊であり女豹である団長の心配をするなど……夫婦とはいいものですね。ジェルスト、結婚したくなったか」
「いやぁ、俺はまだ……」
意味ありげな視線を送りあい、結婚について語り合う二人の様子を、ラーナやシルヴィアに見せたいなと、エニードは思った。
エニードは少し、かけ算について詳しくなっている。
新しい扉が開けたのも、クラウスのお陰である。
「エニード、どうか気をつけて。君に会えない時間は寂しいが、時間が許せば訓練の見学に来る。……今度は、堂々と」
「はい、クラウス様。見学はいつでも可能です。クラウス様も見所がありますので、訓練に参加しても構いません」
「そうか……それは、いいな、とてもいい。エニードに鍛錬をしてもらえるのか、すごくいいな……」
軍服姿のエニードと、麗しの公爵クラウス。
仲睦まじい二人の姿に、朝から見学に来ていた令嬢たちは、その尊さにハンカチを顔にあてて涙をこぼした。
セツカ✕クラウスか、クラウス✕セツカか。
彼女たちの議論は、次第に熱を帯びていく。
──いや、私は女なのだが。
まぁ、いいか。
やはり、かけ算とは戦争なのだな──と、エニードはしみじみ思うのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございました!
クラウス様があまりにも気づかないので、いつ気づくんだ!?とやきもきしながら書いていました。
まだまだ二人の生活は続いていくと思いますので
第二章を書き始めたら、そのときはよろしくお願いいたします!
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