色々重なる後始末
クラウスは何かを考えるように目を伏せると、エニードに尋ねる。
「情状酌量の余地があると、私の母上について君は言っていたな」
「はい。言いました。しかし、ランスリアの場合は野放しにすることはできません。アイスドラゴンと翼竜たちを取りあげるか、もしくは保護観察が必要かと」
「保護観察?」
「見守るということですね。ランスリアは、魔物に育てられたということですので、人としての感覚が乏しいのかと考えます。本人は、ほんの少し脅したつもりが、人々からしたら凶悪な──それこそ、魔王、のように見えてしまう可能性もあります」
魔王──とは、全てを従える魔物の王のことである。
またの名を、煉獄の主とも言う。
エニードは会ったことはないが、全ての魔物がうまれると言われている、ランスリアが捨てられた魔の山の奥にある魔界の門の先に、煉獄があり、そこには煉獄の主がいるのだという。
子供だましか、おとぎ話か、伝説のようなものだ。
祖父が寝物語で話してきかせてくれたことがあるが、「悪さをしたら煉獄に捨てる」などと言って子供に言い聞かせる、怖い話の一つである。
「ちょうど、私もそう考えていた」
「クラウス様も?」
「あぁ。ランスリア。ディアブロは君に嘘をついた。金も、家も、ディアブロは何一つもたない。あるとしたら、山よりも高い自尊心ぐらいだろう。彼の住む家や、生活するための金は、全て私の持ち物だ」
「そ、そそ、そうなのですか……!?」
ランスリアは目を丸くした。
幼子のような仕草だが、そこまで幼くもないだろう。キースよりは年上で、クラウスよりは年下に見える。
「ルトガリア公爵の爵位は、正式に私が継いでいる。私が十八の時だ。ルトガリア商会の事業に成功して富を得て──父に、生活費や住む場所を与える代わりに、爵位を譲るように言った」
「クラウス様」
親孝行のために、父に生活費を渡しているのかとエニードは考えていた。
だが、そうではないらしい。
そこには契約があったのだろう。確かに、何かしらの理由がなければ、クラウスがカロリーナやディアブロ、そして名前を知らないもう一人の兄弟の生活を援助する必要はない。
「エニード、私はあまり、優しい人間ではない。金がなく困っている父を脅して、爵位を譲るように迫ったのだから」
こころなしかしゅんとしているクラウスの頬を、エニードは元気づけるためにぽんぽんと撫でた。
先程ランスリアに手刀を当てた時になぜか羨ましがっていたので、その代わりである。
「クラウス様はしっかりしていらっしゃいます。クラウス様が領主で、領民たちはきっと幸せです。ルトガリア家の方々や領民たちをクラウス様がずっと守ってきたのですね」
「エニード……ありがとう。君のその言葉だけで、私は救われる。君はいつだって私の、救いの女神だ」
「女神ではありません。騎士です」
「そ、そうだな……その話もしなくては……だ、だが、心の準備が……」
クラウスは胸をおさえて小さな声でぶつぶつ呟いた。
キースが捕縛したディアブロを、マリエットとレミニアが縄を引っ張り連れてくる。
「反省なさい、馬鹿男」
「こんな人が親類にいるとは、まったくもって嘆かわしい話です」
「血は繋がっていないわ、レミニア」
「そうですね、伯母上様。全く男はどうしようもない生き物です」
「本当にそうね!」
いつの間にか、レミニアはマリエットをお義母様とは呼ばなくなっている。
だが、ここに来た当初よりも仲良くなっているように見えた。
「くそ……っ、こんなはずでは……!」
「あなたの話は後回しです。ややこしくなりますので。しばらく黙って、お待ちを」
「何故俺がお前の言うことをきかなくてはならんのだ、この熊女め!」
「女豹です。そして、ディアブロ様。お静かに。お口、うさちゃんですよ」
エニードは指を口にあてて、しいっという仕草をした。
ラーナとジェルストがやっていたのを思い出したのだ。あれは可愛かった。少しやってみたかった。
「か、可愛い……なんて可憐なんだエニード……!」
「眩しいです、エニード様、後光が、後光がさしていますね……!」
「エニード、可愛いわ……! あなたのその姿、今度絵師に描かせて家に飾らなければ……!」
「落ち着いてください、クラウス様、大奥様、レミニア様。どうしてそう反応が似ているのです、血筋ですか」
キースが、きゃあきゃあいう侍女たちを落ち着かせ、エニードの名前を呼ぶ使用人たちを落ち着かせながら、頭を押さえて深いため息をつく。
「──それで、まずは、ランスリアのことです、クラウス様」
「そ、そうだった。色々重なりすぎてな。ランスリア、君の身柄は、私が預かろうと思う」
「あ、預かるというのは?」
ランスリアが恐る恐る尋ねた。
エニードは、はっとして、クラウスを凝視した。
色々あって忘れかけていたが、クラウスは男が好きなのである。
ランスリアはほとんど手入れをされていないので、髪はぼさぼさで長く、着ているものも質素だが、よく見ればとても美しい顔立ちをしている。
「エニード、違う」
「大丈夫です、クラウス様。あなたがどんなご趣味でも、私は妻としてあなたを愛します」
「っ、ち、違う、そうではなく……っ、エニード、すまない、耳元でささやかれると、私は……」
何かを察したらしいクラウスが先に否定をしてくる。
エニードはクラウスを安心させるために、こそこそと耳打ちをしたのだが、クラウスはさらに慌てて、耳をおさえて顔を真っ赤にした。
「そ、その話も、しなくては……なんだか混乱してきた」
「落ち着いてください、クラウス様。衆人環視で、あまりはしたない顔をなさるのはやめてください」
「あ、あぁ、キース。指摘、感謝する」
クラウスは片手で顔をおさえると、きりっとした真面目な表情に戻った。
「話を、戻そう。ランスリアは、ルトガリア公爵家で預かる。アイスドラゴンも、翼竜たちも一緒だ」
「アイちゃんと、フレちゃんとニクちゃんと、一緒にいられるんですか!?」
「アイちゃんとフレちゃんと、ニクちゃんも一緒だ。魔の山で生き延びたのだろう。君の存在は貴重だ。アイスドラゴンたちを家族と呼び、アイスドラゴンたちも君に従っている」
「は、はい。家族です。本当に、家族なんです」
「そうなのだろうな。国王陛下は、魔の山をいつか調査したいと言っている。君の存在はその足掛かりになるだろう。それに、ルトガリア公爵領を私やエニード、キースや皆と共に守る、力強い味方になるだろうと考えている」
「もちろんです! アイちゃんたちを助けてくれるのなら、僕はなんでもします!」
何度も頷くランスリアの背後で、巨体のドラゴンたちが、尻尾をぱたぱた揺らしている。
彼らもまた、アルムと同じで人の言葉を理解しているようだった。
「それでいいだろうか、エニード」
「もちろんです、クラウス様。悪には罰を、人には愛を。クラウス様の生き方もまさしく、騎士。あなたには私と違い、尊敬できる祖父はいなかったというのに。自然と、そう生きることができている。私はあなたを尊敬します」
「……エニード。それは、君がいてくれるからだ」
「もちろん、いますよ。生涯を共にする、それが夫婦というものです」
エニードはクラウスの両手をねぎらうように優しく握った。
それから、大人しく口をつぐんで地面に膝をついているディアブロに視線を向ける。
ランスリアには同情の余地がある。
だが──ディアブロには、相応の罰が必要だ。




