魔物使いランスリア
エニードはクラウスの腕の中から抜け出すと、膝をついている魔物使いの男に向き直った。
仮面やフードを外している男は──近づいてみると、かなり若い。
もっと、老年なのかと思っていた。仮面を被っていたから、勝手な想像ではあるが。
長い間切っていないのだろう、銀の長い髪に赤い瞳をしている。
「魔物使い。あなたは金に目がくらみ、許されざる罪をおかしました。謝る気持ちがあるのはよいことですが、あなたからは魔物を取り上げる必要があります」
「ごめんなさい、どうか、許してください……! アイちゃんも、フレちゃんも、ニクちゃんも、僕の友達なんです!」
額を地面にこすりつけるほどの勢いで謝罪をしてくる男の前に、視線を合わせるためにエニードはしゃがみ込んだ。
隣に来たクラウスもエニードに倣って、地面に膝をついている。
「アイちゃん、フレちゃん、ニクちゃん」
「アイスドラゴンと、翼竜のフレイアと、ニクスレアです。皆、いい子で。僕の家族で……」
「家族を犯罪に使ってはいけません」
それに、許されざる罪を犯したのは魔物使いの男なので、謝罪はいいがぼろぼろ泣くのはいけない。
泣きたいのは、迷惑をかけられたクラウスやルトガリアの領民たちだろう。
今ここにはいないが、街からもアイスドラゴンの巨体が見えたはずだ。
怖かっただろうと思う。
エニードはそういった気持ちを全て込めて、魔物使いの男の額に軽く手刀を当てた。
ごつん、と、音が鳴る。
男は額をおさえてうずくまり、何故かクラウスが「羨ましい……」と呟いた。
「あなたは悪いことをしました。悪いことをしたのだから、泣いてはいけません。子供の悪戯ではすまない行いをしたのだと、自覚なさい」
「は、はい、ごめんなさい……。ディアブロ様が……アイちゃんたちと一緒に、屋敷に住まわせてくれるとおっしゃるから。だから、手を貸してしまいました。人を傷つける気はなかったのです、少し、脅かすだけのつもりでした」
アイスドラゴンに立ち向かってくる者などいないと、考えていた。
そう、男は言って、額をおさえながら顔をあげた。
「僕はランスリアといいます。赤子の時に、魔の山に捨てられました。それで──魔物に育てられたのです。アイちゃんは僕のお母さんのようなもので、フレちゃんとニクちゃんは僕の兄弟のようなものです」
「それは珍しいこともあるものですね。あなたは他の魔物使いのように、魔物に薬を飲ませて従順にさせているわけではないのですか」
「違います! そんな可哀想なことしません!」
「人を襲えと命じるのは、十分可哀想なことです」
「そ、そうですよね……でも、僕たちには行き場がなくて。魔の山では、人間は嫌われていますから、他の魔物に襲われることもあって。アイちゃんたちは僕をずっと守ってくれて……それで、魔物の中にも、人の中にも居場所がなくなってしまって」
森の中で、ひっそりと生きていたのだという。
けれど、アイスドラゴンがいるのだと知られると、討伐隊がやってくる。
だから、森から森を転々としていた。ランスリアとアイちゃんたちには金もなく、食べ物もなく、住む場所もなかった。
──そこに現れたのが、ディアブロだった。
「ディアブロ様はお金をくれて、住む場所もくれると言って。自分の住処を奪った悪い奴らを追い出すために、少し脅してくれればいいと言いました。僕は人を殺したりはできないと伝えていましたから……怖いことになるとは、思っていなかったのです」
「ディアブロに騙されたのだな、ランスリア」
「ご、ごめんなさい。僕、馬鹿だから。分からなくて。途中からおかしいなって思っていたのに、お金と住処に目がくらんでしまって……」
アイスドラゴンと翼竜たちが、それぞれ「ぎゅーあ」「ぎゅるる」と鳴いている。
それぞれ、ごめんなさいと伝えているようにも聞こえた。
「僕はどうなってもいいです。だから、アイちゃんたちは逃がしてくれませんか? 皆、いい子たちなんです。賢くて、いうことをよく聞いてくれて。悪いことはしませんし、人を襲ったりもしません」
「それは分かります。全ての魔物が討伐対象にはなりません。私はレッドドラゴンを倒しましたが、フェンリルの子供は助けました。アルムは賢くていい子です」
「フェンリルの子供?」
「ええ。家にいます。私の家族です」
「僕と一緒ですね……!」
ぱっと、瞳を輝かせるランスリアから、クラウスがエニードを庇うようにして片手で隠した。
それから色々なものを吐きだすように、深く溜息をついた。
「──君に個人的な恨みはない。ディアブロに甘い言葉で惑わされていただけだろう。だから、私は君を責めない。魔物たちのことも、責めたりはしない」
「あ、ありがとうございます」
「だが、このまま野放しにすることもできない。人は、金がないと、心がすさむ。住むところも食べ物もないとなおさらだ。生きるために、罪を犯す」
実感の籠った言葉だった。
クラウスは、過去、それほどまでに追い詰められていたのだろう。




