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エニード様、怒る



 ディアブロ・ルトガリア。前ルトガリア公爵ラウドと、メイドのカロリーナの間に生まれた子供である。

 ラウドはマリエットを物のように扱う傍らで、カロリーナに愛を囁き、マリエットとほぼ同時期に孕ませていた。

 

 生まれたのはクラウスが先ではあるが、同じ年にディアブロも生まれている。


「以前から、ルトガリア家はラウド大旦那様の物だから、嫡子は自分だと。その家の権利も、爵位も、ルトガリア商会の権利も自分にあると言ってはばからない、働きもしないごくつぶしです」


 キースが少し震える手で、エニードの腕をそっと掴みながら、密やかに教えてくれる。

 ラウドもカロリーナも、その子供たちも、マリエットと同じくクラウスの援助を受けて優雅に暮らしている。

 マリエットやラウドは実の両親だから理解できるが、カロリーナは仕方ないとして──その子供たちともなると、腹違いの兄弟ではあるのだろうが、クラウスが援助をする必要はない。

 何故なら、若いからだ。

 若ければ働くことができる。クラウスのように商売をしてもいいし、行き場がないのならば調練をして騎士団に入ってもいい。騎士団はいつだって人員不足である。


「エニード様を娶ったという噂をききつけたのでしょう。マリエット様がルトガリア家に訪れたことで、焦ったのかもしれません。どちらにしろ、こんな──魔物使いを、雇うなんて」


 キースの瞳がまるで宿敵に出会ったとでもいうように暗い怒りに燃える。過去のことを思い出しているのだろう。

 二頭の翼竜のうち、一頭に乗っている若い男がきっと魔物使いだ。

 フードを目深にかぶり、白い仮面で顔を隠しているために素顔は分からないが、おそらくはディアブロに雇われたのだろう。


「馬鹿なことを言うのではないわ! メイドとの間に生まれた子供になど、ルトガリア家を継ぐ権利があるわけがないじゃない! ルトガリア家の正当な後継者はクラウスただ一人よ!」


 マリエットが気丈にも声をはりあげた。クラウスを守ろうとしている──だけではないのだろう。

 マリエットからすれば、ディアブロは憎い男と女の間にうまれた子供だ。

 顔も見たくはないだろう。

 

(痴情のもつれとは、ややこしい。もつれさせたラウド様が出てこないのが、なお悪い)

 

 マリエットを前にしたクラウスは不憫だったが、ここにディアブロやラウドやカロリーナ、もう一人いるらしい彼らの子供が加わるとなると、さすがのエニードも頭が痛くなるようだった。


 だが、今大事なのは家督争いではないのだ。


「クラウス、その女たちを連れてここから出ていけ。ルトガリアの至宝、賢いクラウス様ならば、庶民に成り下がろうが生きていけるだろう」


 ディアブロの視線が、エニードの体を舐めるように纏わりついた。

 クラウスにその面立ちは似ているが、中身はクラウスとはまるで違う。

 躾けのなっていない、自分が一番偉いと勘違いしている犬のようである。


「まぁ、その女はおいていっても構わない。エニード・レーデンだったな。クラウスよりも俺の傍に侍ったほうがよほど幸せになれるぞ」

「生涯、夫とはただ一人。クラウス様が──たとえ、煉獄に墜ちたとしても、煉獄の主を打倒しましょう。世界の全てがクラウス様の敵になったとしても、私は最後までただ一人クラウス様を守ります」

「面白い女だな。まるで、騎士のようなことを言う」


 騎士なので当然である。

 クラウスは一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐに真剣な顔でディアブロと向き直った。


「ディアブロ、要求は受け入れない。だが、領民たちを傷つけるな! 彼らは私たちの問題とは無関係だ」

「領民とは、領主の所有物だ。どう扱おうと俺の自由だろう」

「それは違う。領主とは、領民に生かされている。彼らがいなければ、私も、そして王でさえ、空虚な玉座にただ一人座り、自分が偉いと嘯いている愚か者にしか過ぎない」

「意味が分からないことを言うな。お前と議論をしたいわけではない。服従するか、逆らうか。二つに一つだ。逆らった場合は──街を氷漬けにし、そうだな、その女も含めて、ここに氷のオブジェを作ろう」

「そうなる前に、アイスドラゴンを倒す」

「はは……! 無理に決まっているだろう。どれだけ金を払い、この者を雇ったと思っている。アイスドラゴンを操れる魔物使いなど、滅多にいないのだぞ」


 きっぱりとそう言い切ったクラウスを、嘲るようにディアブロは笑った。

 魔物使いは何も言わずに、ただディアブロの隣に佇んでいる。

 エニードは──ふつふつと、怒りが湧き上がるのを感じていた。

 

 人には愛を、悪には罰を。

 それが騎士道というものである。

 ディアブロは人だが、マリエットの場合とは違う。

 マリエットはエニードの勝負を受けた。そして、マリエットの提示する勝負の内容は、平和で可愛いものだった。


 人を、傷つけたりはしていない。

 だが、ディアブロはクラウスを傷つけ、ルトガリア家の者たちを傷つけ、魔物を悪用し──多くの領民たちを傷つけようとしている。


 量産型悪人とは違う、醜い悪である。

 もちろん彼にも事情があるだろう。だが、その事情を聞く気にもならないぐらいに、行動が、度を越している。

 許されるものではない。

 もちろん、その発言も含めて、許してはならない。


「クラウス様。剣と弓をお貸しください」

「エニード、君は隠れていろ!」

「あなたを守る。そして、ルトガリア家の皆を、お義母様を、レミニア様を。人々を守る」


 エニードは素早く、クラウスから剣を奪った。

 兵士たちがつがえている矢筒と弓を奪い、背中に装備する。


「それが、妻の役割です!」


 そう高らかに宣言すると、エニードは大地を蹴って、高く飛び上がった。

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