量産型悪人は人生を話しがち
泣き出したマリエットを、クラウスは冷めた目で見ていた。
長年の軋轢がそこにはあり、その溝は埋まらないように思える。
それも仕方ないことだと、エニードは思う。
感情とはままならないものだ。二十七年間、クラウスはマリエットのおよそ親とは思えないような姿を見てきたのだから。
それにしても──口から虹は出ないが、目から涙がでるのだな。
虹鱗クイーンサーモンとは、食べた者を泣かせるぐらい美味しいのかと、エニードは自分の分もぱくぱく食べた。
隣でレミニアが、この状況で食事を……!? というような顔を一瞬してエニードを凝視したが、何かを決心したように頷くと、レミニアの分の皿も手にして食べ始める。
「美味しい……! お義母様が泣いてしまう気持ちもわかります。エニードさん、美味しいです。エニードさんの手料理……手料理をいただいてしまいました、私。嬉しい……ではなく、あぁでも、美味しいです」
「喜んでいただけてよかったです。確かに美味しいですね。美味しい上に大きい、いい食材です。やはり大は小を兼ねるといいますから」
魚というのは、食べる部分が少ないのが問題だなとエニードは常々思っている。
大きい魚はそれなりに空腹を満たせるが、小さい魚は骨ばかりである。
しかし虹鱗クイーンサーモンは大きくて、切り身にするとルトガリアの皆と、マリエットの連れてきた従者たちの腹を満たすことができる。
量が多いのはいいことだ。
なんてことを言うと、ラーナに「感想が雑です、エニード様。見た目は繊細な美人なのに」と残念がられる。
さくさくと自分の分を食べ終えて、空腹を満たしたエニードは、皿をテーブルに置いて満足気な溜息をついた。
運動後の食事は余計に美味しく感じる。特に泣くほどでもなければ、口から虹は出なかったが、クイーンサーモンとはいいものだ。
「母上、泣くということはエニードの勝利でいいのだな。レミニアを連れて、さっさと帰れ。あなたの泣き声を聞きながら食事をするなど、せっかくのエニードの手料理が不味くなる」
「クラウス様、美味しかったですか」
「あぁ、エニード! とても美味しかった。君はなんでもできるのだな」
「なんでもはできませんが、大概のことはできます。何が起きてもあなたを守ることができますので、ご安心を」
「エニード……私が君を守りたいのだが」
「ありがとうございます」
その必要はないと言いかけて、エニードは内心やや慌てながら礼を言った。
一生懸命エニードを守りたいと言ってくれる、優しい夫である。その気持ちは汲まなくてはいけない。
ともかく、クイーンサーモンはクラウスの口にあったらしい。
エニードは満足気に微笑むと、マリエットに視線をうつした。
「マリエット様、少し落ち着きましたか。何か悲しいことを思い出しましたか、大丈夫ですか」
泣いている女性と子供には優しくしなくてはいけないが、泣きわめいている最中は話ができないのでそっとしておくに限る。
長年の騎士団長としての経験から、エニードはそれを知っている。
事情聴取をしようにも、泣いてしまっては話ができない。
だからしばらくそっとしておいて、少し落ち着いたところで話しかけるようにしている。
そう思うと、ラーナは気丈だった。悪人の元から助け出した時に泣いてはいたが、すぐに落ち着いて何があったかの事情を話し「親戚の元には行きたくない。あの家に戻ると、嫌な記憶を思い出してしまうので帰りたくない」と言ったのだ。
マリエットは、年齢こそラーナよりもずっと上だが、その中身はラーナよりも幼いように見える。
エニードはマリエットの前に膝をつくと、幼い少女にするようにその顔を覗き込んだ。
「……りょ、料理なんかで絆されると思ったら大間違いよ……!」
「特に、絆そうとは思っていないのですが、料理がおいしいと感じてくださったのならそれは喜ばしいことです。狩った命は美味しくいただく、これは狩猟の鉄則ですから」
「あなたは……本当に伯爵家の令嬢なの?」
「はい。エニード・レーデン。レーデン家の娘です」
「ふ……あはは、おかしい。私……何をしているのかしら、本当に。私の人生、なんだったのかしら……」
「人生……!」
エニードは目を丸くした。
料理の美味しさがどうして人生の話になってしまうのだろうか。
そういえばクラウスも、謝罪をしたときに生い立ちの話をしていた。
ルトガリア家の血筋の特徴なのだろうか。
そういえば量産型悪人も、捕まえたあとに話をしていると、人生を語りたがる傾向にある。
エニードはうんうんと聞くことにしているが、マリエットもそうなのだろうか。
だとしたらきちんと話を聞いてさしあげなくてはいけない。
「あなたは、こんな私にさえ愛情を込めた料理をふるまってくれたというのに……しかも、湖で魚を捕まえて、ずぶ濡れになるのも厭わずに、私が何を言っても、怒ったりもしなかったのに」
「ご自覚がおありか、母上。今更懺悔をしたところで、口にした言葉は取り消すことができない。……私がエニードに、してしまった罪と同じように」
「クラウス様、お静かに。今はクラウス様の罪の話はしていませんし、それはもう終わったことです」
エニードは素早く立ちあがると、クラウスの背後に立ってその口を両手で塞いだ。
クラウスはエニードに背後から襲われながら、なんともいえない表情で頬を染めて恥ずかしそうに目を伏せる。
不愉快にするのならわかるが、一体どういう反応なのかとエニードは内心首をかしげる。
ともかく今はマリエットの人生の話だ。




