エニード、念願のお土産を渡す
ルトガリア家に辿り着くと、侍女たちや使用人たちが家の前にずらりと並んで出迎えてくれた。
レーデン伯爵家ではこのような熱烈なお出迎えをされたことはない。
エニードはよく一人でいなくなるし、いつの間にか帰ってくるような生活を送っていた。
それはエニードの祖父によく似ていたために、レーデン伯爵家の者たちはエニードのそのような暮らしぶりになれていた。
特に歓迎はしないし、心配もしない。時折家にやってくる、野良猫のような扱いをされていたのである。
それはエニードが嫌われていたからなどということではなく、信頼をされていたのと同時に諦められていたからだ。エニードに、普通の淑女のように振る舞えといっても無理だと、レーデン家の者たちは理解していた。
というよりはむしろ、侍女たちは「エニード様本日も格好いいです」と喜んでいたし、兄嫁も「もっとたくさん、家に帰ってきてくださいねエニード様」ときらきらした瞳を向けていた。
おおむね、自由に暮させてもらっていた。ありがたいことだ。
エニードが実家で出迎えられたことがないからといって、こういったことに慣れていないというわけではない。
エニードが騎士たちを引き連れて魔物討伐などに遠征にいくとき、街の人々は「セツカ様、いってらっしゃいませ!」「セツカ様、頑張ってくださいね!」と集まって見送ってくれるし、帰還の時もそうである。
そういうわけで、ルトガリア家の家の者たち総出での出迎えを、エニードは魔物討伐から凱旋するような気持ちで胸をはって受け入れて、堂々とした仕草で白馬から降りた。
「クラウス様、皆、エニード、ただ今帰りました」
ひらりとドレスのスカートが広がり、風にゆるく癖のある金の髪が靡く。
軽々と馬から飛び降りて背筋をまっすぐに伸ばし、エニードは淑女の礼をした。
仕事中は騎士の礼を行うのだが、今のエニードはルトガリアの奥方なので、それに相応しい立ち振る舞いを心がけた。
郷に入っては郷に従えとは──各地を冒険していた祖父に何度も教えられた言葉である。
村人に謎の肉を振る舞ってもらったら美味しいといって食べなくてはいけないし、謎の薬を塗りたくられても、ありがとうといって微笑む必要がある。
そうして屈強な男はできあがり、同時にエニードもまた、内臓や皮膚さえも鍛えられたというわけだ。
侍女たちは「エニード様、よくお帰りになられました……!」と、肩を寄せ合ってしくしく泣き始める。
使用人たちも「エニード様、おかえりなさい」と瞳を潤ませた。
「エニード、お帰り。帰ってきてくれて、嬉しい」
クラウスは一歩前に進み出ると、遠慮がちにエニードの手をとろうとして──エニードが「そうだ」と声をあげたので、ぴたりと動きを止めた。
「長らく留守にしていましたので、土産があるのです」
エニードはそそくさと馬に乗せていた荷物を抱えた。
クラウスは行き場をなくした手を自分の背後に隠して、表情を引き締めた。
「クラウス様…………」
「みなまで言うな、キース」
「はい」
エニードは本人的にはにこにこしながら、周囲の人々から見たら無表情で荷物を抱えて振り向いて、クラウスの傍にいる彼と親しげな美少年に気づいた。
ラーナと年齢が近いだろうか。表情の少ない、真面目そうな少年だ。
彼は誰だろうと不思議に思ったが、とりあえずまずは土産だと、紙袋を侍女たちに渡した。
「エニード様、これは」
「王都で最近流行っている、豆大福です。皆さんで食べてください」
「まめだいふく……?」
「ありがとうございます、エニード様」
「なんて優しいのでしょう……王都土産をいただいたのははじめてです」
侍女たちは感動したようにうやうやしく紙袋を受け取って、エニードに深々と頭をさげた。
「一生、大切にさせていただきますね、エニード様」
「大切に飾らせていただきます」
「また買ってきますので、明日までには食べてください」
豆大福を飾られても困るなと思いながら、エニードは侍女たちに諭すように言った。
次に、侍女たちよりも人数の多い使用人たちに、紙袋を三つほど渡した。
「これは、フィロウズ様御用達の塩蜂蜜煎餅です」
「しおはちみつ、せんべい……?」
「国王陛下御用達の……?」
「なんて貴重なものをくださるのか……!」
「ありがとうございます、エニード様。大切に使わせていただきますね」
「道具ではなく食べ物です。日持ちしますので、一ヶ月以内には食べてください」
エニードは流行の菓子に詳しくない。ラーナが茶菓子として買ってきたものを参考にして、購入してきた土産である。
王都の流行は、ルトガリア領にはまだ届いていないらしい。
喜んでくれてよかったと、内心ほくほくしながら、エニードはクラウスの元へと向かった。
「クラウス様、そして……」
「キースと申します、エニード様。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。ルトガリア家の家令を務めさせていただいております。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「はじめまして、キース。エニードと申します。ラーナと年が近いのに、立派ですね」
「ラーナ様?」
「私の妹のような存在です」
もちろんラーナも立派だが。昨今の少年少女は立派なものだなと考えながら、エニードはクラウスへの土産を取り出した。
「クラウス様、土産です」
「これは一体……」
「招き猫です」
「まねきねこ?」
「はい。クラウス様は商売をしていらっしゃるでしょう。私は迷信はあまり信じないほうですが、縁起を担ぐというのは悪いことではありません。こちらを飾ると、客が増えて、お金も入る。そういう猫です」
「そんな、素晴らしいものがあるのか……」
クラウスは両手で抱えられるほどの大きさの、手をあげている陶器の猫の人形を抱いて、嬉しそうにした。
喜んでいる。よかった。
狸とどちらにしようか迷ったのだが、こんなに喜んでくれるのならば今度は狸も買ってこようと、エニードは思う。
ちなみに、狸の方が大きい。エニードの身長と同じぐらいの大きさがある。
「キースには、これをあげます。こんどはきちんと、あなたの分も買ってきますね」
エニードはいつも持ち歩いているラーナがつくってくれたお守りの、小さなうさぎのぬいぐるみを一つキースに渡した。
ちなみにこのお守りは、エニードが遠征の度にくれる上に、何かある度にくれるので、今では百体を越えている。あまりにも数が多いので、遠征先で出会った子供たちにエニードは配っていた。
ラーナも了承済みなので、キースにあげても怒ったりはしないだろう。
「うさぎ、ですね」
「ええ。ラーナは、こういった小物を作るのが得意です。私にお守りとしてくれるので、あなたにもあげます。きっといいことがありますよ」
「ありがとうございます、エニード様。ラーナ様にもいつかお会いしたいです」
「年齢が近いので、ラーナもきっと喜びます」
キースはエニードからもらったお守りを大切そうに両手に抱える。
「こういったものをもらったのは、はじめてです。なんだか、恥ずかしいですね」
「可愛いぬいぐるみを嫌う子供はいないのだと、私の経験上感じています。そこに性別の垣根はなく、恥じる必要はないのですよ、キース」
「エニード様、ありがとうございます……」
エニードはよしよしとキースの頭を撫でた。
やや気難しそうに見えた少年は、頬を染めて子供らしい笑顔を浮かべた。




