衛兵詰め所と部下たちと女装したエニード様
エニードは白馬に跨がり、衛兵詰め所に向かった。
仕事を済ませたらルトガリア家に行く予定だ。ルトガリア家の親切な侍女たちや、使用人たち、クラウスへのお土産を、衛兵詰め所に向かう途中、街の菓子屋や雑貨やで購入して白馬に積んだ。準備は万端だった。
やはり、一週間近く家を留守にした以上は土産は大切である。
クラウスはいい人なので、何を渡しても喜んでくれるだろう。
衛兵詰め所は、衛兵という独立機関ではなく、こちらもエニードの騎士団に所属している組織の一部である。
騎士たちは時折配属部署が変わる。魔物討伐が苦手な者たちが、衛兵を志願する者が多い。
魔物討伐はどうしても遠征や野営が必要になるので、家に帰ることができない場合がある。
幼い子供がいる父親などはそれでは困るわけで、きちんと休みがとれて家に帰ることができる衛兵は配属部署としては人気が高い。
昔は騎士団といえば名誉はあれど家に帰ることができない職業の筆頭だったのだが、非常に嫁煩悩な現王フィロウズの「それでは可哀想だな」との一言で働き方改革が行われ、今に至る。
騎士団の改革は古い者たちからは反発が出たが、当時エニードのことも小馬鹿にしていた古い騎士たちをエニードは「私が勝ったら私の言うことをきけ」と言って、決闘を申し込み、ばったばったと倒した。
エニードは倒した騎士たちを心根を入れ替えさせるために王国横断フルマラソンに参加させながら、やはり腕力は全てを解決すると思ったものである。
そんなわけで、エニードの活躍もあり働き方改革は恙なく行われた。
騎士たちは喜んでいる。エニードが騎士団長になってから、働きやすくなったそうだ。
それはなによりである。
妻や子供を大切にするのもまた、騎士道だ。仕事が忙しくそれができないなどはあってはならない。
そう思うと、クラウスの両親というのは騎士道に背いている。
彼らは騎士ではないので仕方ないが。
そういえば──まだご存命なのだろうか。
クラウスはなんとなく故人のように語っていたが、亡くなったとはいっていなかった。
生きているとしても、もう交流はないのだろうか。家族である以上、そういうわけにはいかないだろうが。
そんなことを考えていると、衛兵詰め所に到着していた。
王都の中心地にある詰め所の中には、悪人たちを一時閉じ込める牢屋がある。
犯した罪が大きく、投獄し続けなくてはいけない者──たとえば、問題を起こしたフィロウズの弟、バルサスなどは、辺境にある永久監獄に閉じ込めなくてはいけない。
こちらは、入ったら二度と出られないと言われている監獄で、量産型ではないおそろしい悪人たちが入れられる場所だ。
全ての悪人がエニードズブートキャンプで性根を入れ替えることができないのがつらいところだが、仕方ない。
ただ、軽い窃盗やら、酒を飲んだ上での暴力行為やらなにやらという、投獄には満たない罪の者たちは、一時衛兵詰め所の牢屋預かりとなるのである。
「おはよう、皆。昨日の悪人はどうなった?」
衛兵詰め所の門は、いつでも王都民に開かれている。
何かに巻き込まれた者がすぐに駆け込めるようになっているのである。
エニードは爽やかな朝に相応しく、白馬を扉の前で待たせると、扉をくぐって挨拶をした。
詰め所の中には、衛兵長ロランと、ジェルスト、それからジェルストの義兄弟であり、騎士団の二番隊隊長のエヴァンがいた。
ロランは三十の坂を上り始めた年齢の、体格のいい優しそうな風貌の男である。
非常に子煩悩で、娘の結婚に思いを馳せるとすぐ泣くが、悪人に対しては容赦がない、正義の男だ。
エヴァンは銀の髪に切れ長の紫の瞳をした、生真面目が服を着ているような男だ。
独身で、恋人はいない。仕事が恋人のような男である。
寡黙であまり笑わない。ジェルストとは真逆の性格をしているが、ジェルストとは仲がいい。
「どちらさまですか」
ロランに聞かれて、エニードは訝しげに眉を寄せる。
「申し訳ありませんが、一般人の方にそういったことは話せません。それとも関係者の方ですか」
生真面目に、抑揚のない声でエヴァンが言う。
ジェルストだけは口をおさえて肩をふるわせている。
よく笑うのだ、ジェルストは。フォークが転がっただけで楽しいお年頃なのである。
「ふざけているのか? お前たちの上司のセツカだ。今日はエニードの姿をしている。……違うな。どうもクラウス様のせいでおかしくなってきたが、どちらも私だ。いつも通りの私だ」
「セツカ様!?」
「そのおかしな物言い……団長ですか……?」
途端に、ロランとエヴァンの顔がぶわっと赤く染まった。
何事かと建物内にいた衛兵たちがわらわらと現れる。
「セツカ様……!?」
「セツカ様、可愛い……」
「団長を可愛いと思う日が来てしまうなんて……」
「この方が剣を持った熊なんて、信じたくない……」
口々に衛兵たちが何か言っている。エニードは「うるさい。仕事中だ、持ち場に戻れ」と命令した。
彼らは慌てたように「はい!」と言いながら離れていく。
「今の団長に命令されるのはいいな……」
「いつもあの姿でいてくれないだろうか」
「あの姿でいてくれたらもっと頑張れるのだが」
「しかしあの姿で、私に勝てるか? まだまだ弱いな──などと言われるのは、……うん、いいな」
などと言いながら。
エニードはどういう意味かと眉を寄せる。
男というのはドレスが好きなのだろうか。着るもの一つで大騒ぎするとは、心の鍛え方が足りない。
「団長、私は今不覚にも、アラン様の気持ちを理解しています」
「アランがどうした」
「いえ、なんでもありません。団長も、そのような姿をすると大人しそうな淑女に見えるのですね」
「お前は何を言っている、エヴァン。私はどのような姿であっても、大人しそうな淑女だろう」
「……え」
「え」
「い、いえ」
ジェルストがとうとうこらえきれないように笑いながら、エヴァンの背中を叩いた。
エヴァンはジェルストの肩に手を置いて、ついでに額を置いて、「はぁ」と深い溜息をつく。
この二人は距離が近い。
義兄弟とは恋人ではないらしいが、エニードはラーナに説明を受けるまではそのようなものだと考えていた。
だが、改めて考えると、恋人ではないらしいのだが、恋人のような距離の近さだ。
なるほど、これが右や左か──と、エニードは納得する。
「団長、女装をしてこないでください。風紀が乱れますよ」
「ジェルスト、週明けに王都五周マラソンと、手合わせ三本勝負だ」
「えっ」
「体が鈍っているようだからな。それで、悪人たちはどうしている?」
ジェルストが「見た目は可愛いのに横暴すぎる」と嘆いている。
今度はエヴァンが彼を慰めるようにその肩を軽く叩いた。




