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クラーレス様、推しのために怒る



 シルヴィアから、友人であるクラウスと、クラーレスにとっては憧れの君であるセツカことエニードの話を聞いて、クラーレスは戸惑っていた。


 もちろん、クラーレスはセツカがエニードであることを知っている。

 エニードはとても礼儀正しいのである。

 誰に対しても丁寧で、正しいことは正しいと、間違っていることは間違っているという。

 まさしく騎士の手本のようで、更にいえば誰よりも麗しい騎士セツカは、クラーレスやフィロウズに挨拶するときは、セツカとは名乗らない。

 きちんとエニード・レーデンと名乗っている。


 レーデン家の伯爵令嬢である。クラーレスはセツカをはじめ男性だと思っていたので、名乗られた時には驚いた。

 けれど、よくよく見れば他の騎士よりも小柄で、きめ細やかな肌も繊細な指も女性のものだ。


 エニードという人は、威風堂々とした立ち振る舞いのために実際よりも大きく見えるのだ。

 軍服が、金の髪が、表情筋をどこかに落としてきたような無表情で綺麗な顔が、丁寧な言葉使いが、完璧な所作が。

 どこを切り取っても、これほどまでに素敵な騎士はいないだろうというぐらいに素敵だった。


 クラーレスははじめてエニードを見た時から、すっかりエニードの虜だった。

 もちろん、クラーレスは夫を愛している。

 だが、それとこれとは違うのだ。

 

 公爵家で大切に育てられてあまり外の世界を知らないクラーレスは、フィロウズの婚約者になると更に箱にぎゅうぎゅうと押し込められた。


 フィロウズは普段はおおらかで細かいことを気にしない性格をしているのに、クラーレスのことになると妙に心配性だった。

 あれは駄目だ、これは駄目だと色々と禁止をされた結果、クラーレスは刺激の乏しい生活を送ることになった。


 もちろん、不満はない。大切にしてもらえるのはありがたいことだ。

 けれどフィロウズは何かと忙しく、クラーレスは一人で時間を過ごすことも多い。

 

 退屈していたところ、とある恋愛小説に出会った。

 是非作者の方に会いたいと我が儘をいって呼び出したところ、それが当時は高級娼館で娼婦をしていたシルヴィアだったというわけである。


 話してみると、シルヴィアはなんでもよく知っていた。

 恋愛小説は、恋愛小説というよりは、シルヴィアが見聞きした体験談のようなもので、他にもないのかとせがむと色々と面白い話を聞かせてくれた。


 クラーレスはすぐにシルヴィアの虜になった。

 シルヴィアは美しく、学もあったが、金がなかったため、フィロウズに頼み公娼という立場にしてもらい、娼館に借金を支払って──クラーレスが身請けをしたのである。


 クラーレスはそれほどに、刺激に飢えていた。

 だから、麗しいセツカの虜になるのも、仕方なかったのである。


 そんなわけなので、クラウスがエニードと結婚すると知った時には、クラーレスはかなりショックを受けた。


 クラウスは友人だ。幸せを願っている。

 けれど、高嶺の花であり皆の憧れのエニードを娶るなんて、ずるいと思った。

 正直、羨ましかったのだ。


 しばらく落ち込んだ。

 けれど、シルヴィアの話を聞いてその落ち込みは吹き飛んだ。


 どうやらクラウスは、セツカは男であり、エニードとは別人であると思っているらしい。

 その上、セツカに恋をしていて、エニードのことは愛していないとか、なんとかだ。


 クラーレスは、いつもは穏やかで冷静で、若干警戒心が強い友人の胡乱さに戸惑った。


 少し調べればセツカがエニードであることぐらい、すぐに分かる。

 調べないほどにエニードに興味がなかったのかと思うと、ふつふつと怒りが湧いた。


 エニードを娶っておきながら、なにごとか、と。

 

 そして、先程である。

 フィロウズはクラウスの状況を知らない。

 クラーレスとしては、フィロウズの口からエニードについて知られることは避けたかった。


 クラウスは、自分で気づくべきだ。


 クラーレスの体を張った演技のおかげで、エニードの秘密は守られたわけだが──。


「はははは」

「陛下、笑いすぎです。私は真剣なのですよ」

「いや、すまない。まさかそんなことになっているとは」


 寝室に運んでもらったあと、クラーレスはフィロウズに事情を説明した。

 クラーレスのはじめての悋気が可愛いと、昼間から愛の営みに励もうとしていたフィロウズを宥めるためである。


 話を聞いたフィロウズは、笑いすぎて涙の浮かんだ目尻を、指で拭った。


「しかし、何故気づかないんだ? クラウスがセツカに惚れていたのは知っていた。態度でわかる。だから、エニードを娶ったのかと思っていたがな」


 どう考えても同じ顔だろうと、フィロウズは首を捻る。

 それは、クラーレスも同感だった。


 クラウスは、何故、気づかないのだろう。



 

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