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エニード、か弱い伯爵令嬢のふりをする



 クラウスは無言でじっと見つめてくるエニードの様子に、表情を曇らせた。


「怖かったな、エニード。すまなかった。私が、君の傍を離れなければ、こんなことには……っ」


 心底悔いて自分を責めているクラウスに、エニードはどう声をかけるべきか悩んだ。

 普段ほとんど悩まないエニードなのだが、クラウスと結婚してからは結構悩んでいることに気づく。


 なるほど、これが夫婦というものだな──と、心の中で納得しつつ、言葉を探した。


 クラウスはエニードを助けてくれたのだから、別に怖くなかったとか、一人でも平気だとか、そんなことは言ってはいけない。

 エニードの頭の中で、ラーナが両手でばつ印を出している。

 ジェルストもやれやれと頭を振りながら「男にはプライドがあるんですよ、団長」と主張してくる。


 こんなことなら、こういう時にどうするべきなのかをシルヴィアにご教授願っておくべきだった。

 百戦錬磨のシルヴィアであれば、きっと上手に男のプライドを守る台詞を教えてくれるだろう。

 なんせ初体験なのだ。

 自分よりも弱い男に、まるでか弱い女のように扱われて、助けられることなどは。


「クラウス様。勘違いがあるようです」

「君は、この最低な屑どもに襲われそうになったのだろう?」


 麗しのクラウスが『屑』などと口にした。

 そういう言葉は知らないのかと勝手に思っていたので、衝撃だった。

 そういえばクラウスは山に分け入りオルターブの実を採取するような野生的な面があるのだった。それは、『屑』という単語ぐらい口にするだろう。


 その見た目に反して、思ったよりもやんちゃなのかもしれない。


 ちなみにエニードは、そのような言葉を使わないように極力気をつけている。

 騎士団とは、品行方正でいなくてはいけないのだ。


 男たちが地面に伸びていて、デルフェネックはエニードの隣に忠実な僕のようにお座りしている。

 アルムがデルフェネックの背中によじ登ろうとしているのを眺めながら、エニードはうん、と、一度頷いた。


 嘘はいけない。

 でも、クラウスを傷つけるのもいけない。

 両方しなくてはならないのが、エニードがセツカだと気づいてもらえないが故の辛いところである。


「クラウス様。私は襲われていたわけではなくて、悪者を追いかけていたのです」

「どういうことだ?」

「この悪者たちが、ご婦人の鞄を盗んだのです。ですので、私はそれを捕まえようと思い、追っていました。私は、公爵家の妻ですので、悪を見過ごすわけにはいきません」


 騎士団長のセツカですのでと、言いたいところだが、そこは誤魔化した。

 自分からは伝えたくないのだ。


 最初はセツカが男だと思っているクラウスが不憫だったからなのだが、今はどちらかというと意地である。

 両方とも可憐な私だろう、どう見ても!?

 と、エニードは思っている。男にもプライドがあるが、エニードにもプライドがあるのだ。


「エニード、君は……なんという、勇敢で心根の美しい人なんだ……」


 今の会話のどこに感動できる箇所があるのかエニードにはさっぱり分からなかった。

 しかしクラウスは、「公爵家の妻」という言葉で心臓をおさえ、「悪を見過ごせない」という言葉で感動に打ち震えて瞳を潤ませた。


(クラウス様は大丈夫だろうか)


 クラウスのことを心配するのはこれで何度目だろうか。

 これもまた、夫婦というものであると、エニードは深く納得した。


「勇敢な君を、この屑どもは集団で襲ったのだな。怖かっただろう、エニード。すまなかった。やはり私の責任だ」


 誤解が解けたような気がしたのに、会話が元に戻ってしまった。

 クラウスはエニードに手を差し伸べようとして、その手をぎゅっと握りしめて、引っ込めた。


「男に触れられるのは怖いだろう。大丈夫だ、私は何もしない」

「はい。大丈夫です。クラウス様のことは、理解しているつもりです」


 セツカのことは諦めたのだろうが、クラウスはきっと男が好きなのだ。

 なんとなれば、エニードがクラウスを襲うしかないのだが、襲うといっても具体的にどうしたものやらである。


「そうか……。このものたちを衛兵に渡したら、君を家まで送ろう」

「いえ、大丈夫です。用事がありますので」

「遠慮をしなくていい。私は君の夫だ。それぐらいはさせてくれ」

「大丈夫です、本当に」

「君は、私に怒っているのだろう。当然だな、私は君を傷つけたのだから」


 クラウスは前髪をかきあげて、自嘲気味に笑った。

 なんだか哀れな様子である。

 エニードは別に怒っていない。むしろ感謝をしているし、クラウスのこと少し好きになってきている。人間として。


 本当に大丈夫なのだ、家に送らなくても。

 あまり早く帰っても退屈なだけだし、そもそもクラウスへの土産を買おうとしていたところだったのだ。


 それに、衛兵に引き渡した後にエニードは事情を説明して、悪人どもをセツカズブートキャンプと呼ばれている新兵訓練所に送り込む予定だった。


 そこでの厳しい訓練を潜り抜けることによって、量産型悪人などは数週間で、汗水垂らして働いたほうがずっとマシ──と、性根を叩き直すことができるのである。


 だから、まだ家に帰りたくない。


「怒っていません。私は、まだ、家に帰りたくないのです」


 正直にそう口にすると、クラウスははっとしたように目を見開いた。


「そ、そうか、すまないエニード! 一人になるのが不安だったのだな。私は、そんなことにも気づかないとは……わかった。一緒にいよう、今日はずっと一緒だ」

「え……」

「大丈夫だ。君は何も心配しなくていい」


 クラウスは力強く頷いた。

 エニードには、何がどうしてどうなったのか、いまいち理解できていなかった。

 けれど、とりあえず頷いた。

 ラーナに言わせれば「何も理解していないのに理解したふうに頷くエニード様」という、あれである。 


 



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