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エニードと量産型の悪人



 さて――クラウスへの土産はどうしようか。


 クラウスは金に困っていない。公爵家は豊かだ。

 欲しいものは自分で買えるだろうし、何を渡しても喜ばないのではないかという気がする。


 ではクラウスの好きなものはなにか。

 それはセツカである。


「……セツカのものをあげれば、喜ぶのでは? それはつまり、私の私物ということだが」


 たとえばセツカが──私が、いや、ここはややこしいのでセツカはセツカとするとして。


(セツカの、もう使用しなくなった短剣などを渡せばいいのか? それとも、軍服などを)


 セツカにハンカチをさしだしてくれる女性たちは「もうハンカチを一生洗いません!」とよく言う。

 使用済みのハンカチなどを渡したら喜ぶだろうか――と、考えて、エニードはその考えを打ち消した。

 

 流石にそれは、よくない。衛生的によくない。

 せめて取り替えのきく礼装用の白手袋などはどうだろうか。


 しかし、それだけではなとエニードは頭を悩ませる。


「せめて苺大福ぐらいは買っていこうか。あのカフェにいたということは、クラウス様も苺大福が好きなのかもしれない」


 苺大福は明日まで日持ちするだろうか。

 生ものよりも焼き菓子か、それとも酒か、それとも──。


「誰か! 捕まえて! 鞄を盗まれたわ!」

「――悪人か」


 エニードの思案はふつりと途切れた。

 エニードの真横を、馬よりは小柄で、犬よりはずっと大きい狐に似た動物、デルフェネックに乗った男が通り過ぎていく。


 デルフェネックは小回りがきき、力とスタミナはないが素早い。

 遠乗りには適していないが、街乗りには適している動物である。


 あっという間にいなくなるデルフェネックの上には、男が乗っている。

 男は確かに鞄を抱えていて、裕福そうな婦人が道ばたに倒れて「誰か!」と叫んでいる。


「すまない。ちょっと持っていてくれ」


 エニードは通行人の一人に、ラーナへのお土産の化粧品類を押しつけた。

 カゴを道ばたに置くと、中からぴょんっとアルムが飛び出してくる。


「走るぞ、アルム」

「わう!」


 エニードは石畳を蹴る。

 ヒールの靴で、清楚なドレスで、風のように走るエニードと犬のような動物アルムを、街ゆく人々は唖然と見つめていた。


「私の前で悪事は許さん」

「わおん」


 エニードは風のように通りを駆け抜けて、道行く人々を避け、飛び越え、木箱を踏み台にして飛んだ。

 デルフェネック並に速いエニードは、まさしく閃光である。

 それに併走するアルムもまた、ただの子犬ではなくフェンリルの片鱗が見え隠れしているぐらいに速い。


「止まれ!」


 まさか人の足に追いかけられているとは思っていなかったのだろう。

 デルフェネック上にいる男がぎょっとしたように目を見開いて、手にしている空き瓶をエニードに向かって投げた。


 エニードはそれを華麗に掴むと、通りに設置されているゴミ箱へと投げ入れる。

 瓶は割れることなくゴミ箱の中にすぽっと収まり、道行く人々から拍手が湧き上がった。


「待て!」


 通りを曲がるデルフェネックの前に、エニードは大地を蹴って一回転すると降り立った。

 ドレスは乱れているが、エニードの呼吸は乱れていない。

 ヒールは折れてしまったので、無造作に靴を脱ぐと、エニードは両手にヒールの折れた靴を構えた。


「何だ、お前は!」

「黙れ。よくいる量産型の悪人め。可愛いデルフェネックを悪事に使うとは言語道断。鞄を盗む暇があったら、汗水垂らして働くがいい」

「うるせぇ、黙れ!」

「黙るのはそちらだ。私がお前を教育的指導してやろう。まずは、王都一周フルマラソンを三周からだ」

「この女を痛めつけろ! よく見りゃ可愛い顔をしている、売り飛ばすぞ!」

「売り飛ばす……?」


 エニード、二十歳。

 はじめて、男から可愛いから売り飛ばすと言われた。


「可愛いから売り飛ばすのか。私を」

「そうだ!」

「そうか……」


 何故軍服の時は言われずに、ドレスの時は言われるのだ。

 軍服の時は剣を持っているからだな、と結論づけて、エニードはわらわらとどこからともなく出てくるざっと五人ほどの目つきの悪い男たちと向き直る。


 アルムはエニードの頭の上に乗って、尻尾をぱたぱたさせている。

 遊んでいると思っているようだ。


「やれ!」

「……私をやる、だと」


 笑わせる――と声を張り上げて、ヒールの折れた靴で応戦しようとした時だった。


「彼女に触れるな!」


 低くよく通る声が路地に響く。

 駆け込んできた男が、剣を抜いてエニードを背後に庇った。


「クラウス様……?」

「無事か、エニード!」


 いや、無事だが。

 あなたこそ何の用事だ。

 危険だからさがったほうがいい。


 などなどの言葉を、エニードは飲み込んだ。


(まさか、私を助けようとしてくれているのか。クラウス様、弱そうなのに……!?)


 エニード、二十歳。

 可愛いから売り飛ばすと言われたとき以上に驚いた瞬間である。


 男性から守られるのははじめての経験だった。



 

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