エニードは土産を買いたい
エニードは両手に抱えた化粧品を、会計場まで持って行った。
クラウスが現れたことで、店内の様子は浮き足立っている。
女性たちは熱い視線をクラウスに向けていて、若い娘たちに「ルトガリア様」「ルトガリア様、サインをお願いします……!」「是非、握手を」などとせがまれていた。
クラウスは、セツカと同じぐらいに女性たちから人気があるようだ。
人助けと、化粧品や油などの開発。
確かに双方、人の役に立っている。
クラウスの人気も理解できるなと思いながら、エニードは会計をすませた。
大量購入したのでそれなりに値が張ったが、普段ほとんど浪費をせずに過ごしているエニードには貯金があるので、さしたる痛手でもなかった。
「こちら、全て持ち帰られるのですか? 重たいですよ」
「大丈夫です。力は、ある方です」
剣や鎧や盾に比べたら、別に重くはない。
片手にアルムの入っているカゴを、片手に化粧水などの美しい瓶がたくさん入っている紙袋を抱えたエニードは、店を出た。
女性たちに囲まれていたクラウスが、慌てたように追ってくる。
エニードは普通に歩いていてもかなり足が早い。
昔はよく、ラーナに歩調を合わせてくださいと怒られたものである。
今は一人なのであまり気にせず歩いていたわけだが、そのためクラウスは小走りで、エニードに追いつく頃には息を切らしていた。
「――え、エニード」
「クラウス様、どうされました。私は、何か忘れ物をしましたでしょうか」
呼び止められてようやく追いかけられていたことに気づいたエニードは、ぜえぜえしているクラウスを不思議そうに見つめる。
クラウスはやたらと疲れている。少し走ったようだ。鍛え方が足りないのではないか。
「おつりを忘れましたか?」
「いや、違う。何をしに、店に? 私に会いに来てくれたのではないのか」
「いえ。買い物ですが」
クラウスとは、明日ルトガリア家に帰ったら会う予定でいたが、今日は別に会うつもりはなかった。
そもそも、ルトガリア商会の店にクラウスがいるとは思っていなかったのだ。
確かにそこはクラウスの店なのだから、彼がいてもおかしくはないのだろうが。
「何故、君の――その、夫の店で、買い物をするのだ、君は」
「契約上の夫の店ですね」
「その節はすまなかった」
「気にしていません」
昨日、クラウスがセツカに思いを告げて、その上で思いを振り切ったことは、知らないふりをしなくてはいけない。
未だエニードがセツカだと気づいていないことについて、言いたいことは山ほどある。
だが、本人が気づくまでは隠し通すつもりでいた。
騎士道において、嘘はいけないのだが。
ここまできたら最後まで見届けようという、これもまた、騎士道である。
「化粧品が欲しいと言ってくれれば、いくらでも渡した。ルトガリアの商品は、君のものでもあるのだから」
「その必要はありません。私が個人的に必要なものは、私が買います。当然です」
「だが、ルトガリア家の金は好きに使っていいと伝えただろう。ルトガリア商会の商品についても、君は無料で手に入れることができる」
気持ちはありがたいが、ラーナや家族への贈り物なのだ。
これぐらいは自分で買える。
エニードは別に金に困っていない。
エニードが普段使う金といえば、ラーナの学費と食費ぐらいだ。
ラーナの学費も、伯爵家で出すと兄に言われているのだが、エニードは自由にさせてもらっているので、それぐらいは支払うと言って断った。
軍服は、騎士団から支給されるものである。
剣にはこだわりがあるが、こちらも磨いて手入れをして使っているので、あまり買い換えるということはない。
休日もほぼなく働いているので、金の使い道がないのだ。
人助けをすれば食料は貰えるし、暇があれば闘技場で試合をして荒稼ぎしている。
こちらは、別に金が欲しいからそうしているわけではない。
闘技場で戦うのは運動である。
「クラウス様。私にはお金は必要ありません。それでは」
「しかし、女性というのは色々と入り用だろう。私は君を困窮させるつもりはない」
「ですから、必要ありません」
「ま、待て。重たいだろう。私が持とう。家に帰るのか?」
「帰りませんが……クラウス様、私の事はお構いなく。それでは」
紙袋を奪おうとしてくるクラウスを、持ち前の身軽さでひょいっと避けて、エニードは会釈をした。
クラウスについてこられると困る。
今から彼へのお土産を買おうとしているのだから。
お土産というのは、渡す相手の目の前で買うようなものでもない。
「エニード、私は……!」
「クラウス様。これぐらいは自分で持てます。心配してくださってありがとうございます」
それではと、お辞儀をして、エニードはクラウスの前から立ち去った。
クラウスはなんとも情けない表情で、その場で立ち尽くしていた。
金の心配をされたり、荷物の心配をされたり。
幼い少女のような扱いをされるのははじめてだなと、エニードは考えながら歩き出した。
さほど不快ではない。
クラウスは優しいのだろうなと思う。
人として、嫌いではない。
本当に好きな人を諦めて、望まぬ婚姻をしなくてはいけないのだから、公爵というのは難儀だなと思いながら、エニードは繁華街への道を歩いていった。
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