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はじまっていないのに終わる恋



 切なげに潤む翡翠色の瞳、風に揺れる銀髪。

 どこを切り取っても美しいクラウスが悲しげな顔をすると、思わず駆け寄ってしまいたくなるぐらいに哀れな様子に見える。


 もちろん駆け寄ってもいいのだ。エニードは彼の妻である。

 しかし――そういえば、今日は軍服だったなと思いだした。


 もしかしたらクラウスは、軍服かドレスかで人を判断しているのかもしれない。

 

(私の本体は軍服かドレスなのかもしれない)


 一昨日はセツカとして、昨日はエニードとして、今日はセツカとして会っている。

 エニード的には軍服かドレスかの違いしかないのだ。

 さすがに、疑いたくもなるものである。

 

 というか、何故気づかない。いい加減に気づいて欲しい。


「セツカ殿。私は――先日、妻を娶った」

「そうですか。それは、おめでとうございます」


 私だ。

 それは、私だ。

 伝われ、いい加減に伝われと、エニードは心の中で念じた。

 クラウスの夢を壊したくないので黙っていたが、ここまでくると最早意地だ。

 

 どちらにしても女らしい容姿をしている私が同一人物だと気づかないとは。

 もう、いっそ気づくまで黙っていたい。


 それにしても、出会った瞬間に別れを告げて、妻を娶った宣言をするとは――セツカに対する愛の告白にしてはずいぶん遠回りだ。


「あぁ。だが、私はあなたに恋をしていた」

「――おぉ」


 言葉に詰まる。変わりに喉の奥から小さく感嘆の声が漏れる。

 これは、やはり告白だ。

 クラウスは公爵の立場では、道ならぬ恋を秘密しになければいけないと言っていたが、とうとう決心をしたのだろうか。


 というか、別に構わないのではないか。

 ラーナはあれほどまでに男性同士の恋愛について喜んでいたし、シルヴィアも喜んでいた。

 むしろ祝福されるのでは、と、思わなくもない。エニードは女だが。


「三年前だ。あなたが城での晩餐会の時に、クーデターによる魔物の襲撃から私を守ってくれた時から、私はあなたに恋をしていた」

「それは……ありがとうございます」


 クラウスの気持ちは既に知っている――と、エニードは申し訳ない気持ちになった。

 初夜の日に聞かせてもらったので、知っている。


 せめてセツカがエニードでなければ、クラウスの想いも遂げられたのかもしれないが。

 いや、しかし、どうすればいいのだろう。


(私はクラウス様の妻なので、クラウス様を愛する必要がある。それが誠実さというものだ。ということは、セツカとして私はクラウス様を愛すればいいのか。そうすればエニードもクラウス様を愛していることにならないか?)


 だんだん頭が混乱してきた。

 エニードとしての自分は、クラウスのことを嫌いでもなければ特別好きでもない。

 夫を愛するのは妻の当然の義務である。それが、騎士道というものだ。

 それなので、では愛しているかと聞かれたら、愛していると答えることができる。


 ここで、エニードがクラウスの想いを受け入れなければ、エニードはクラウスを愛していないことになり、それは騎士道に反する。


(つまり私は、セツカとしてクラウス様と浮気をすればいいということか……!?)


 なんだかおかしくないだろうか、それは。

 などと考えていると、クラウスはエニードに頭をさげた。


「一昨日も、伝えようとしたのだ。だが、あなたを前にすると言葉がでてこなくなってしまい、逃げるような醜態を晒してしまった」

「あぁ、一昨日も。騎士団本部にいらしていましたね」

「あなたと話がしたかった。……想いを伝えて、そして、別れを告げようと」

「別れを?」


 別れというのは、つまり、「俺たちはもう終わりだ、別れる」ということだ。

 恋人たちのそれである。数ヶ月に一回程度は恋人の変わるジェルストが、別れる時によく言う台詞だ。

 ということは、クラウスはセツカと恋人だったということだろうか。

 いや、そんな時代はなかった。


「私はあなたに恋をしていた。だが、立場を考えて妻を娶った。……しかし、気づいたのだ。本来愛するべきは妻であり、妻以外の誰かに心を寄せているのはとても不誠実なことだと」


 その通りである。

 エニードは、別に構わないのだが。

 契約さえ守ってくれればそれでいい。ただ、エニードは騎士道に則り浮気はしないし、クラウスを愛しているという、それだけの話だ。 


「だが、伝えないままでいれば未練が残る。だから、あなたに気持ちを伝えたかった。この気持ちを、終わらせるためだ」

「クラウス様。……あなたは、誠実な人なのですね」


 ようやく、エニードは理解ができた。

 クラウスはエニードを哀れに想い、自分の気持ちを捨てようとしているのだ。

 エニードときちんと向き合うために。

 エニードははじめて、クラウスのことが少し好きだと思った。


 人として、である。

 

 エニードは、微笑んだ。


「……っ、ぐ、それでは、し、失礼する……!」


 クラウスの顔がぶわっと赤く染まる。

 深く礼をしてエニードの前から立ち去るクラウスの背中を、エニードは見送っていた。

 シルヴィアの嬉しそうな「うふふ……いいものを拝見させていただきましたわ」という笑い声を聞き流しながら。





お読みくださりありがとうございました!

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