シルヴィア様と苺大福
シルヴィアを連れて、エニードたちは家に戻った。
エニードの家は、貴族の娘であり騎士団長をしているという立場の割に、小さめの可愛らしいものである。
街に近く、ラーナの学校に近く、騎士団本部に近いという立地条件で選んだもので、二階建てで、一階にリビングやキッチン、二階に寝室が二部屋ある。
伯爵家のタウンハウスは立派すぎて、元々気ままな一人暮らしをするつもりだったエニードには落ち着かなかった。
学校に行くために王都で暮らす必要があったラーナとの二人暮らしだ。
そこまで大きな家は必要なかったのである。
可愛らしい家には、小さな庭がある。ラーナと一緒に野菜を育てている。
小さいながらに愛しい我が家である。
そんな家の中において、豪奢な容姿のシルヴィアは妙に浮いていた。
煌びやかな金の巻き毛に、長い睫に豊かな胸。ふっくらとした唇は蠱惑的に弧を描いていた。
シルヴィアは家の中を見渡して「まぁ、とても可愛らしいですわね」と微笑んだ。
「シルヴィア様には狭いかもしれませんが」
「そんなことはありませんわ、エニード様。とても落ち着く場所ですわね、癖になりそうです」
「癖になられても困るのですが」
「あら、わたしくがいるのは、迷惑ですの?」
「そんなことはありません。けれど、ラーナが緊張しています」
「うふふ。緊張する必要はありませんのよ。わたくし、今はクラーレス様の傍に侍っておりますけれど、生まれは孤児なのですから」
ラーナは「は、はい」とあたふたと返事をしながら、お茶をいれて、リビングルームのテーブルに、苺大福を並べた。
「まぁ、苺大福! 大好物ですのよ!」
「よかったです。昼間、エニード様が買ってきてくれて……」
「いただいていいの?」
「もちろんです」
「ありがとう、ラーナさん、エニード様。一緒に食べましょう?」
シルヴィアが持つと、苺大福が最高級の菓子に見えるが不思議だ。
エニードはシルヴィアの隣に座り、ラーナも遠慮しながらもはす向かいのソファに座り、苺大福をもぐもぐ食べた。
好物を食べたためか、ラーナの緊張も少しほぐれたらしい。
「それで――わたくし、お二人のお話をくわしくお聞きしたいのですけれど」
「話とは?」
「もちろん、男性同士の恋愛についてですわ」
「……えっ」
「シルヴィア様も、ご興味がおありですか?」
エニードはやや困惑し、ラーナは身を乗り出した。
「ええ。わたくし、クラーレス様のおとぎ係をしておりますの」
「おとぎがかり?」
ラーナが首を傾げる。それは、エニードも初耳だった。
おとぎ係という役職自体、聞いたことがない。
「クラーレス様は、家から殆ど出ることもなく、大切に育てられた公爵令嬢ですわ。今は王妃となり、堅苦しい生活の中で、楽しみに飢えておりますの。わたくしは立場上、たくさんの不思議や楽しい話、悲しい話を知っていますから、クラーレス様に話してさしあげるのが、わたくしの役割なのです」
シルヴィアの色香のある声が、不思議な抑揚を帯びて部屋に響いた。
つい、引き込まれてしまうような語り口に、確かにこれは聞き入ってしまうなと、エニードは納得した。
「時に、物語をつくることもありますわ。恋愛の話もそうですの。でも、このところはマンネリ気味で……ラーナさんの話していた男同士の恋愛に、大変惹かれるものがありましたわ」
「王妃様に話すのですか……!? そんな、おそれおおい!」
「そんなことはありませんわ。セツカとクラウス様の関係を情熱的に表した演技、素晴らしいものでしたわ。わたくしとしては、女性のように美しいセツカがクラウス様を情熱的に愛するほうに、大変ドキドキいたしました」
「私は女ですが」
「この際、そんなことはいいのです」
いいのか――そんなことは。
けれど確かに、セツカに身を任せるクラウスというのは妙に色香がある。想像だけだが。
「それは、年下攻めというジャンルですね。年下の美しい男が、年上を攻めるのです。逆が好きな人もいますけれど、年上の筋肉質な男が戸惑いながらも乙女のようになるのがいいのです」
「なるほど……逆だと、どうなりますの?」
「そうですね。年上攻めの場合は、年下の男性がひたすら愛されるのがいいのです。ソファに座り、彼シャツに萌え袖で、ココアを飲む。これです。この世に様式美ほどいいものはありません」
「それはそれでいいですわね」
二人の会話は、もはや呪文だった。
エニードは半分子守歌のように、盛り上がる会話を聞いていた。
「では、義兄弟とは?」
「エニード様、騎士団では一体誰と誰が義兄弟なのですか?」
「私の副官のジェルストと、二番隊隊長のエヴァンだ」
「まぁ……!」
「あの、やや軽薄で女性好きだという噂のジェルストと、堅物で冷静なエヴァンが!」
「大変です、エニード様! これは、どちらを左右にするかで意見が真っ二つに分かれるやつですよ!」
「そうか……よかった」
クラウスと自分の話については理解をしようと務めたのだが。
それ以上の話は、エニードにはよく分からなかった。
うとうとするエニードを尻目に、ラーナとシルヴィアは盛り上がり続けて、その日の夜はふけていった。
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