どちら派かによる問題
ラーナは、秘密を共有するような小さな声で言った。
「つまりですね、クラウス様がセツカを襲いたいのか、クラウス様がセツカに襲われたいのかで話が変わってくるというわけです」
「私はクラウス様を襲わないぞ。クラウス様が何か悪事を働いた場合は別だが、彼はいい人だ」
「いい人かどうかは審議が必要ですけれど。例えばですね。私が、クラウス様だとして、この柱がセツカです」
ラーナは浴槽の中にある太い柱にとんと手を置いた。
「セツカ、なんて美しい人なんだ。私は君ほど美しい人を知らない。私の心を奪った君を、今すぐ食べてしまいたい」
なんてことを言うのだろう、ラーナは、と思った。
エニードはラーナをそんな風に育てた覚えはない。
「もしくは、私がセツカだとして」
ラーナは声音を変える。
「クラウス様、一目見たときからあなたを可愛い人だと思っていました。どうか、私の想いを受け入れてくださいますか? 私に、あなたをください」
「おぉ……」
私はそんなことを言わない――という言葉が、妙な感嘆に変わる。
滅多に動揺しないエニードだが、思わずクラウスにそのように迫っている自分(男)を想像してしまう。
――正直、どちらも同じではないのかという気がする。
「セツカ……もちろんだ……私も君が好きだ。どうか私を好きにしてくれ……」
「クラウス様をどのように好きにすればいいのだ、私は……」
そして思わず、頬を赤らめて従順な乙女のようになっているクラウスのことも想像した。
あの美しい男が頬を染めて目を伏せて、大人しくしている姿を想像すると――若干、淫らだなと思った。
確かに、ラーナの言うとおり、前者と後者では若干の違いがある気がする。
「――と、いうように。登場人物が同じでも、立場と役割で違いがあるのです。左右どちらに配置するかで、趣味趣向が変わってくるのです。前者のクラウス様だったら、エニード様とうまくいく可能性がありますが、後者の場合は、エニード様の努力が必要になります」
年齢を重ねた職人のような顔で、ラーナが言う。
エニードはパチパチと拍手をした。
「わかりやすかった。つまり、クラウス様が迫られたい側だった場合、私との夫婦生活が難しいという意味だな。だが、私は女だ。クラウス様を男のように抱くことはできない」
「理解が早い……もっと恥じらってくれるかと思ったのに。それにそんなに直球に言わないでください、エニード様」
「恥じらう必要がどこにある。夫婦生活がなければ子供は産まれないのだ。そこにクラウス様の趣味趣向が入ってくるとなると、中々難しいな」
その時である。
ざばんと、浴槽から女性が立ち上がる音がした。
エニードたちとは離れた場所にいた女性は、ざばざばとお湯をかきわけながら、エニードたちの元に向ってくる。
何事かと身構えるエニードは、遠目ではよくわからなかったその顔を見て、表情が変わらないながらも内心とても驚いていた。
「その話、詳しく知りたいのですが」
「シルヴィア様」
「……シルヴィア様?」
「あぁ。シルヴィア様だ。王の公妾をされている方だ」
「セツカ……いえ、エニード様。こんなところで会うなんて奇遇ですわね」
夜の雰囲気を漂わせたそれはそれは美しい金髪で巻き毛の女性は、魅惑的な笑みを浮かべた。
シルヴィア・シレストは国王の公妾である。
生まれは貧民街の孤児。その美しさを武器に高級娼婦になり、楽器や芸術などの教養をひたすらに磨き続けて、王の公式な妾にまでのしあがった女性だ。
――と、世間一般には言われている。
けれど、立場上王や王妃の護衛も行うエニードは、シルヴィアが王の妾の役目を果たしていないことは知っていた。
庶民のシルヴィアを傍におくために、王妃クラーレスが王に進言して公妾という立場にしたのである。
つまり、クラーレスの我が儘だった。
教養のあるシルヴィアを傍におきたかったが、たとえば他の立場である場合、出自を理由にシルヴィアは虐げられる可能性がある。
公妾という立場が一番自由で、文句を言う者も少ないのだ。
平たくいえば、シルヴィアはクラーレスの友人だった。
国王が嫉妬するほど仲がよく、城の中ではいつも一緒にいることは、城の中の者たちであれば誰でも知っていた。
「シルヴィア様、お一人でどうされたのですか。共同浴場にいるなんて、危険なのでは」
「まぁ、エニード様。わたくしは元々貧民街の出。危険などなにもありませんのよ」
「ですが、今はお立場が」
「でしたら、わたくしを家まで案内してくださいまし。今日はエニード様の家に泊らせていただいて、明日お城に送ってくださいましね」
「かまいませんが」
特に断る理由もない。
あっさり頷いたエニードの背後で、ラーナがあまりの恐れ多さに小さくなっていた。
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