序章
そろそろ結婚して欲しい――と、両親に泣きつかれた。
エニードは今年、二十歳である。
王国に住む女性たちの結婚適齢期が十六から十八だとして、エニードはそれを二歳も通り過ぎている。
気づいてはいたが、日々の忙しさに追われて、また――仕事も楽しかったので、結婚のけの字すら忘れていた。
「誰でもいいから結婚相手が欲しいと、ルトガリア公爵がおっしゃっていてな。先日の、王家の晩餐会での話だ。思わず、うちの娘と結婚をしてくれないかと、お願いをしてしまった」
「ルトガリア公爵は、是非、よろこんで――と、言っていたわ」
久々に顔を見せろと手紙を貰い、エニードがレーデン伯爵家に戻ってみれば、そんな話である。
勝手なことをと怒ることはできなかった。
勝手なことをしているのは、エニードの方だ。
レールデン伯爵家を兄が継いだのをいいことに、本来ならば政略結婚などをしなくてはいけなかった立場のエニードは、自由に好き勝手暮らしていた。
――自覚はある。
話は、エニードを置いてけぼりにしながら、勝手に突き進んでいった。
あれよあれよと婚礼の日になり、婚礼着に着飾ったエニードは、公爵家でルトガリア公爵、クラウスと並び、婚礼の儀式を済ませていた。
私がぼんやりしていても、月日は巡っていくのだな――と、達観したご老体のようなことを考えながら儀式を終えて、侍女たちによって体を清められて初夜のために夫の訪れを部屋で待った。
エニードのよく鍛えられた女らしい美しい体に、薄いレースのネグリジェは、よく似合っていた。
エニード自身はこんなフリルのたっぷりついた防御力の低そうな装備はごめんだと思っていたが、健康的な色香があると口々に褒められては、そう悪い気はしなかった。
侍女たちははじめて世話をするエニードの肢体にそれはもううっとりしていた。
こんなに健康的で美しい体を見るのははじめてだと。
やがて、扉が開かれて、夫が顔を出した。
クラウスは男性にしてはやけに顔立ちの綺麗な、女性的な雰囲気のある優男である。
身長はエニードよりも高いが、体つきは細身だ。
やつれているわけではないが、エニードが触ったら折れてしまうのではないかと心配になるぐらいの美しい男である。
世の中には美しい男もいるのだなと、社交界などに縁が遠かったエニードは、はじめて見るクラウスの姿に感心しきりだった。
クラウスは、ベッドで大人しくしているエニードの元へと近づいてくる。
多少の緊張は感じた。
恋愛などは今までしたことがないし、男性とそういった意味で近づいた経験もない。
これから初夜を迎えるのか、この男と。
うまくやれるだろうか。
エニードが結婚をして幸せになることは、古い考えの持ち主である両親の願いである。
それを否定するつもりはないし、その望みを叶えられるものなら叶えてあげたいと思う。
クラウスは優しそうだから、きっと大丈夫だろう。
「――すまない、エニード。私は君を愛するつもりはない」
ベッドでしおらしくしていたエニードの前で、クラウスは頭をさげて心底すまなそうにそう口にした。
――と、いうようなことがあったのが、昨日である。
「あははは!」
「あはは、ではない。笑い事ではないぞ、ラーナ」
初夜の翌日、エニードはすぐに公爵家を馬に乗って出立した。
王都にある自分の家に戻ると、家の管理をしてくれていた侍女のラーナが出迎えてくれた。
ラーナは元々、孤児だったところをエニードが拾って育てた少女である。
今はエニードの世話をしながら、王都の学校へと通っている。
エニードが家に戻ると「まぁ、結婚したのにこんなにすぐに帰ってくるなんて!」と、驚いていた。
エニードに、お茶と最近王都で流行の異国のお菓子であるみたらし団子を出しながら、ラーナはころころ笑っている。
「だって、おかしい。公爵様の思い人が、騎士団長だなんて!」
そうなのである。
昨日、ひどく申し訳なさそうに頭をさげたクラウスが言うには「私にはほかに好きな人がいるのだ」ということだった。
呆気にとられているエニードの手を引いてベッドではなくソファに座らせると、薄いネグリジェの上からガウンをかけてくれたクラウスは、どう考えても優しい男だった。
けれど、エニードを愛せないのだという。
「すまない、エニード。私には、想い人がいる。その人は、私の命を救ってくれた恩人だ」
「そうなのですね。それでしたら、その方を妻にすれば……」
「それが、できない」
「何故ですか?」
「その方は、男性だ」
道ならぬ恋の暴露をされたエニードは、まさかの展開に目を白黒させた。
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