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怪談 刀包丁(後編)

 自分の失言がこの女を凶行に走らせたとしたら、花神様になんと、なんと、申し開きをしたらよいのだと木瓜は思った。


「凡人――――あんたは私にそう、言いました」

「……それだけ……?」


 木瓜は気づく、花神様の声など一度も聞いたことがないことに。

 堂に祀られた季節の花でしかないことに。


「ええ。それだけです。私が親父の首がゴロンと転がるのを見て小便を漏らしたから、そう言ったんでしょうけど」

「そんなことは、覚えておらん」

「お侍さんにとっては首が落ちるなんぞあたりまえ、平気で当然なことですもんねぇ。そうでなきゃ、人を斬る仕事なんて、やってられないでしょうし」

「…………」


 解せぬ。

 なぜそれだけのことで人の目を刺せるのだと、木瓜は理解に苦しんだ。


「わからないでしょうねぇ。凡人以上のところにいるお侍さんには、凡人以下の人間が凡人と言われたときの気持ちは。実は私もね、最初は気にも留めなかったんです。親父殺されて、それどころじゃなかったんでね。でも、物乞いみたいな生活をしていると、だんだんと大きく育っていくんですよ。ああ、あのような仕打ちをされても、このような人生でも、あのお侍さんの中の私は凡人なのかと」

「言っていることが……わからん」


 じゅく……得体のしれない恐怖に、木瓜の体は小便を漏らしはじめる。


「でしょうねぇ。でも、あるんですそういうことが。実際にあったから、あんたは私に目をやられとるんです。ねぇ、教えてくれませんか? あの日、親父を殺されて小便を漏らして、親戚に騙され家をなくし、道端を我が家としなければならなかった私が、なぜ凡人でいなければならないのか。なぜ、凡人以下のままでいてはいけなかったのか」

「貴様の人生を……決めつけたつもりはない」


 袴が濡れて重くなっていく。


「じゃあ私はやっぱり、この世にいちゃあいけなかったってことでしょうか」

「違う!」

「あっ!」


 包丁に額をぶつけて叩き落した木瓜が、飛び退いて、野茨子から距離を取った。


「この世にいてはいけない人間など一人もいない! 私が貴様の親父を殺したのは悪党であったからだ!」

「ああ、やっぱお侍さんは怖いですねぇ。まさか、包丁に頭突きされるなんて思わんかったです。うん、たしかに、硬いおでこなら切れてもしれてますもんねぇ、さすが学がある人は――」

「黙れ」


 この、間違った人間を正してやらねばならぬ――額が少しだけ切れた木瓜は、静かに抜刀する。

 その隙に野茨子は、包丁を拾う。


「殺すんです?」

「いや、殺すつもりはない。だが、これ以上私への危害をゆるす気もない。包丁を捨てろ、ノイバラコ。私が貴様の人生を、世話してやる」

「襤褸包丁ですけど、一応、金出して買ったもんですよこれ」

「捨てろ」

「はいはい、そうします」


 野茨子は包丁をすぐ近くに落とし、ゆっくりと立ち上がり木瓜の顔を見つめた。

 背筋を伸ばしてみると木瓜との身長差は、ほぼ、零。


「一つ聞く、なぜ、腹を刺して平然としていられる」

「腸袋に鶏の血を詰めておいたんです。名付けて、ポンコツ剣。ポンコツだから刃が仇ではなく自分に向いてしまうんです。おもしろいでしょう」

「…………たしかにおもしろい」

「でしょう」

「実におもしろい。だが、貴様はいろいろと間違っている」

「なにがです?」


 風向きが変わり、木瓜の小便のにおいが野茨子の鼻をくすぐった。


「貴様は凡人以下などではない。凡人でもない。凡人以上、凡人以上の存在だ。そして凡人とは今小便で足袋まで濡らした私のほうだ。つまりはな、貴様はぜーんぶまちがっているのだ」

「…………」

「そうだろう。貴様が御託を並べなければ、私はとうに闇の中。二度とお侍さん(ぜん)とすることはできん」

「…………」

「なんとか言ってみろ、貴様は物を語るのが好きなのだろう」

「……………………いひ」

「ふ……ふふふ、はははは!」


 しばらく二人は、大きな声で笑いあった。


「もう一つ教えろ」

「なんです?」

「貴様の仕込んだ腸袋は、なんの腸だ」

「人間……であってほしいんですか?」


 黒ゆり峠に、夜が来る。





 それから、ほどなくして。

 黒ゆり峠の入り口にある茶屋で、背筋の伸びた娘が働きだした。

 その娘はつくり話上手で、この山には目玉をくりぬく一つ目の妖怪が出るんですよなどと言い、旅人を驚かして笑うそうな。


 そして


 その笑顔がたいそう愛らしく、茶屋は随分と繁盛したそうな。

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