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(6)

「お姉ちゃんは、お姫様なの?」

 5歳ぐらいだろうか、大きな緑色の目をキラキラ輝かせた女の子がわたしを見上げている。


 あの家具はやっぱり、これぐらいの年齢の女の子には刺さる色味なのね。まったくドリスときたら、色の趣味は幼いし宝石の趣味はババアだし、ゲームの設定とはいえひどすぎるわ。


 しゃがんでその女の子と視線を合わせる。

「お姫様じゃないわ。わたしはね……悪役令嬢よ」

 少々もったいつけながら内緒話をするように耳打ちした。

 

「あくやくれいじょう?」

 首を傾げる様子がかわいらしい。

「そうよ、お姉ちゃんを怒らせるとこわいのよー」

 にやりと笑うと、子供たちがキャー!っと悲鳴をあげて逃げ出し、そのまま孤児院の中庭で鬼ごっこが始まる。

 

 鬼はもちろん、悪役令嬢のわたしだ。

 ほかの子供たちも加わって家具の搬入が終わるまで鬼ごっこは続いた。

 子供たちの体力は底なしで途中でヘトヘトになってしまい、オスカーにバトンタッチした。

 

「このお兄ちゃんはね、極悪執事よ! 怒らせると殺されちゃうわよ!」

「ごくあくしつじー!」

 子供たちはまたキャーキャー叫びながら楽しそうに逃げ回る。

 勘弁してくれ!と目で訴えきたオスカーを華麗に無視したら、不承不承といった様子で鬼をやってくれた。


 そういえばお互い幼かった頃は、オスカーとこうやって鬼ごっこをして遊んだこともあったっけ……。

 

 突然燻りだした甘酸っぱい思い出を再び記憶のかなたに押しやる。

 駆けまわってほてった顔を手でパタパタあおいでいると、ふくよかな体型の初老の女性が歩いてきた。


 孤児院のジュネ院長だ。

「ドリス様、この度は多大なご支援を賜りありがとうございます」

「とんでもございません。引き取り手のない大型家具がたくさんあって持て余しておりましたの。助かりましたわ」


 クラークたちによる家具の搬入が終わったが、わたしはまだ孤児院にとどまることにした。

 ドリスはもともと友人もなく伯爵邸に引きこもりがちで暮らしている。友人がいない理由はもちろん、わがままが過ぎるためだ。

 ミヒャエルが一人娘を気遣って同年代の友人を作ってくれようとしていた時もあった。しかし、思い通りにならないとすぐに癇癪をおこしてわがまま放題に振る舞うドリスに定期的に遊ぶ友人はできなかった。

 だからこうして子供たちと過ごす時間が楽しくて仕方ない。


 家具とともに持ってきた差し入れの焼き菓子をみんなで食べた後、小さい子たちはお昼寝の時間、大きな子たちは勉強の時間になった。

 勉強の時間は、文字や簡単な計算をわかりやすく教えるオスカーが大活躍してくれた。

 

「悪役令嬢は字がヘタクソだな」

 横に座る10歳ぐらいの男の子がわたしの字を見てフンっと鼻を鳴らす。

「そういうあなたはどうなのよ」

 覗いてみると、とても綺麗な字で「ルーク」と名前が綴られている。

 

「やだ、とっても上手じゃないの! 見てなさい、次に会う時はわたしだって上達しているんだからね!」

 ふんすと胸を張る。

「ガキかよ。もう来んな」

「あなたほどガキじゃないし」

 不毛な言い争いをしていたら、オスカーに静かにするようたしなめられてしまった。


 結局、小さい子たちがお昼寝から目覚めるまで孤児院に長居させてもらった。

「次は悪役令嬢のドレスを持ってくるわね。男の子たちにはボールを用意してくるわ。待っていてちょうだい。ではごきげんよう!」

 悪役令嬢っぽく片手を腰に当て、もう片方の手で髪をバサっと後ろにはらう。

 子供たちからは拍手と歓声があがり、盛大な見送りを受けながら馬車に乗り込んだ。


 楽しかった。またすぐにでも来よう。

「悪役令嬢も捨てたもんじゃないわね!」

 

 帰りの馬車で上機嫌で笑うわたしを、オスカーが複雑そうな面持ちで見つめていた。


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