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ルーン岬二日目。
昨日はほぼ移動だけで終わってしまったから、今日からがリゾート本番だ。
天気は快晴で波も穏やか、申し分ないバカンス日和となっている。
ホテルのベッドはとても寝心地がいいし、食事も美味しい。
カタリナも「なかなかね」と言っていたから間違いないだろう。
ツンデレなカタリナの「なかなか」という評価は、十分に満足していることを意味している。
それだけに、やはりここへたどり着くまでの悪路が残念すぎる。
現地での満足度だけでなく、道のりも重要だ。
ハルアカとはちがい、この世界線のミヒャエルはルーン岬リゾートの出資者ではない。
だから、関係者にこのままでは早々に潰れるわよとは教えてやらないし、わたしが言ったところで相手にされないだろう。
「ねえ! 干潮のときにだけ行ける洞窟があるらしいよ!」
朝食後、リリカがはしゃぎながらわたしたちにパンフレットを見せてきた。
待ってました!
このセリフがラブラブイベントの始まりの合図だ。
わたしは心の中で盛大に拍手した。
カタリナとアデルが興味深げにパンフレットを覗き、それにわたしも加わる。
パンフレットには『毎日数時間だけ現れるエメラルドの洞窟!』と書かれている。
その海の洞窟は、差し込む光の関係で海面も壁面もすべてエメラルドに光っているのだ。
手漕ぎボートでそこまで行き、神秘的な光景を楽しんで満潮になる前に戻ってくるツアーとなっている。
ハルアカのイベントでは、ここでドリスが意地悪をして悪だくみを仕掛ける。
なんと、ヒロインを置き去りにしてボートで帰ってしまうのだ。ほかの同行者たちは、ヒロインが別のボートに乗っているとドリスに聞かされて信じてしまう。
唯一、なにかおかしいと感じたオスカーがボートから飛び降りてヒロインのもとへ向かい……という展開だった。
まもなく満潮になり水没する洞窟にわざと置き去りにするとは、もはや殺人未遂に等しい行為だと思う。
だからこそドリスは悪役令嬢として嫌われていたわけだが、なんて怖いことを思いつくのだろう。
しかし思惑は外れて、ヒロインとオスカーがふたりっきりになる状況を自らお膳立てした形になった。
男女ふたりきり。満潮になれば溺れてしまうかもしれないというハラハラした状況。
なんという「吊り橋効果」だろうか!
オスカーにしっかりと抱きしめられたヒロインは、いよいよ彼への気持ちを押さえられなくなっていく。
そんな大きな分岐点を迎えるイベントがついに開幕する。
つまり、ここで洞窟に取り残された人物こそが、オスカーの将来の伴侶となるに違いない。
さあ、オスカーの相手役は誰になるのかしら!?
わたしはワクワク胸を弾ませながら3人のヒロインたちを見つめていた。
洞窟ツアーに申し込み、その時間を待つ間ビーチを散策した。
アデルとリリカは波に素足をつけて、キャッキャとはしゃいでいる。
カタリナは侍女に日傘をさしてもらいながら、その様子を眺めている。
冷ややかに呆れたような顔で――そう思うのは、カタリナを表面しか知らない者の印象だ。
よーく見れば、ほんの少し口角が上がっている。
あれは密かに楽しんでいる時の顔だとわたしは知っている。
「ドリスお嬢様、暑くはないですか?」
オスカーが後ろからスッと日傘をかざしてくれた。
「ありがとう。大丈夫よ」
今日のわたしは青いサンドレス、オスカーは麻のズボンにコットンシャツという、互いにカジュアルな服装だ。
「それよりもオスカー、あなた泳げるわよね?」
「……はい」
突然なにを言い出すんだとでも言いたげに、オスカーが眉根を寄せている。
ルーン岬のイベントは、溺死するようなことにはならない。
なぜなら満潮になっても洞窟が海水で埋め尽くされるわけではないのだ。
しかし肩ぐらいまで浸かってしまうし、そのまま何時間も海にいれば体が冷えてしまう。
そこで潮の流れが変わったと判断したところで、オスカーがヒロインを優しく励ましながら泳いで洞窟から脱出する。
つまり、オスカーが泳げないことには困る!
「お嬢様と一緒に、さんざん湖で泳ぎましたよね?」
オスカーの声がどことなく呆れている。
そう。実はあらゆることを――その中にはもちろん今回のイベントも含まれている――想定して学校に入学するまでの2年間、わたしはオスカーとともに水泳の練習もしていた。
孤児院の子供たちと水遊びをするという名目で。




