13.家族みんなで
ライラが私たちのもとに来たあのお祭りの夜から、一年。
「シルベスターは本当に、はいはいが上手ね」
「今日も元気にライラの後を追いかけているね。仲の良い姉弟で何よりだよ」
私たちは屋敷の近くの草原でくつろいでいた。大きな敷物を広げて、その上に座って。お茶やお菓子も、ちゃんと用意してある。
その敷物の上を、私たちの息子であるシルベスターが一生懸命にはいはいしている。その少し先を、ライラがのんびりと歩いていた。
普通なら、敷物なんかの荷物はメイドや使用人が運ぶ。けれど今日は、ライオネルが全部運んでくれた。家族水入らずの時間を過ごしたいからねと、そう言って。
私がお茶をいれている間も、彼はシルベスターのお守りをしていてくれた。子供が生まれてから、つくづく思う。ライオネルは、いい旦那様なんだなって。
そして山神様の使いであるというライラは、やっぱり普通の犬とはちょっと違っていた。
あれから一年、普通の犬ならもうほぼ大人になる頃なのに、彼女はそこまで大きくなっていない。
とはいえ、私が片手で抱けるくらいの大きさから、大きめの猫くらいまで育っている。今のライラは、乳飲み子のシルベスターとだいたい同じくらいの大きさだ。
そのせいかシルベスターは、ライラのことをいい遊び相手だと思っているらしい。しょっちゅうああやって、ライラの後を追いかけていた。
おかげでシルベスターは、日に日にめきめきたくましくなっている。お父様もお母様もおじさまもおばさまも、それにばあやまでもが、こんなに元気な赤子を見るのは初めてだと言うほどに。
「よし、じゃあ今度はお父さんが遊んであげような」
言うが早いか、ライオネルが姿を変える。すらりとした姿の、見ほれるほどに美しい大きな犬に。
そうしてそのまま、三人……というより、一人と一匹と一頭? で遊び始めた。シルベスターの大好きな、取っ組み合いだ。きゃあと楽しげな声を上げて、シルベスターがライオネルに向かっていく。
ライオネルもライラも、シルベスターを傷つけないように気をつけてくれていた。
時々、シルベスターがふわふわの尻尾をむんずとつかんでいるけれど、二人は声一つ上げない。思いっきり抱き着いて毛並みを乱したりもしているけれど、二人とも抵抗しない。ちょっと眉間にしわを寄せたまま、じっと耐えている。
こうしていると、ライオネルとライラもまた親子のように見えていた。ライラが育ってくるにつれちょっと顔立ちが違ってきたけれど、そのぶん父と娘という雰囲気が出ている。
父と息子、父と娘。そうしてライラとシルベスターは、種族も見た目も越えた姉と弟。
みんな、私の大切な家族だ。目の前に広がっているのは、温かで幸せそのものの風景。
さわやかに晴れた草原に、涼しい風が吹き渡る。すぐ近くにある森の木々が、風にざわざわと揺れている。
ありがとうございます、山神様。私の大切な人を返してくれて。新しい家族をくれて。
一つの毛玉のようになりながら遊んでいる三人を見ながら、そっと森のほうに頭を下げた。
それからたっぷり遊んで、おやつにして。シルベスターとライラは、遊び疲れて眠ってしまった。たがいに寄り添って、満足げな寝息を立てている。
人の姿に戻ったライオネルとゆっくりお茶を飲みながら、愛しい子供たちを見守る。なんとも贅沢で、満たされる時間だった。
ライオネルもうっとりと子供たちを眺めていたけれど、不意に何かを思い出したような顔でこちらに向き直った。
「ねえ、ナディア。シルベスターがもう少し大きくなったら、一緒に出かけよう。僕と君と、シルベスターとライラで。家族旅行だ」
「ふふ、そうね。どこに行きましょうか?」
私たちの屋敷には、先代当主夫妻であるお父様とお母様も一緒に暮らしている。だから当主の仕事を一時的に肩代わりしてもらえば、遠出だって可能だ。
それにしても、旅行か。結婚してから山神様のことで忙しくて、全然どこにも行けなかった。
静かな高原の貸し別荘でゆっくりするのもいいかな。それとも、海風が気持ちいい南の街に行くのもいいかも。
そうやって考えていたら、彼はさわやかに笑って言い切った。
「もちろん、あの場所だよ。子供の頃一緒に読んだあの本の、あの風景を見にいくんだ」
一緒に読んだあの本。あっちこっちにある変わった、珍しい景色を描いた本。彼はそこに行きたいと言っていたけれど、今でもその思いは変わっていなかったのか。
「約束しただろう? いつか一緒に見にいこうって。……二人じゃなくて四人になるけれど、この子たちは僕たちの大切な家族だから、構わないよね?」
彼は約束を覚えていてくれた。それどころか、今でもその約束を守ろうとしてくれている。そのことが嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。
「もちろんよ。むしろ、この子たちをのけ者にするなんて考えられないわ」
「だったら決まりだね」
そうして二人、見つめ合う。自然と顔が近づいていって。
「あーう?」
わん。
誰も見ていないと思ってキスをしていた私たちに、いつの間にか目覚めていたシルベスターとライラが声をかけてきた。二人きっちりと並んで、何してるの? といった表情で。
それがおかしくて、ライオネルとくすくす笑い合う。
「見て、あの二人、そっくりだよね」
「そうね。人間と犬なのに、最近では本当に血がつながっているんじゃないかって思うくらいに」
「血がつながっていてもいなくても、それでもライラは僕たちの家族だよ」
優しい彼の声に、胸が熱くなる。この人と結婚してよかった、この人をあきらめないでよかった。もう何度繰り返したか分からないそんな思いが、またこみ上げてくる。
「ええ。……ねえ、ライオネル。私、今とっても幸せよ」
「僕も、幸せだ」
「どうか、この幸せが続きますようにって、願わずにはいられないの」
そうささやくと、ライオネルが小さく首を横に振った。
「違うよ、ナディア。幸せは、守るんだ。僕たちの手で。君がライになった僕をもとに戻そうと頑張った、あの時のように」
「そう……かもね」
「大丈夫。僕が守る。君のことも、子供たちのことも。……おいで、シルベスター、ライラ」
優しく言ってから、彼は子供たちを手招きした。乳飲み子と子犬は、言葉が分かっているかのように私たちのところにやってきた。
「僕は誓うよ。もう、君を泣かせたりしない。君たちを幸せにしてみせるって」
そうして彼は、私たち三人をまとめて抱き寄せる。また取っ組み合いが始まったのかと、シルベスターがきゃっきゃとはしゃぎ出した。
「だからこれが、誓いのキス」
彼の顔が近づいてきて、唇がそっと触れ合う。シルベスターは下から手を伸ばしてくるし、ライラも背伸びをし始めるし、どうにもにぎやかで愉快なキスだ。
でもこれは、私たちらしい誓いのキスなのだと思う。
そうして私たちはその誓いの通りに、ずっとずっと幸せに生きていくのだ。
とっても人懐っこくて優しい旦那様と、元気な息子、面倒見のいい娘。
みんなと一緒なら、幸せになれるに決まっているのだから。
ここで完結です。読んでいただいて、ありがとうございました。
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