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11.山神様のお祭り

 そうして私たちは一緒に屋敷を出て、手をつないで歩き始めた。屋敷のすぐそばにある山神様の山を、横に見ながら。


 山を覆う森は、ぐるりと縄で囲まれている。綺麗な飾り結びをたくさんつけた、ちょっと太めの縄だ。


 この縄は、ここから先には入ってはいけないという印として、私とライオネルが考え出したものだ。


 野の獣は自由に出入りできるように、森が広がるのを妨げないように、固い柵ではなく柔らかな縄にしたのだ。


 神が住まう地らしさを出せればいいなという願いも込めて、飾り結びを足した。


 そんなことを思い出しながら山を回り込むと、草原にたくさんの人々が集まっているのが見えてきた。遠目にも、とてもにぎわっているのが分かる。


 丈の低い草を踏みしめて、ちょっと浮かれた気分でそちらに近づいていく。


「みんな、待たせたな!」


 ライオネルが手を挙げてあいさつすると、みんなが一斉にこちらを向いた。気持ちのいい笑顔がたくさん並んでいる。


 みんなが左右に分かれて、道を作ってくれる。その道を、やはりライオネルと手をつないだまま歩く。


 その道は、小さな木の舞台に続いていた。この舞台はこの祭りのために、村の人たちが作ってくれたものだ。


 舞台の周囲には大小様々な台が並べられていて、色々なものが上に置かれていた。小麦粉の袋、とれたての野菜、塩漬け肉、かごいっぱいの果物、などなど。


 二人で舞台に上がり、山に向き合う。舞台の後ろ側、一段高くなったところにある新しい祭壇に向かって、深々と頭を下げた。


 この祭壇は、山神様をまつるために建てたもの。そして今日ここで開かれるお祭りは、山神様のためのお祭りなのだ。


 山に入ってはならないという山神様の言葉をみんながしっかりと心に刻めるように。ずっとずっと、語り継いでいけるように。


 だから私とライオネルは、こうやって山神様にまつわるものを形に残すことにしたのだ。村の人たちも協力的で、祭壇の掃除や、祭りの準備を手伝ってくれている。


 台に置かれた食べ物は、一度山神様におそなえしてから、祭りの最後に調理してみんなで食べる。


 いくつもの村から集まったたくさんの人たちが、みんなで大はしゃぎして、同じ料理を食べるのだ。もちろん、山神様にも料理をおそなえして。


 私とライオネルは、このお祭りが盛り上がるようにあれこれと知恵をしぼったのだ。そのほうが、山神様も喜んでくれるんじゃないかって思ったから。


 前にライオネルがクラウスを追い払おうとした時、山神様はライオネルの話を聞いてくれた。のみならず、あれこれと力も貸してくれた。


 自分の領域である山で悪さをする者には容赦しないけれど、ちゃんと礼儀を尽くせば分かってくれる。山神様は、そんな神様なのだと思う。


 そして山神様は、人間のことを嫌ってはいない。そんな気もした。だったら、こんな風におまつりしてもいいかなと思ったのだ。


 ……ちなみに祭壇の中に収められている神像は、本物の山神様に似せてライオネルが彫ったものだ。


 中々いい感じにできたらしいのだけれど、彼はそれを祭壇にしっかりとしまい込んでしまったので、私は結局それを見ていない。というか、ライオネル以外誰も見ていない。


 たぶん、そのほうがいいのだろう。山神様のしもべになったライオネルはともかく、ただの人間である私は、山神様に近づきすぎないほうがいい。


 そうして山神様へのあいさつを済ませ、くるりと振り返る。祭りの始まりを今か今かと待ちわびている村人たちと目が合った。


 子供なんかは「ねえ、まだ?」とはしゃいだりして、親に小声でたしなめられている。とっても微笑ましい。


「それじゃあ、今年も祭りを始めようか。山神様が僕たちを見守ってくれている、そのことに感謝して!」


 ライオネルはこの祭壇を建てる時、面白いことを打ち明けてくれた。この辺りに狼が出ないのは、山神様がこの山におられるからなんだ、と。


 もし山神様の機嫌を損ねてしまったら、私たちの屋敷や近くの村の辺りまで狼たちが出てくるかもしれない。そうなれば家畜や人が襲われて、大変なことになってしまう。


 それを知った村の人たちは、みんな深々と祭壇に頭を下げていた。手を合わせて拝む人もいた。


 今のライオネルの使命は、神と人とを隔てる壁になること。でも結局、彼は人と神を近づけたんじゃないかな、という気がする。


 みんながあの山に立ち入らない、その目的が達成されれば、別に気にしなくてもいいのかもしれないけれど。


 そんなことを思いながら、村の人たちに明るく呼びかけているライオネルを見つめていた。




 それからはもう、飲んで食べて踊って歌って騒いでのどんちゃん騒ぎだった。夕暮れ前に始まったお祭りは、日が落ちてもまだ続いていた。たくさんのかがり火のおかげで、夜になってもとっても明るい。


 一応この地を治める当主だというのに、ライオネルは村人たちから仲間のように扱われていた。要するに、すっかり気に入られてしまっていたのだ。


 彼は人懐っこい。神様相手に堂々と頼み事をしてのけるくらいには。だから同じ人間である村人と打ち解けるなんて、あまりにも簡単、というか当然のことなのだろう。


「ほらナディア、今年はワインの出来がとびきりいいみたいだよ」


 騒ぎから少し離れてみんなを見守っていたら、ライオネルが村人と肩を組みながら近づいてきた。既に結構飲んでいるみたいで、二人とも満面の笑みだ。


 彼はなみなみとワインが注がれたジョッキを手にしていて、それをこちらに勧めてくる。


「ええ、ありがとう。……あら、本当においしい。甘いのにさわやかで、しつこくなくて……」


 素直に受け取って口をつけたら、確かにとってもおいしかった。舌の肥えた貴族にだって売りつけられそうな逸品だ。


「今年も天気に恵まれて、しかも悪い虫もつかなかった! 最高のブドウが収穫できたんですよ! 山神様のおかげだな!」


 ライオネルと肩を組んでいる村人が、真っ赤な顔で明るく叫んでいる。周囲の村人たちも、うんうんとうなずいていた。


「小麦をネズミに荒らされることも減ったよねえ」


「晴れ過ぎてちょっと困ったなあって思ってると、じきに恵みの雨が降ってくれるし」


「おかげでこのところ、飢える心配をしなくて済んでいるし……それどころか、余った野菜をよそに売って、お金を得ることもできた」


「山神様あ、本っ当にありがとうございますっ!!」


 そんな明るい声が、あちこちから次々と聞こえてくる。ああ、みんな幸せそうだ。山神様と人間の関係もいい感じになっているし、言うことなしだ。


 それはそうとして、ちょっと気になることもあった。ライオネルを連れて少し下がり、そっと耳打ちする。


「……ねえライオネル、みんな色々言っているけれど……あれって本当に、山神様が……?」


 ライオネルは今でも、時折犬の姿になって山神様のところに通っていた。そうやって、今のこちらの状況を報告しているのだそうだ。


 だから彼なら本当のところを知っていてもおかしくないと思ったのだけれど、彼はにっこりと笑って人差し指を唇の前で立ててみせた。


「内緒。そのほうが、きっとお互いにとっていい結果になるから。……まあ、山神様が案外人間に甘いのは、僕も認める」


 そう言って祭壇のほうを見たライオネルが、目を真ん丸にする。


「え? あれは……」


 どうしたのかなと、彼の視線の先を追いかける。


 そこには、ライがいた。

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