続・大きな古時計
童謡「大きな古時計」の二次創作です。
おじいさんとお別れした後、時計はどうなったんだろう? こうなったらいいな、と思い書きました。
1
おじいさんが死んだ。真夜中に、この家で。
おじいさんが亡くなる瞬間、居間の大きな古時計が鳴った。
お別れの時がきたのを、僕と父さんに教えるように。
古時計は百年前、おじいさんが生まれた朝に、買ってきたものだそうだ。
それ以来、一日も休まず動き続けてきた。
けれど今はもう、動かない。
おじいさんと同じように。
この家で百年間、おじいさんと家族の時をずっと刻んできた。
おばあさんがお嫁に来た時も、父さんが生まれた時も。
僕が生まれて、母さんが亡くなった時も。
この家のうれしいことも悲しいことも、見守ってきた時計だ。
おじいさんが死んで、時計も止まった。
まるでこの家が時を刻むのを止めてしまったようだ。
そんな中で、父さんだけが忙しく動いている。
葬儀だとか連絡だとか、いろいろ忙しいようだ。
僕はじっと止まっている。居間の壁に背をつけて立つ、古時計の前で。
おじいさんにだけでなく、時計にもお別れを伝えようと思ったのだ。
「百年間、ありがとう。おつかれさま」
チクタク、チクタクと動く音も、時間を告げる鐘の音も、うるさく感じたものだった。でも動かなくなると、さびしいものだった。
(この時計、捨ててしまうのだろうか? おじいさんと一緒に焼いてあげられないかな? 大きすぎて、無理かもな……)
そんなことを考えながら、古時計を見ていた。いかめしいローマ数字の文字盤。かぎ針のような時針。長い腕の先についた振り子の丸い円盤。それらを収めた、がっしりした木製のボディ。
(おじいさんも、がっしりした人だったっけ……)
生前のおじいさんの姿を思い出して、少しさびしくなった。
そこでふと、おかしな物を見つけた。振り子に隠れるように、茶色に変色した紙が貼られているのだ。振り子が動いているときには、気づかなかったものだ。
顔を近づけて、覗き込んでみた。
『小橋時計店 △△町××ー□□』
これは、この古時計を作った店の名前だろうか? 振り子が止ま時にこの紙を見つけたことに、僕は何か運命を感じた。
もしかしたら、この家の時間が再び、動き出すかもしれない。
そこから僕は、ほとんど無意識に動いていた。玄関に車をつけて、居間から重い古時計を抱えて運び出した。
「おい! 何するんだ!?」
驚く父さんを急き立て、手伝わせ、古時計を車に載せた。そして運転席に乗り込むと、一気にアクセルを踏んだ。
車はすっ飛ぶように走り出した。茫然と立ち尽くす父さんを後に残して。
2
カーナビに該当する住所はなかった。スマホで検索して分かった。町村合併とやらで、町の名前が変わっていたのだ。
車で走って一時間。ようやく地番の場所にたどり着いた。少し田舎の、駅前通りだった。車から見る限り、時計店は見つからない。僕は車を降りて、歩いてみることにした。
駅前通りをひとつ外れた裏通りに、店はあった。ブリキの看板に、古めかしい文字で『こはし時計店』と右から書かれてあった。僕は店の戸を開いて、中に入った。
「ごめんください……」
ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん……。
ゴーンゴーン、ゴーンゴーン、ゴーンゴーン、ゴーンゴーン、ゴーンゴーン、ゴーンゴーン……。
リンゴンリンゴン、リンゴンリンゴン、リンゴンリンゴン、リンゴンリンゴン、リンゴンリンゴン……。
ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー……。
店の中は時計でいっぱいだった。壁中に時計が掛かっていて、その全部が鳴っていた。どの時計も、ちょうど二時を指していた。僕の使っている目覚まし時計や、スマホのアラームほどけたたましくはないけれど、耳の中でぐわんぐわんと響く音だった。
僕が茫然としていると、奥から店主らしい人が出てきた。頭も、髭も、白髪の混じった、おじさんだった。
「掘り出し物の時計なんかはないよ、若い人」
ネット販売の仕入れか何かだと思われたらしい。僕のような若者は、あまり立ち寄らないのかもしれない。
「違います。時計を直せないかと思って。古い時計なんです」
「うちは、こういった時計の修理が専門だ。高い腕時計なんぞは、メーカーに出す方がいいんじゃないのかね?」
おじさんは、壁の時計を指さしながら言った。
「この店が、その時計のメーカーみたいなんですけど……」
「なんだと?」
僕は事情を説明した。たぶん、百年前に作られた時計なんだと。そして、その時計に、このお店の名前が入っていたんだと。話すうちに、おじいさんの表情はどんどん真剣になっていった。
「み、見せてくれんか」
おじいさんに促されて、僕は古時計を取りに車へ走った。
店へ運び込んだ古時計を、おじいさんは抱きしめるように触って、唇を触れるように顔を近づけて眺めた。そうやってしばらく、あちこちを点検していた。そしておもむろに、店の奥へ入って行って、分厚いノートを持って戻ってきた。
「ちょうど百年前……これだ」
ページをめくって、僕に見せてくれた。百年前の昨日の日付と、僕と同じ苗字が書かれていた。名前は知らないけれど、たぶん僕の、ひいおじいさんだろう。父さんに聞けば分かるかもしれない。
「間違いない。わしの爺さんが作った時計だ。ずっと……止まらずに動いていたんだよな?」
僕は頷いた。そして驚いた。おじいさんの目から涙がボロボロ出てきたからだ。
「生前、爺さんは言っていた。『儂の作った時計は、百年は動く』と。誰も信じなかったが、儂は確かめたかった。それで、この店を継いだんだ」
僕もうれしくなった。僕のおじいさんと、このおじいさんと、おじいさんのおじいさん。この古時計は、三人のおじいさんの時計だったんだ。それから僕たちは、お互いのおじいさんの話をして過ごした。
3
店の時計が、二回ほど時を告げた頃、おじいさんが言った。
「それじゃあ、時計を修理しようか」
「直るんですか?」
「ゼンマイを巻くだけだ。爺さんの言う通りなら、な」
そういえば、僕はこの古時計のゼンマイを巻いたこともなければ、見たこともなかった。
おじいさんが持ち出したゼンマイは、特別性だった。数十センチはあろうかという、長い棒の先に、鍵が付いている。古時計をうつ伏せに寝かせると、底の方に小さな穴があった。おじいさんは、そこからゼンマイを差し込んで見せてくれた。
「こうやって、あとはゼンマイを回すだけだ」
「ゼンマイがあるなら、売る時に渡すべきじゃないんですか?」
「渡してしまったら、百年動いたか分からないじゃないか。と、爺さんが言っておった」
おじいさんが、苦笑いしながら言った。
息子も、孫も、跡を継がんのだ、とおじいさんは寂しそうに言った。僕は、また来ますと約束して、店を後にした。
家に戻って、居間に戻した。古時計を寝かせて、ゼンマイを差し込んだ。少し回すと、カチリ、と何かにハマった感触があった。そのままゼンマイを回し続けた。
百年分回すのは、骨が折れる。二時間はかかったろうか。
やっとゼンマイが動かなくなって、僕は古時計を元に戻した。
そっと、スイッチになっている掛け金を外す。
ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。
古時計が、再びこの家の時を刻み始めた。
さらに続編を考えております。