SERIES 1 1st night "遭遇"
この物語はフィクションです。
公道での暴走行為は他人の命を奪いかねない大変危険な行為で、法律で罰せられます。
決して真似しないように。
Prrrrrrrr……………
一週間の仕事が終わり、会社を出た瞬間、携帯が鳴り響いた。
電話の主はクルマの調達を依頼したショップの社長だった。
「もしもし、SSK代表の黒木颯汰です。クルマの方が準備できたから、都合の良い日に連絡してね。」
俺はすかさず
「明日取りに行きます。」と答えた。
「了解。時間はどうしよう?」
時間か・・・何時にしよう・・
少し悩んでいると社長が提案をしてきた。
「あ、たしか君、この前首都高走りたいって言ってたよね?」
「はい。」
「じゃあ15時くらいはどう?1時間ぐらいで終わるから、その日の深夜2時までぐっすり寝れるからさ。」
「是非お願いします。」
「了解ー。じゃあ明日、下取りに出すクルマをもってきてね。」
―――翌日
店の前にクルマを停めると、社長の黒木さんが気づいて駆け寄ってきた。
「こんにちはー」
「こんにちは。この度はどうもー」
軽く挨拶を交わして早速頼んだクルマの方へ向かった。
「これが頼まれてたクルマだよ。」
そこには綺麗にみがかれた黒いマスタングが停まっていた。
白いストライプがフロントからリアにかけて2本入っていて、ドアに「JRF」と描かれたステッカーが貼ってある。
「フォード・マスタングGTプレミアム2021年式。アメリカの提携店にちょうど良いのがあったんだ。しかもこれを見てくれ。」と社長がボンネットを開けた。
「前のオーナーがある程度手をいれてたんだ。スーパーチャージャー*にタワーバーも付いてる。ECUまで弄ってある。」
*圧縮した空気をエンジンに送り込みパワーアップする装置(過給機)の一種。
「パワーの方はどうなんですか?」
「向こう曰く920ps(馬力)だって。」
凄い。
俺の乗ってるA7の3倍以上だ。
「でもまぁ、初心者にはちょっとやり過ぎ感は否めないから、ショボい気もするが今は600psに押さえてるって。」
ショボいとは。
それでも2倍は出てるわけだ。
「まぁだから、君の希望であれば、すぐに920psまで解放するけど、どうする?」
「今は大丈夫です。」
「そうか。」
断ったのはさすがに乗りこなせる自信がないからだ。
クルマの事もまだまだ勉強中だし、スポーツ走行なんて今回が初めてだからだ。
「そういや今夜早速、首都高に上がるんだよね?」
「せっかくだし、一緒に走らないかい?愛車の様子も見たいし。」
「良いんですか?ぜひお願いしたいです。」
「じゃ残りの手続きを早く済ませよう。帰って一旦寝てもらわないといけないし。」
社長はそう言うと店の中に入り、俺も後に続いた。
――――1時間後。
「はい。これカギね。」
俺は社長から渡されたマスタングのカギを手に取った。
「じゃ、下取り分を差し引いた残りを一括で期限日に引き落としておくからね。」
「はい。」
そして俺は店をでた。社長も見送りに出てきた。
「じゃ、今夜2時に芝浦PAでね。ちゃんと仮眠取ってくるんだよ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「うん。こちらこそありがとう。」
マスタングに乗り込み、エンジンをかける。
キュルルルル ガルォォッ
物凄い迫力のエンジン音が響き渡る。
「では、また後で。」
「はいはいー」
そして俺は帰路についた。
――――午前2時。芝浦PA
自販機で買ったコーラを飲みながら、改めて自分のマスタングを見つめなおす。
いまだに実感がわかない。
自分がこのクルマのオーナーであることに。
今まで娯楽や贅沢とは縁のない生活だったせいか、とても新鮮だ。
ガウゥォォッ!!!!
マスタングを眺めていると、突然凄まじいエンジン音がPA内に響き渡った。
半ば驚き気味で振り返るとそこには、白いスポーツカーがいた。
「ごめん!!待たせたね!」
と、そのスポーツカーから、黒木社長がひょこっと顔を出した。
「いえいえ。全然待ってないですよ。それより社長、それが例の愛車ですか?」
「そうだよ。これが僕の愛車だ。シボレー・カマロSS 22年式さ。なかなかいいでしょ。僕が数年かけて熟成させたLS3エンジンに、Night Ridersとの共同制作のこのエアロ。最高のマシンさ。」
自慢げに社長が語る。
素人だから詳しくはわからないが、とにかく速そうに見える。
そして、回りを威圧するオーラがひしひしと伝わってくる。
それはあの日見たGT-Rも同じだった。
「じゃ、早速上がろうか!」
俺はクルマに乗り込み、社長のカマロの後を追っていく。
「まずはC1内回りを二周する。そのあと新環状から湾岸入り、レインボーブリッジ経由でC1に戻る。このルートで行くよ。」
「分かりました。」
午前2時5分。芝浦PAより黒木カマロ、古川マスタング、C1に合流―――――
流石に深夜帯とあってか、クルマがめっきりいない。
トラックや商用車が数台と、あとは雰囲気組らしきクルマばかりだ。
まぁ最も、俺は雰囲気組の足元にも及ばないと思うが。
「じゃ、外回りルートに入ったら加速するから。」
コーナーを曲がって立ち上がった瞬間、社長が予定通り加速を開始した。
負けじと俺もアクセルを踏み込む。
80km/hから数秒で200km/h近くまでメーターが数字を刻んだ。
凄い加速力だ。
体がシートに押し付けられる。
とてつもない加速に呆気を取られてるうちにコーナーが迫っていたことに気づき、慌てて減速する。
先ほどまで200km/hを刺していたメーターの数字が、ほんの数秒で一気に120km/hまで減少した。
「こんなに一気に・・・・。凄い、凄すぎる・・・!」
「JRFのチューンの少々扱いにくいマシンを、君のためにリセッティングしたんだ。素人でも安心して速く走れるでしょ。」
その通りだった。このクルマには妙な安心感がある。
確かに普通のクルマと比べればスピードも出るし、アクセルを少し踏み込み過ぎたらリアが滑り出すから危ない。
それでも、このクルマだと安心して踏んでいくことができる。
クルマが滑り出すタイミングが凄くわかりやすい。
扱いが簡単なんだ。
これなら社長のカマロにも置いて行かれることはない。
そして何より楽しい。
それは今まで経験したことのない楽しさだった。
「さ、まだまだ夜は始まったばかりだ。どんどん飛ばすヨ。」
「了解です。」
―――――数周走った後。午前3時30分。
「じゃあ、気を付けて帰ってね。」
「分かりました。」
社長と別れ、新環状を流し、帰路につこうとしたその瞬間だった。
後ろから何かが接近してくる・・・?
速い。バックミラーにぐんぐん近いづいている。
まさか・・・
グアァァォォォォォォォォ!!!!!
あの時のGT-R・・・!
「今度は置いて行かれるわけにはいかない」
俺は大急ぎでアクセルを踏み込む。
180km/hでコーナーに飛び込み、一般車を避けながら攻めていく。
福住の緩いコーナーを抜け、木場のストレート。
260......270......280........290......300........
ドンドン加速していく。
普段と比べるとあり得ないスピードで首都高をガンガン攻めていく。
前は一瞬しか見れなかったGT-Rを今、この瞬間じっくり見れて、しかも一緒に走っている。
彼の領域に近づいている。
つくづく惹かれてしまう。
彼と同じ領域で走ることで今まで空っぽだった俺の人生が何か変わるかもしれない。
辰巳JCTから湾岸入り、最高速ステージへ向かう。
今、80km/hで走る道を4倍の速さ、320km/hでクルーズしている。正直怖い。
少しでもミスしたら吹っ飛んでしまいそうだ。
このままアクセルを踏むのは怖すぎる。
だが彼を見失うわけにはいかない。
彼ともっと走りたい。
しかしそんな思いもむなしく、GT-Rは更に加速し、とうとう追い付けなかった俺はアクセルを抜いたのだった・・・・
帰宅後、俺は電話で社長にGT-Rの事を話した。
「そうか‥‥‥‥」
「社長、あのGT-Rは一体何なんですか?」
俺が質問をすると、社長は説明を始めた。
「君があったGT-RはカーボンRって言うヤツだ。」
カーボンR?
「カーボンRは首都高の帝王だ。ドライバーは松下一輝と言うヤツで、かれこれ10年以上あのクルマで走っていて、あれに勝ったヤツは一人も居ない。無敗の帝王さ。」
無敗の帝王‥‥‥‥
「あのGT-Rは普通のGT-Rと違って、ボディがフルカーボン化されている。それが名前の由来さ。カーボンはドア、ボンネット、トランク、ルーフ等多岐にわたって使われてる。お陰で車重はエアコン、オーディオありで1460kgという300kg以上減量した超軽量仕様だ。」
なるほど。
「そしてエンジンはVR38をチューンし、最高出力1100PS、スクランブルブースト*時に1300PSに達する。」
*一時的にターボのブースト圧を上昇させる機能。
「とんでもない性能ですね………」
「あぁ。チーターに近いものだよアレ。コーナーも速いしストレートも速い、隙は一切ない。君が追いつけたのは相当手加減してたからだと思う。」
「なんで僕なんかとバトルしたんでしょうね・・・?」
「分からない。本来弱い相手には一切目も向けない彼が、手加減してるとはいえ、なぜ君とバトルしたのか・・・」
・・・・。
「まぁともかく、彼に追いつくには、技術とクルマの性能をもっと上げないとね。」
確かに。
「それに、基本彼は無名のドライバーとはバトルしない。何故なら実力がないと判断するからだ。彼と戦うには、首都高の有名ドライバーやチームを全員倒す必要がある。」
「しかしいったいどうすれば・・・?」
「いろんな人とバトルするんだ。そうすれば技術も勝手に身につくし、名声も上がる。名声が上がれば、もっと速いドライバーやショップのマシン、チームのリーダーからバトルを仕掛けられることになる。」
ほうほう。
「それらを倒して、全エリアでとてつもなく名声が上がれば、カーボンRとバトルをすることができる。」
なるほど。
「だがリスクも大きい。本気で走ってもし事故れば普通に警察に捕まるし、今の時代、走っているだけで車番をSNSに上げられる可能性もある。」
確かに、今の時代、SNSに上げたり上げられたりして逮捕される事例も多い。
その点は十分気を付けないと。
「それでもそのリスクも何もかも受け止めて、険しい道を進み、本気で彼を追いたいのなら、僕は全力でサポートするヨ。」
「・・・・。」
即答したいとこだが、少し悩む。
自分はホントに彼にたどり着けるのか。
その過程で現れるライバルたちに勝ち続けれるのか。
そしてもし最悪の事態や結果になった時、それに納得できるのか。
不安はたくさんある。
それでも、俺は彼を追いたい。
追わなければならない。
「分かりました。やります。何が起ころうと、構いません。」
「その一言が聞きたかった。分かった。君がその気なら、僕の持てる技術を全て教えよう。」
「ありがとうございます。」
その後、社長と少々雑談や今後の話をして電話を切った。
電話が切れた後、ベッドに寝ころび、これからの事を少し考えた。
今まで仕事の事しか考えなかった俺に、今日から新たにクルマの事が加わるようになった。
仕事の事を考えても面白くなく、何も感じなかったのに、クルマの事を考えるとなぜかワクワクする。
「彼を追うことがこれからの人生を本当に変えてくれるのかもしれないな。」
そう思いつつ、俺は眠りについた。
―――――翌日。昼休憩にて。
午前の会議も終わり、昼休憩という名目で一時的に解放された。
昼休憩は一時間ほどあるので、いつも近くのコンビニで買ったおにぎりとパンを、ベンチに座って海を眺めながら食べている。
そうやってぼーっとしていると、毎度聞きなれた声が俺の背後から聞こえてくる。
「ヨォ古川。また一人で飯食ってんのか?相変わらずだな。」
「ああ、斎藤さん。どうも。」
彼こそ、黒木社長の店を紹介した張本人。クルマ好きの同僚、斎藤智之である。
茶髪にきりっとした目。
分かりやすく言えば、ぱっと見遊び人、陽キャに見えるような人だ。
実際性格もかなり明るく、俺とは正反対だ。
「んで、昨日はどうだった?あのクルマで首都高走ったんだろ?」
俺の隣に座り、問いかけてくる。
「えぇ。走りましたよ。社長と一緒に。」
「社長も走ったのか?!良いなぁ。俺もあのカマロとたまには走ってみたいもんだ。」
斎藤さんが少し恨めしそうにしている。
「まぁともかく、これでお前も首都高デビューってな(笑)」
「そうですね。あ、それと・・・・」
俺はあのGT-Rの話をした。
「お前、社長と走っただけじゃ飽き足らず、あのカーボンRまで遭遇したのか!?」
斎藤さんが驚愕して俺の両肩を掴む。
「えぇ。まぁ惨敗でしたが。」
「でも、バトルできただけで凄い奴だよアイツは!」
「バトルしたことないんですか・・・?」
「一切無い。俺はそこそこ有名な部類だけどダメだ。バトルする以前に一瞬で置いて行かれる。」
悔しそうな顔で斎藤さんが答える。
やはり社長の言う通り、普通の走り屋じゃ相手してくれないのか・・・・
「なんでお前だけ相手したんだろうな?」
「さぁ・・・サッパリです・・・」
「そうだ!今日は俺と走らないか?お前のマスタングの速さ見てみたいし!」
斎藤さんと一緒にか・・・
斎藤さんなら、首都高を熟知してるだろうし(少なくとも俺よりは。)
何か得られるかもしれない。
「いいですよ。行きましょう。」
「よっしゃ!じゃ、今日の深夜2時に芝浦PAで集合な!」
―――深夜2時、芝浦PA
PAに入った瞬間、ブルーの派手なシボレーコルベットC7が見えた。
斎藤さんの愛車である。
「おっ!来た来た!」
斎藤さんの少々大きい声が響き渡る。
「ひゅーっ!滅茶苦茶かっけぇな!お前のマスタング!」
「斎藤さんのクルマもカッコいいですよ。」
「だろ!いいだろ俺のコルベット!」
斎藤さんが少々テンション高めに喜ぶ。
「じゃ早速上がろう!」
そして俺は再び、夜の首都高へと繰り出すのであった。
午前2時13分。古川マスタング、斎藤コルベット、芝浦PAよりC1合流―――――
SERIES1 1st night"遭遇" END.........