あこがれの味
『人肉喰らう地獄が来る』
そんなショッキングな文字列が目の前を通り過ぎ、愛美は思わず、飲んでいたキャラメルマキアートを噴き出しそうになった。慌てて振り返ると、他にも「一億餓死」だとか何だとか、にわかには受け容れがたいようなメッセージで着飾られたトレーラーが、数台連なって道路を走っていた。前後の乗用車は、自分は無関係だとでも言いたげに、迷惑そうにその車体を追い越し、見えなくなっていく。
すぐにスマホで検索し、それがこの付近では有名な広報活動車なのだとわかったが、愛美が知りたいのはもはやそこではなく、なぜ「人肉」とまで飛躍してしまうのか、トレーラーの持ち主の正体だった。いや、初めてその赤い文字を見た瞬間から、愛美が惹かれたのは「人肉」というタブーに違いなかった。きっかけがなければ、死ぬまで想像することすらなかったはずの興味、そして疑問で愛美の中がいっぱいになる。
自分て、おいしいのかな……?
どれくらい立ち尽くしていたのだろう。水っぽくなったキャラメルマキアートを無理に吸い込み、氷を噛み砕いて、愛美は何事もなかったかのような表情で歩き出す。それは、夏の余韻が残る十月初旬、愛美が初めて一人で地下鉄に乗った晴れの日の出来事だった。
サーモンとほうれん草のクリームパスタ、フリルレタスを贅沢に使ったシーザーサラダ、オニオンコンソメスープがテーブルに並べられ、愛美は幸せそうにクリームパスタの香りを嗅いで席につく。最後に卸したてのパルメザンチーズを持ってキッチンをあとにした浩希は、相変わらずの愛美を見て、苦笑しながら向かいに座ったが、自作の料理を前にすると、顔を綻ばせた。
「いただきまーす!」
「待て。パスタにチーズをふりかけるのを忘れるな。それから、サラダにドレッシングも。ったく、お前は、子供か!」
「いやぁ、おっしゃる通りでございます。それもこれも浩希のごはんがおいしすぎるのがいけない」
料理の腕を褒められ、一度はまんざらでもなさそうに笑った浩希だったが、すぐにその発言の理不尽さに気づくと、待ち構えていた愛美の頭を小突いた。こうも生活能力の低い愛美を、みんなで甘やかすから、こいつはいつまで経っても成長しないのだ。それをわかりつつも、最高の状態で提供したいからという理由で、自ら進んでパスタにパルミジャーノをふり、酸味を抑えたドレッシングでサラダを彩り、スープにはお手製のクルトンを投入する。その直後、おいしそうなにおいを立てているパスタを一口食べ、愛美はしみじみと言った。
「これぞリア充」
「ああ、そうだろうとも。たまには俺も座ってメシを待ちたいですけどね」
「浩希くん。それが私の手料理という意味なら、期待しない方がいい。やってみなければ、一生上達することはないと君は思うのだろうが、その一回の食事を、わざわざ私のおいしくはない料理でつぶすことは、どう考えても理にかなわない。諦め給え」
「誰だよ。なんだよ、浩希くんて」
大げさに呆れた表情をしてやると、愛美はうけたと思ったのか、ニコニコと楽しそうにパスタやサラダを頬張り、スプーンとフォークを持ったまま、動きの止まった浩希を促す。愛美の食に対する誤った価値感は今に始まったことではないし、元々それについて議論するつもりもないため、浩希は肩を竦めはしたが、すぐに自身の傑作であるパスタを口にし、満足げに頷いた。
上谷大学天文学部の新歓コンパで愛美を見つけたときは、まさかこんなに個性的な女だとは思わなかった。まわりの空気に馴染めない者同士、意気投合した浩希と愛美は、その出会いから一年後にようやく付き合うこととなり、いまも友達のように日々を過ごしている。
黙っていれば、いいところのお嬢様といった風貌でかわいい顔をしている愛美だが、性格は真面目かつとことん面倒臭がりだったり、何でも人に任せようとするところがあり、それが彼氏ともなるとさらに頼りきりという始末だ。
大学一年の夏、一度目の告白で、浩希は「私なんかに浩希はもったいない」と振られているのだが、今思えば、あれは愛美が正しかった。とはいえ、そこで諦めるのも、ましてやいつか他の男に取られるのも絶対にいやだと、浩希は季節が変わるたびに愛美に気持ちを伝え続け、一年越しの恋を実らせたのだ。
晴れて愛美を彼女にして、浩希がまず思ったのは、愛美がお嬢様っぽいのは、その世間知らずさだけということだ。生まれも育ちも世田谷で、きょうだいはいない。両親に愛され、何不自由なく育った愛美は、聞けば家電の使い方も知らないような「お嬢様」だった。
何でもお母さんがやってくれる。食べたいものをリクエストするだけで、お母さんが何でもおいしく作ってくれる。
それを自分にまで求められた日には、さすがに言葉を失ったが、中学の頃から、年の離れた弟のために食事の支度をしていた浩希は、ある時ふと、その腕を愛美にもふるってやろうと考えた。以来、愛美は浩希のごはんがおいしいからと、デートもろくにしたがらず、こうして浩希に料理をさせたり、お茶を淹れさせたりとこき使っているのだが、浩希は浩希で、そんな愛美が好きなのだから仕方ない。そうして、浩希はますます料理がうまくなり、愛美はもはや才能とも呼べるほどの褒め上手さで、浩希を称え続ける。
もうじき付き合って二度目のクリスマスを目前に、浩希は思う。今年もチキンは自分で味付けしたものを焼いて、テリーヌも手作りにしよう。ファミリー向け中心に販売されるクリスマスケーキは、たいていは五号か六号と、二人で食べるには大きいから、これにも挑戦してしまおう。
いまから愛美の喜ぶ顔が目に浮かぶ浩希は、愛美が「個性的」どころの話ではない発想の持ち主だということを、つい忘れてしまっていた。ほうれん草にたっぷりとクリームを絡めながら愛美が発した一言によって、浩希は混乱の渦へ吞み込まれる運命となる。
「ねえ浩希。自分て食べたいと思う?」
あまりに自然にそう訊かれ、一瞬その意味がわからなかった。頭の中でばらばらになった単語を急いで繋ぎ合わせ、それでも何のことだかいまいち掴めず、浩希は愛美に質問で返す。
「それってエッチな意味で?」
「ちがう。だから、自分だってば。自分の肉って食べてみたいと思う?」
「いや、普通思わねえだろ。なに、お前は食ってみたいわけ?」
「うーん、食べたいっていうのとはちょっと違って、確かめたい、知りたいって感じかな。果たして自分はおいしいのか、否か。考えてたら、浩希はどうだろうかと気になっちゃって」
「俺はお前みたいにぶっ飛んでないから、食いたいとは思いません。つか何、おまえ人肉肯定派なの?」
浩希が身を乗り出して訊くと、まさかというふうに何度も首を振り、愛美もテーブルに前のめりになった。そして、あまり大っぴらに語れる話題ではないからか、胸の前で腕を組み、真剣な表情に切り替えると、声のトーンを落としてまた話し始める。
「そうじゃないの。そうじゃなくて、どうしたらうまく伝わるかな。自分の肉は、もちろん人肉に違いないよ。でもだからって、人を食べていいじゃない、と思ってるわけじゃなくて、あくまで自分。自分への強烈な想い、それだけ。ナルシシズムの一環なのかな、これって」
「じゃあさ、俺のことはどうよ? いいぜ、ちょっとなら」
浩希が愛美の前に手を差し出す。すると愛美は、それを当然のように払ってすっぱりと切り捨てた。
「やだよ。浩希は煙草吸うから、絶対まずいもん」
「お前な……。いいから冷めないうちに食っちまえ、パスタを」
「なぜにわざわざパスタってつけたし。でも、そうだね。一番おいしい時を逃さないように」
浩希の食欲がわずかに失われたことに気づいたのだろう。愛美は手を解くと、浩希の機嫌を取るように笑ってから、食事を再開する。斜め上なんてものではない、予想だにしない愛美の主張を理解しようとすればするほど、頭の中がごちゃごちゃになる感覚を覚え、浩希は自分で言い出したくせに、またその話を持ちかける。
「愛美。きっかけはあったのか? 自分を食べたいだなんて思う何かが」
聞くのが怖くもあったが、それ以上に、だからかと納得したかった。浩希がスープを一口飲んでから訊ねると、愛美は浩希が興味を持ってくれたと、嬉しそうに言う。
「あのね、昼間、修くんが出てる舞台を見に四谷に行ったんだけど、そん時に見ちゃったのよ。『人肉喰らう地獄が来る』」
「なんだその、物騒なフレーズは」
「そう書いてあるトレーラーが走ってたの! 他にもほら、色々ありまっせ、お兄さん」
言いながら、愛美は昼間撮影した四台のトレーラーの写真を浩希に見せた。愛美と同様に、真っ赤に主張する言葉に固まる浩希だったが、彼がショックを受けたのは、愛美の着眼点だとは、言うまでもない。
「でもだからって、自分を食う発想には至らねえだろ」
「そうかなぁ。だって人の肉だよ。人ってきいてまず思うのは、他者じゃなく自分でしょ」
人と人とが理解し、敬い、思いやり、そうして共存することで、世界は成り立っている。それは他人をひとと認めるより先に、自分が良き人間であるべきだと、愛美の言い分は意外にも真っ当だった。だからといって、自分を食べてみたいと言う愛美の考えに納得したわけではないのだが、一概に否定も出来ない、浩希はそんな結論をもって終わろうとする。
「浩希は、来ると思う? 人肉喰らう地獄」
パスタとサラダの皿は、すでに空になっていた。そしてマグカップを静かに置くと、愛美がやけに落ち着いた様子で、浩希に問う。
「来ねえよ。人間はそんなにヤワじゃない」
「だよね」
少子高齢化、食料自給率の低さ、経済破綻。それでも日本人は終戦当時のように助け合い、タブーを犯すことなく生きていける。二人はなぜだかそう確信していた。
「ごちそうさまでした!」
愛美が満面の笑みで手を合わせ、浩希を見つめる。これだから、愛美と一緒に食べるごはんは格別においしいのだと、浩希は愛美より数秒遅れて食事を済ませ、「お粗末様でした」とはにかんだ。
その日愛美は、大学のサークル仲間である、古屋修平の出演する舞台を見に、四谷の街を歩いていた。当初は友人の宮下雪乃と一緒に行くはずだったのだが、その雪乃に前日になって、どうしても外せない予定が入り、代わりが見つからずに一人になってしまったのだ。
初めての劇場だからと、愛美は何度も行き方を確認しては、それをメモした紙をバッグにしまい、どうしても迷った時には、浩希に聞けばいいと思っていた。全自動の洗濯機を自分で動かしたことがないくらい、機械に苦手意識の強い愛美は、何せスマホの地図アプリも使えない。
新宿御苑駅で電車を降り、二番出口から地上に出る。駅から徒歩十五分もかかる、その小さな劇場は、愛美にとってはとてもわかりづらいところにあり、すでに自力で辿り着ける気がしなかった。花園通りと靖国通りを何往復もして、一旦気分転換にと、見かけたコーヒー店でキャラメルマキアートを買った。それを片手に、いい加減、浩希に頼ろうかと道を歩いていた愛美の目に、突然強烈なインパクトをもった文字列が飛び込んできた。反射的に車体の写真を撮影し、そして愛美は思う。
自分はおいしいのか、それともおいしくないのか。人の肉を焼いたら、一体どんな味がするんだろう。
結局、開演時間ギリギリにはなってしまったが、なんとか無事に劇場に到着してからも、幕間の時間も、家に帰ってからも、愛美は人肉、もとい自分の肉を食べてみたいという思いにばかり囚われていた。浩希には、やっぱり理解されなかったが、愛美はとにかく知りたいのだ。食用動物のうち、牛、豚、鶏の三種類が多くの日本人の好みに合うとされており、その調理法は多岐に渡る。じゃあ、人の肉は? ほとんどの人が食べたことのない、幻の食材なのではないだろうか。
そもそも食人という行為がタブーなのは、それにはまず人を殺さなければならないからだと推測される。犯罪か犯罪でないかの括りだけで言えば、たとえ殺人や死体損壊に手を下していなかろうとも、その死体の一部を食すだけで「犯罪」だ。それはその肉が他者の場合に限って罪に値するということであり、つまり自らの意思で、自分の肉体を切り刻むなら、ただの自傷、自傷によって切り落とされた身体の一部を食べるとすれば、また話は変わってくるだろう。
愛美が浩希に訴えたかったのは、単純に自分の味を知りたいかどうかの興味のことだったのだが、言葉ではうまく伝えられなかったようだ。愛美はさらに両親、数人のサークル仲間にも同じ質問をしてみたが、結果もまたおなじ、皆口を揃えて「食べてみたいとは思わない」と言った。自分にとっては当たり前に思えた「どうしても知りたい」という強い欲求をことごとく否定され、愛美は首を傾げるしかない。
なんでみんなは、そこに好奇心を持たないんだろう。そうすぐに答えを出せるんだろう。私は私のことが知りたい。私の中がどうなっているのかを見たい。ああ、そうだよ、やっぱり食べたい。食べたいな、食べたいな……。
愛美は改めて自分の身体をあちこち見て、さわってみた。あまり脂肪はついていないから、もしかしたら硬いかもしれないが、筋肉もあまり多くはないので、意外にいけそうだ。喫煙者ではないため、肺は化学物質に汚染されてはいないし、至って健康というところからして、他の臓器もきっと大丈夫だろう。
そして愛美はますます、美味を求める目的で、自身を食べたいという、恋心にも似た想いを募らせたが、それにはひとつ問題があった。愛美は痛みに弱いのだ。「痛いだろうな」と想像するだけで怖気づいてしまい、だから愛美は、今までに一度も献血をしたことがない。
まさか本当に自分のからだを切って食べようなどとは、今はまだ思わないが、その痛みへの恐怖を克服してしまったら、生命を維持するための三大欲求にも勝る強迫観念へと変化してしまったら、あるいは実行に移してしまうかもしれない。
愛美は初めてゾッとし、まくり上げていたセーターから手を離した。まだその気持ちが完全に失われたわけではない。だが愛美は、自分の味を知りたいだけで、死にたくはないのだ。
部屋の窓を開け、寒空を見上げると、白っぽく光る星が、ひとつだけ瞬いていた。愛美は、よく考えないまま、それの動画を撮って浩希にラインで送信したが、一分もしないうちに彼から届いた返信は、「見えねえよ」という、愛のあるそっけない一文だった。
区民センターの前に飾られている、大きなクリスマスツリーの前には、地元の老人たちが集まっていた。浩希はそこを通り過ぎると、車道を横切って反対側の歩道へと渡り、待ち合わせの場所であるスーパーの入口で足を止めた。
期待はしていなかったが、クリスマスのような楽しいイベントの日でも愛美はいつもと変わらず、当然のように遅刻して来る。それが十分程度なら、まだいいほうだと溜め息をつき、浩希は先にスーパーの中へと入っていった。
調味料類や、テリーヌの材料となる鮭、卵、生クリームなどは昨日のうちに買っておいた。狙うはただ一つ、夕方五時を境に割引となるステーキ用の牛肉だ。クリスマスイヴにローストチキン、クリスマス当日にはステーキのコースにしようとしているのだから、なんてやさしくてデキる彼氏なんだと感心しながら、浩希は肉売り場へと急いだ。
主婦たちの勢いに圧倒されはしたが、なんとか二枚入りのステーキを確保し、結局野菜やお菓子もたくさん買った。肩が外れるのではないかというくらいに重い袋を持って店を出ると、いつもよりすこしだけオシャレをした愛美が出迎えてくれたが、その言葉には配慮のかけらもない。
「うわ、何そんなに張り切ってんの」
「まずは、遅れてごめんなさいだろ。ステーキ買って来たんだよ。お前、きょう泊まってくって言うから」
「はっ、もしかして今日も明日も、明後日も浩希の手料理が?」
「ネットのうさんくせえ広告みてえな反応すんなよ。シミが? 消えるとは書いてない。じゃなくて、明後日はサークルの発表会と打ち上げだろ」
「そうでした。遅くなりました。ありがとう」
浩希の持っていたレジ袋から、キャベツや牛乳などの重そうなものをエコバッグに移し、それを担いで「幸せの重みだ」と、愛美は笑う。すると浩希は、愛美の寒そうな首元に自分のしていたマフラーを巻きつけると、愛美のエコバッグに軽いお菓子だけを詰め直し、手を繋いで歩き出した。
いわゆる「恋人同士のクリスマス」のイメージとは程遠いが、テーブルに並べられる料理はどれも本格的で、見た目もにおいも、味もパーフェクトだった。海老と枝豆のクリーミィテリーヌが目の前に置かれると、愛美は皿を持ってその美しい断面を眺め、食べるのがもったいないと眉を寄せた。
「そういえばお前さ、この前、自分の肉を食べてみたいって言ってたじゃん。あれってまだ続いてんの?」
愛美が先日、唐突に切り出したように、浩希もまた何の前触れもなしにそう訊く。一度思い込んだらしつこい愛美のことだ、きっと新たな主張を始めるだろうという浩希の予想に反し、愛美の返事はどこかはっきりしない感じだった。
「うーん、まあ、どうしても知りたくはあるんだけどね」
「あれからよく考えてみたんだよ。愛美。俺は、お前が減るなんていやだ。身体のどの部分だろうと、なくしたらだめだろ。本気でやろうと思ってないことくらい、俺だってわかってるよ。要は心構えの問題だ。俺はお前に、もっと自分を大事にしてほしい。俺が思うのと同じくらい、大切に想ってほしい。自分だけの身体じゃねえんだぞ」
「妊婦かよ。でも……、ありがとう」
もじもじと言う愛美につられ、浩希もいまさら照れたように顔を逸らす。咄嗟に口に放り込んだテリーヌはあまり味がしなかったが、鼻から抜けるサーモンの香りは、野生的だった。
「あのね浩希。私も考えたの。私は自分がおいしいのかが知りたいだけで、死にたいわけじゃない。まだまだ生きるつもり満々だよ。だから、いつまでも妄想して楽しむことにした。未知の食材……私の味は誰も知らない……、それってすごい神秘じゃない?」
「神秘っていうか、エロく聞こえた」
「そうかも。だって食べる行為って官能的だもの」
なぜアダムとイヴが禁断の果実を食べ、無垢を失ったのか。それは「食べる」という、日常的な行為そのものが官能的であるからに他ならず、人に見られては恥ずかしい姿態だからだ。つまり、自分の食べる姿を見せる、見せていい相手というのは、それだけ心を許している、愛情を持っている他人であり、愛美にとって浩希は、裸で向き合える大事なひとということだ。
「さ、ケーキ作ってこよ」
ソース一滴も残されていない、真っ白い皿をいくつも重ねて持ち、浩希がわざわざ口にしながら席を立つ。愛美は、ケーキという言葉に大げさに喜んで両手を上げると、それを前後左右に揺らして楽しそうだ。
「浩希氏、マジ神すぎる」
「頭の悪そうな発言をするな。もういいから、向こうで待ってろ」
「はーい」
すごすごとリビングに戻り、ソファに腰掛けてテレビをつけるが、どのチャンネルでも似たように下らないクリスマス特番しかやっていない。すぐにまたスイッチを切ったとき、ふと綺麗に包装された浩希からのプレゼントを目にした愛美は、それと浩希の背中を順番に見て、愛してくれる人の存在に感謝しつつ、自分の身体を抱きしめた。