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三、クレス

 実際、クレスとアンドレアはすぐに仲良くなった。

 あのあと、二人で校庭に出て、取っ組み合いのけんかをしていた。担任の教師にこっぴどく怒られたものの、二人の間に絆が生まれたのは確かなようだ。それはいささかレイティアを不安にさせた。


「ねえ、また見てる」

「あ。え?」

「レイティアってホント、クレスのこと好きだよね。それともアンドレア?」


 えええ、と大げさに手を顔の前で振って、レイティアはナディアの肩をつかんでぶんぶんと振った。


「違う! そっちじゃない!」

「そっち……?」

「ナディアこそ。クレスのことどう思ってるの?」


 どうって言われても。ナディアがあいまいに返事をした。


「別に。ただのクラスメイトかなあ」

「……どっちかって言われたら?」

「……もう、やめてよそういうの」


 コイバナを振ってきたのはナディアのほうだというのに、ナディアは口ごもってしまう。

 この反応を見て、レイティアは少しだけ希望を見出した。本当にどうでもいいのなら、黙り込むこともないはずだ。

 このままクレスとの絆を深めれば、きっと最悪のシナリオは回避できる。


「なんだよオマエら、こっち見てひそひそ」

「わ。なんだ、アンドレアくんか……」

「アンドレア。あまりいじめてやるな」


 アンドレアだけでなく、クレスまでもがレイティアたちのそばにきて、がらら、と椅子を引いて真ん前に座った。

 レイティアの顔が赤くなる。大好きなクレスがすぐそばに来たとなれば当たり前の反応だ。


「レイティア。君は将来なにになるつもりなんだい?」


 クレスが問う。


「私……うーん、親の跡を継いで政治を執るんじゃないかなあ」

「はっ、なんだよそれ。親の七光りかよ」

「そういうアンドレアくんはどうなの」


 むっとして言い返すと、アンドレアはさもありなんといった風に、


「俺は実質、今の家督を継いでるからな。そのまま継ぐんじゃね?」

「全然私と変わらないよね?」

「はあ? お前と俺じゃ、百億倍違えよ」


 食い気味にアンドレアが言えば、レイティアははあっとわざとらしくため息をついた。傍ら、クレスとナディアはふたりをほほえましく見守っている。


「クレスはアンドレアと友達になったの?」

「ん? まあね。ナディアはレイティアと仲いいよね」

「うん。友達になった」


 そんな風にのんきに会話する二人をよそに、ぎゃあぎゃあとレイティアとアンドレアが言い争っている。どうやら、将来の話から、お互いがお互いの交友関係にまで言及している。


「ナディア、行こう」

「え、どこに?」

「どこにって……次の授業、体育だよ」

「ああ、そういう。じゃあ、またね。クレス、アンドレア」


 ひらひらと手を振るナディアが憎らしい。なんでアンドレアにまで手を振るのか。

 そう思いながら、レイティアはアンドレアにいーっと歯を出してから教室を移動した。




 今日の体育は球技だった。ニホンではテニスと呼ばれた競技である。貴族たちはみな球技のたしなみがあるのがほとんどであるが、レイティアにはそれがない。

 レイティアは運動が苦手だ。


「わ、わ?」

「レイティア、頑張ってー!」


 ナディアの声援は耳に入らない。ボールを追うのに精いっぱいなレイティアは、クラスメイトにも新鮮に映ったに違いない。

 あのなんでもできる、完璧すぎるほどのレイティアの弱点が、まさかこんな些細なものだとは思いもしなかった。


「うわ、ちょ」


「え、え?」


「サーブ、サーブ……」


 レイティアの運動神経は本来悪くはなかった。しかし、あの記憶を取り戻してからのレイティアは、まるで運動ができなくなっていた。あの夢の中のレイティアは、運動神経が皆無だった。それに引っ張られるようにして、現在レイティアは、テニスに苦戦するしかない。


「お疲れさま」

「……うん。って、ナディア、笑いすぎじゃない?」

「ごめんって。でも、意外。レイティアって運動が苦手なんだ――」


 涙をこぼすほどに笑われたことに、レイティアは心底心外している。だというのに、ナディアだけでない、クラスメイトもまた、レイティアへの印象を改めたようだ。

 存外かわいい一面もあるものだ。そもそも、ナディアと一緒にいる時点で、レイティアのイメージはだいぶ覆されていた。

 あのレイティアが、入学してからなにも問題を起こしていない。


「なんだよオマエ、全然ダメじゃん」

「……なに、冷やかしならやめて」

「彼女の言う通りだ、アンドレア。レイティア、これ」


 と、アンドレアに続いてクレスがレイティアに歩み寄る。そうして渡されたのはばんそうこうで、レイティアはきょとんと首を傾げた。


「ばんそうこう……?」

「ほら、転んだ時に擦りむいただろう?」


 指さされ、レイティアは自分の膝小僧を見る。血がにじんでいた。

 テニスはスカートで競技が行われる。決してスカートは短くないのだが、転んだ拍子に擦りむいたのだろう。


「ありがとう」

「案外抜けてるところがあるんだね」

「抜けてる……?」


 クレスからばんそうこうを受け取って、レイティアはそれをはがす。はずが、べったりと粘着面がくっついてしまい、ばんそうこうは一枚まるで使い物にならなくなった。


「ほら、やっぱり」

「え、ちょ、え?」


 クレスがしゃがみ込む。準備のいい人間だと思った、ポケットからもう一枚ばんそうこうを取り出すと、おもむろにクレアの足に手を添える。


「思ったよりひどいね」

「や、別に」

「ちょっと洗おうか」


 傷口に砂がついていたからか、クレスがそう、何の気なしに言った。レイティアは大げさに拒否したのだが、どうやらクレスは是が非でもレイティアの傷の手当てをしたいらしい。

 手を取り、立ち上がらせ、クレスはレイティアを誘導する。そのさまはさながら王子のようで、レイティアの胸がどくどくと脈打った。


「ま、って。離して。自分で歩ける」

「そう? 逃げるでしょ、君」

「逃げない逃げない」

「本当に?」


 くすり、と笑うクレスに、とうとうレイティアは耳まで赤くしてうつむいた。

 そんな様子をアンドレアは面白くなさそうに見ていたかと思えば、どん、とレイティアに肩をぶつけて先を歩く。


「痛いなあ」

「なんだ、いたのかよ。小さくて見えなかった」

「は? 小さいって……アンドレアくんこそ、大きいだけで全然優しくないじゃない。少しはクレスくんを見習ったら?」


 きつく当たってしまうのは、レイティアがクレス推しだからだろうか。はたから見ているナディアは、真剣な面持ちで三人を見守る。

 レイティアの傷を水で洗ったクレスは、今度こそレイティアにばんそうこう貼ってやる。その一部始終を、クラスメイトが見守っていたことに、レイティアだけが気づかない。


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