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一、悪役令嬢・レイティア

 突然、バシンと、駆け巡った。

 それまでのレイティアといえば、傲慢で高飛車で、誰かを見下すことが好きな、典型的な「悪役令嬢」であった。

 その、レイティア十五の誕生日のことである。

 その日レイティアは数々のプレゼントに囲まれて、大々的なパーティの主役として蝶よ花よと扱われていた。パーティーには隣国の侯爵の子息や自国の貴族、王族であふれかえっている。レイティアは、レイティアの地位と、冷徹でありながらどこかミステリアスな魅力を放つレイティア自身を手に入れんとする男たちとの駆け引きを楽しんでいた。

 その、パーティーに招かれたとある少年に微笑みかけられたとき、レイティアの頭が割れんばかりに痛んだ。

 ガンガンと頭の中を鉄の金づちで殴られているかのようなひどい痛みだ。レイティアはパーティーのさなかに倒れた。

 会場にいる誰もがレイティアに駆け寄った。真っ青な顔で冷や汗をかくレイティアを、多くの人間が取り囲んだ。




 レイティアが自室に運ばれ主治医に診察を受けているころ、レイティアは奇妙な夢を見た、否、夢なんて生ぬるいものではない。

 感じるぬくもりも感情も、すべてが「現実」そのものであった。

 レイティアが見た夢は、とある島国「ニホン」という国で暮らす女の夢だ。レイティアはそのニホンという国で生まれ育ち、華やかとは程遠い学生生活を過ごした後、社会に出て働いて、貧しいながらも幸せをかみしめていた。

 特に、その女--レイティアは、ゲームというものが好きだった。


「これがあるから生きていけるようなものだよねえ」


 毎夜、自宅に帰ってきては、スマホなる機械を使い、ゲームをする。それがレイティアの楽しみだった。

 そのゲームというのが、「どきどきプリンス」である。

 ゲームの主人公は十五歳の女の子で、とある貴族学院に入学するところから物語は始まる。


「レイティアのせいでなかなか絆が上がらない」


 信じがたいことに、そのゲームなる物語の主人公のライバルの名が、レイティア。自分と同じ名前なのだ。しかも、ゲームのキャラクターデザインもレイティアそのもので、つまり。


「はぁ。クレスさまルートはやっぱりないのか……」


 クレス、というのはヒロインをめぐって正ヒーローと対立する子息の名前である。レイティアにとってそれはいわゆる「推し」というもので、レイティアはその、クレスに疑似の恋心を抱いている。

 ヒロインの名前はナディア。とても明るく器量よしな女の子である。レイティアはことあるごとにナディアを邪魔だてし、正ヒーローであるアンドレアとの仲を裂こうとする。

 そして、アンドレアとクレスは学友で、だからこそヒロインのナディアをめぐってふたりは対立し、そうしてクレスは闇堕ちする。

 闇落ちしたクレスは悪魔と契約を結び、やがて世界に危機が訪れる。

 そして、悪魔との契約や世界の危機の影には、やはり「レイティア」が関与する。

 レイティアは自分を選ばなかったアンドレアに憎しみを抱き、やがてクレスと密約を結ぶのだ。


「……あ……?」


 目を覚ましたレイティアは、ぼんやりとする視界で天井をとらえる。

 先ほどまで見ていたものとは違う、豪華なつくりの大理石の天井だった。


「クレス!?」


 バッと起き上がり、レイティアはあたりを見渡した。今のはなんだ、夢にしてはリアルすぎる。

 汗ばみ、肩で息をする我が子を見て、両親が恐る恐るレイティアに語り掛けた。


「レイティア、大丈夫か?」

「おとう……さま……」


 自分は誰だ、そうだ、私はレイティア。レイティア・クレセント。この世界のすべてを手に入れた令嬢。美貌も、地位も名声も。すべてを手に入れたただ唯一の女の子。

 しかし、レイティアはもう、今までのレイティアではなかった。


「お父さま、お母さま。私、中央貴族学院に入学します」

「あれほど嫌がっていたじゃないか」

「そうよ、今決めることじゃないわ」


 父と母が心配そうにレイティアを抱きしめる。しかし、レイティアの決意は固い。


「いいえ。私、中央貴族学院で、やらなければならないことがあるんです」


 クレス。私の大事な人。

 レイティアが倒れる寸前に目にした人物、そのひとこそが、あのクレスである。

 まだあどけなさの残る顔ではあるものの、レイティアがクレスを見間違うはずがない。


「レイティア。そうか、ならば、そういう方向で話を進めよう」

「よろしくお願いします」

「なんだ、急に他人行儀なしゃべりかたを」


 当然だ。レイティアはまだ、混乱している。

 レイティアとして生きてきた十五年は、確かにレイティアのものである。だというのに、夢で見たあの世界での人生もまた、自分のものなのだと確信している。

 あの世界でのレイティアが、なぜ今この世界にいるのか。レイティアにはまだ思い出せないのだが、ひとつ、確かなことがある。


「私だけが、クレスを助けることができる……!」


 闇堕ちするクレスを助けることができるのは、すべてのシナリオを熟知しているレイティアただひとり。

 目指すは中央貴族学院。そこで、正ヒロインであるナディアとクレスをくっつける。そうすればクレスは闇堕ちすることはない。


「待ってて、クレス」


 自分が何者なのか、まだレイティアは飲み込めていない。だが、それより先に、レイティアは自分の推しを救うべく、動き出す。

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