月明かりが照らすその会話は
結局のところ、普通に夕食会は開かれ、セイはこの夜、別荘に泊まらせてもらうことになった。ありすが是非にと言ったのだ。
夜が更けて、月明かりが射し込んでいた。
マチコは静かに本を読んでいた。月明かりに照らされたその顔の横には、セイと同じ耳が生えていた。
「夕食、美味しかったよ」
セイの声がした。ありすが眠ってしまってから、部屋を抜け出したのだった。
「――そうかい」
「久しぶりにね。わかってて好物を作ってくれた?」
セイの言葉に、マチコは微笑む。
「ありあわせですまなかったけどね」
そうでもなかったけどな、セイは言って、
「ここにいたとは思わなかったよ、母さん」
マチコのそばへ寄った。
「わたしだってお前がここにいたとは思わなかったさ。とんだ灯台下暗しだ。――ずっとここに?」
「……いや、この森で五か所めかな」
セイは森を転々としていた。あるときは開発で。あるときは山火事で、住んでいたところを離れざるを得ず、いまのところに落ち着いているのだった。
「ここのとこ、森もずいぶん減ってきたからね。お前もとうに街へおりたものと思っていたよ」
「やっぱり僕は、森でしか生きられない。街は……苦手だ。山や、森が向いてる。すこしでも、ひとの姿を長くしてみても、街へおりていくのは、嫌だな」
何度か街へおりたことはあった。しかし、獣として、隠しきれない部分が多すぎて、セイはどうしても、街には住みづらかった。
「死んだ父さんにそっくりだよ、お前は。あのひとも……結局は耳も尻尾も隠せないで、ずっと森で生きたからね……」
「母さんは? あの子がなにも知らないくらいだから……」
マチコはそのあたり、幸運であった。街におりていったばかりのころ、ありすの父親――マチコが『旦那様』と呼ぶ、そのひとに世話になったのだという。
「街に慣れないわたしにはありがたくてねえ。なんせ仕事も住むところも、食べ物さえ心配しなくてよかったからね。ありす様の乳母代わりを務めて、別荘の管理を任されて……いまこうしているのさ」
森が恋しくはならなかったの? セイが聞くと、マチコは「すっかり、ひとの姿に慣れちまったからね」と言って、しかし、
「お前のことは忘れたことがなかったよ。ただの、一日も」
と、瞳を潤ませた。
「そう……」
「お前、そろそろ、街で生きるつもりはないかい。次々なくなる森にしがみついたところで、どうだろうね、お前はそれでいいのかい?」
「……母さんは……、それでよかったの? 森を捨てて、もとの姿も捨ててさ」
「そうしなきゃ、生きてけないだろう」
「僕は生きたよ。森で、ずっと……」
セイは強く言った。叶うなら、マチコともう一度森で暮らしたいとさえ思っていた。一日だって忘れたことはなかった、その気持ちは、セイも同じだった。
「わたしはね。旦那様や奥様、ありす様のおそばにいるのが、いまは一番いいのさ」
「――そういうものかな」
マチコはセイの疑問がぼんやりしたものであることを察していた。
「お前にはとっくにわかっているのではないかね?」
「…………」
セイは黙って、ありすの寝室へ帰ろうとした。
「セイ」
「ん……?」
「ありす様のあんな笑顔、久しぶりに見たよ。――ずっとおひとりでいらしたからね――すこしの間、ここに厄介になっておいきな」
住む世界が違っても、やっぱり親子なのだと、セイもマチコも思っていた。
「ありがとう、母さん。……じゃあ、お願いがあるんだけどな」




