095 笑顔
「最初にお聞きするのは失礼かもしれませんが、この家に起こっていることの原因は……?」
『あぁ、私だ。私がこの家にいることで、この家にいる者は病気になってしまう』
「……ですよね。……そのことには、この固徹も関係している?」
『そうだな。私も迂闊ではあったが、この犬の悲痛な叫びを無視することが出来なかった』
「悲痛な叫び、ですか?」
瑞貴は、瑞貴と采姫以外には見えていなかっただろう固徹を見ていた。元凶と考えてしまうには、あまりにも違和感のある存在で日常に溶け込んでしまう。
『この犬には悪意など全く無いよ。それどころか、この家の人間を何より大切に考えている。……大切に考え過ぎるあまりに自分の死を受け入れることが出来なかった。それだけのことなんだ』
「……やっぱり、もう亡くなっているんですね?」
『人間と犬では与えられた時間が違っておる。違っておることにも意味はある。……だが、この犬は、そんな時間を超越してでも守りたい約束があったのだ』
「約束ですか?」
『そうだ。……この家のじいさんと交わした最初の約束』
固徹は約束を守るために疫病神を捉えてしまっていたらしい。それは神様を動けなくするほどの力を持っている物になっていた。
疫病神も固徹に悪意は無いと言っているし、瑞貴もこの家で悪意は全く感じていない。そして、祖父との約束となれば何となく予想できるものはあった。
瑞貴は亡くなってしまっている固徹の頭を撫でてみる。久しぶりに撫でられた感覚を喜んでくれているのか、固徹は尻尾を激しく振っていた。
『ほぉ、触れられるのか?』
当然のように瑞貴が触れていたことに疫病神は驚いていた。
「えっ?……一応、神媒師ですし、閻魔様のお力をお借りしておりますので」
『ふっ、そうか……』
「あのぅ、お祖父さんは固徹と、どんな約束をしたんですか?」
『……『儂より先に死ぬなよ』。ただ、それだけの約束。……だが、それは何より難しい。動かないはずの身体で散歩をしていたことすら奇跡だったのだ』
「名前通りに『頑固一徹』で、頑張って守ろうとしたのかな?」
『そうだな。そして、最期の瞬間まで苦しいのを我慢して耐えておったが、その時はやって来る。それでも諦めずに、『まだ死ねない。まだ死ねない』と叫び続けておったのだよ』
「その叫び声を聞いた貴方が取り込まれてしまったのですか?」
『まあな。仮にも神と呼ばれるものが情けない話だが、この犬に近付いた瞬間に取り込まれてしまった』
固徹は瑞貴に撫でられて嬉しそうにしている。
――もしかしたら、疫病神も固徹の望みを叶えてあげたかったのかもしれないな。……無理なことだと分かっていても、固徹の悲痛な叫びを無視出来なかった
瑞貴は『神を取り込んでしまう程の想い』に少し疑問もあった。この家に到着した時から感じていたのは『優しさ』であり、それは疫病神も含まれている。
――きっと、その時はこの家の人たちが病気になってしまうことまで考えていなかったんだ
悲しいことではあるが前回とは違っていた。固徹は犬としての生涯を全うすることが出来ていて、幸せな時間を過ごしてきている。
『……さて、どうすればいいか分かっておるな、若き神媒師よ』
「はい。務めを果たします」
それだけを伝えて瑞貴は茜の部屋に向かった。ドアをノックして皆を固徹のいる部屋に呼び戻す。
あずさや茜は泣いていたのかだろう、目が少し赤かった。
だが、瑞貴は今回の結末を泣いて迎えるつもりはなかった。別れは悲しいものだが、この場所は幸福に満ちている。
「この家で起こっていることが分かりました」
「うん、ありがとう。……それで、何が起こってるの?」
「それについては、スイマセン。まだ詳しく話せないです。……。ですけど、必ず元通りにすることは出来ると思います」
「話せないことなの?教えてはもらえないの?」
「いいえ、教えます。……でも、それは今じゃない」
「えっ?どういうこと?」
「この家にいることで体調が悪くなったり、仕事の状況も悪くなったりして大変だとは思うんですけど、俺はこの事を不幸な出来事として終わらせたくないんです」
「……不幸じゃないんですか?」
「あぁ、今起こっていることが『あの時はこんなことがあったね』って語り合えるものであってほしいんだ。……固徹君は大事な人との約束を守りたかっただけなんだからね」
「約束……?固徹と?」
あずさと茜は驚いて固徹の方に顔を向けていたが、瑞貴が微笑みながら指摘する。
「見てあげるのは、もう少し左ですね」
瑞貴の言葉の意味を二人は理解しかけている。あずさと茜には見えないモノが瑞貴には見えていることを知ってしまえば察することは出来た。
「全てを解決する日については、また連絡します」
采姫は笑顔で頷いていた。
――まだ十分じゃない。姫和さんや采姫さんが俺に頼んだってことは、まだ何かあるんだ
おそらくは全てを終わらせる日は2月3日になるだろう。瑞貴には予感があった。これまでのことに関係があるのであれば、霊能者の存在を無視して進むわけにはいかない。
――霊能者のことを考えるなら、鬼と会って話さないと……
それでも悲しそうな顔をしているあずさと茜を見て、瑞貴は笑顔で伝える。
「解決の日に向けて、あずささんや茜さんにお願いがあるんです」
「えっ?……私たちは何をすればいいの?」
「いや、お二人だけではなくて、ご家族みんなさんにお願いしたいことなんですけど……」
「家族、みんな?」
あずさと茜は顔を見合わせて首を傾げていた。
「はい。出来れば、笑っていてもらいたいんです。大変な時にするお願いじゃないから難しいことは分かっています。でも、もし……」
そして、瑞貴は固徹を見ていた。頭の中には八雲の言葉が思い出されている。
――俺は固徹が守ろうと頑張ってた約束を呪いに変えたくない。八雲さんが教えてくれたから、俺は瑠々ちゃんのことを思い出にすることが出来たんだ。今度は、俺が……
瑞貴は今の自分が気負い過ぎていないかは不安になってしまう。八雲に比べれば瑞貴は子どもでしかなく、八雲のように必要な言葉を見つけ出すことが出来ているかは分からない。
――でも、本当に俺で出来るだろうか……?
弱気なことを考えてしまうと『わん!』と聞こえてきた。いつの間にか大黒様がソファーの上に座っていて、瑞貴を見ていた。
そして、大黒様はもう一度『わん!』と吠えた。こんな時は、いつも応援してくれていたのだ。




