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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
81/114

081 廊下で

――たしかに霊媒師とは聞いていたけど、そんなことが可能なのか?……それに、もし可能だとしても……


 瑞貴には、あの部屋の中に入って行けるだけの勇気はない。

 それを勇気と表現することも間違っているかもしれないが、尋常ならざる覚悟が必要なことは瑞貴にも想像できる。


――あの部屋の中には亡くなった人の家族もいるはず


 瑞貴に与えられている僅かな情報だけで想像するしかなかったが、それだけでも心が折れそうだった。

 廊下に設置してある椅子に腰を下ろして静寂の中にいると微かにすすり泣く声が聞こえてくる。


――家族だって事態を受け止められていないはず。……そんな中で降霊術をするなんて


 八雲のやることに意味があると分かっていても、遺族には受け止めるだけの十分な準備はできていない。

 24時間という時間制限が影響しているとは思うが、八雲と家族の双方に厳しい状況だと瑞貴は考える。



 瑞貴が廊下で10分ほど待っているとドアが開いて白衣姿の男性が出てくる。当然、この病院の医師であることは間違いなさそうだった。

 その医師は瑞貴を見つけて何も聞かずに隣りに座った。


「……八雲から聞いているよ。……滝川瑞貴君だね?」

「あっ、はい。」

「私の立場としては君がここに留まることを認めてはいけないのかもしれない。君は理解していると思うが、大丈夫かい?」

「はい。……大丈夫、だと思います」


 正直、瑞貴に自信はなかった。それでも大丈夫にならなければいけないのだと考えていた。


 医師という職業をしている男性が霊媒師の八雲と関係していることを瑞貴は意外に感じていた。


「私は、この病院で医師を勤めている坂本。……八雲は高校の同級生だったんだ」

「そうなんですね」

「高校生の時は八雲の能力を聞いても、『そんなモノは何の役にも立たない』とバカにしていただけで信じてもいなかったんだ」


 瑞貴は当然のことだと考えている。

 降霊術自体が胡散臭いとされていることは理解している。信心深い人やオカルト好きな人が信じているだけかもしれず、医師を目指していたような人が踏み込む領域ではない。


「……でも、信じてしまったんですね?」

「いや、信じたと言うよりは縋ってしまったと言う方が正解だろうな」

「縋ったんですか?」

「あぁ、私は助けられずに失われていく命に押し潰されてしまっていたんだ。……医師としては助けられなかった命よりも助けられる命に目を向けなければならないが、心がもたなくなっていた」


 瑞貴は医師が強靭な精神力を持っていると勝手に思い込んでいたのかもしれない。

 助けられなかった命を振り返ることなどせずに次々と気持ちを切替えて行けると考えていた。善意はあるのだろうが、所詮は仕事として割り切っていると考えていた。


「せめて、家族に最期の言葉を遺させてあげたかったんだ」

「……はい」

「命を救うために科学の力を使っていても、救えなかった命のために非科学的な力を頼ってしまう。……矛盾しているだろ?」

「そんなことはないと思います」


 初対面であることで坂本は正直な心の内を曝け出してしまえていた。瑞貴には懺悔の言葉にも聞こえてしまっている。


「八雲が連れてきたってことは、君も『あっち側』の人間なんだろ?」

「……はい」


 本当は隠すべきことなのかもしれないが、瑞貴も正直に話しておきたくなっていた。坂本という人物が瑞貴の役目を知ったとしても問題になるようなことにはならない確信も持っている。


「そうか。……大変だね」


 坂本は笑いながら言った。そして、背筋を伸ばして座る姿勢を整えた。


「さぁ、そろそろ始まると思う。……いいかな?」

「はい。坂本先生は、ここにいるんですか?」

「んっ?あぁ、私はここにいて聞かなければならない。……これからも医師としてやっていくためにはね」


 瑞貴も背筋を伸ばして姿勢を正した。

 しばらくすると霊安室から泣き叫ぶ声が聞こえてきた。女性の声と男の子の声で『パパ』と何度も聞こえてくる。


『どうして、あなたが……。どうして?』

『パパ、いなくなっちゃ嫌だ!』

『ゴメン、ゴメンな……。』


 家族の会話が小さく聞こえてくる。泣きながら何度も謝っている声は八雲の声とは違って聞こえてきたが、八雲の物だろう。

 ドア越しの鳴き声混じりで聞き取れない言葉も多かったが、亡くなったお父さんがお別れをしていることは分かった。


――こんな中に八雲さんはいるのか……?


 聞いているだけで辛くなる状況だった。瑞貴は堪らずに目を閉じてしまう。

 この場にいる誰にも事態を好転させるだけの力はない。ただ、死という別れを受け入れるだけしか出来ない。


「……八雲の力では10分が限界らしい」


 坂本がポツリと言った。10分という時間は最期の別れをするには、あまりにも短い。短いが最期の言葉を交わすことなく別れてしまうよりは幸せかもしれない。


『死んじゃ嫌だよ、パパ』

『置いてかないで!』


 残酷な言葉だと思った。死にたくない置き去りにしたくない、それは亡くなった本人が一番強く願ったことだろう。

 瑞貴は深く深く入り込んでいきそうになっていた。


 その瞬間、『ポン』と坂本が瑞貴の背中を叩いた。


「……落ちては、ダメだ」


 落ちる場所は分からないが、確かに落ちていくような感覚があった。そして、瑞貴は山咲瑠々の姿を見ていたような気もしている。


――あぁ、無力感だ……


 自分には何も出来ることがない。それを認めるしかない状況の中で瑞貴は自分が存在している意味を探してしまう。


「霊安室の長時間使用はダメなんだが、他に家族だけにしてあげられる場所もなくてね。……八雲のことも他に知られてはマズいことになるし」

「そう、ですよね」

「八雲は、体を貸すしかないんだ。……遺体が横にあっても、その体には短時間でも魂を戻すことはできない」

「…………」

「若い女の子が亡くなった時は『こんなオジさんの体で申し訳ない』って話していたよ。……それでも、残された家族が八雲の力を疑うことはなかった」

「……本当に大切な人は分かるんですね?見た目は違っていても魂はソコにある」

「あぁ、そうだね」


 そろそろ八雲が限界になる10分が近くなっていた。

 鼻を啜る音が途絶えることはない。それでも大切な時間を一秒でも無駄にしないように会話は続いているのだろう。


 そして、叫ぶように大きな泣き声が響いた。ただただ悲痛な音が廊下に響き渡っている。坂本は天井を見上げるような動きをして何も言わなかった。


 ドアが開きフラフラになった八雲徹が出てきた。

 瑞貴は手を貸そうとして八雲の近くへ駆け寄ると、閉まりかけたドアの隙間から頭を下げて八雲を見送る男性を見つけた。


――あぁ、この人なんだ……


 一瞬のことであり、頭を下げていたので表情までは確認出来なかったがドアが閉じ切るまで八雲へのお礼を続けていた。


――ちゃんと、お別れできたのかな?


 10分は短い。1時間なら十分というわけでもない。

 それでも0ではなかった。ただそれだけのことだが、それだけのことが大きく違うと瑞貴は信じたかった。


「……八雲さん、大丈夫ですか?」

「んっ?あぁ、大丈夫だ。ありがとう。……君は平気か?」

「はい」


 八雲は瑞貴の頭に手を乗せて優しく声をかける。


「無理をしなくてもいい」


 自分が辛い中でも他人を気遣える八雲を瑞貴は尊敬した。


「……はい」


 坂本も近くに立っていた。霊安室の中は家族だけの時間になっているのだろうが坂本も戻らなければならない。


「ありがとうな」

「あぁ」


 そして、坂本は白衣のポケットから封筒を出して八雲に差し出していた。銀行のATMに備え付けてあるような封筒であり、それが何なのかは即座に理解できる。


「なんだ、またお前が立て替えてるのか?」

「仕方ないさ。……了解は取っているが家族が準備してる時間なんてないんだ」

「そうだな。……でも、今回はいいよ。これから、あの家族には必要になるものだ」

「お前、そう言って前回も受け取らなかったじゃないか。……仕事だろ?大丈夫なのか?」

「取れるところからは遠慮なく頂いてる。問題ないよ」


 八雲徹は、これを仕事としているらしい。ただ、瑞貴は仕事であったとしても絶対にやりたくないと思ってしまった。

 現に八雲は憔悴しきっていて辛そうだった。肉体的にも精神的にも限界なのだろう。


「……じゃぁ、私は戻るよ。……滝川君、もし再び会うことが出来れば、君とゆっくり話をしてみたいな」

「えっ!?……あっ、はい」


 そう言い残して坂本は霊安室に入っていった。八雲と瑞貴は病院から出るために歩き始める。

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