074 熱戦
鬼には翌日の昼過ぎに瑞貴の家まで来てもらい合流する旨を伝えた。
「あっ、あと、普通の人間も一人参加しますから注意してください。神様や鬼が本気を出したら、遊びとして成立しなくなると思います」
「承知しております。……ですが、天照大御神も回りくどい手法を選ばれたものですね」
「ん?……天照大御神が、回りくどい手法……、ですか?」
「失礼、こちらの話です。……それでは、明日はよろしくお願いします」
「こちらこそ……、よろしく」
天照大御神が回りくどい手法を選んだ、という言葉が瑞貴には気になってしまった。天照大御神が部屋に籠っている理由が別の意味でもあるような言い方になっている。
色々と考えたいこともあったが瑞貴は麻雀のルールを覚えることに精一杯で、翌日の麻雀が成功すれば天照大御神と対面を果たすことになる。
「……鬼塚一郎です。よろしくお願いします」
「あっ、富永あずさです」
マンションに向かう途中、人間界での鬼の名前を考えることにした。これまで瑞貴と会っているだけだったので『鬼』だけでも支障はなかったが、あずさに自己紹介は必要になる。
鬼はあずさに対して紳士的な挨拶を済ませており、不必要な警戒心を与えることはなかった。あずさも緊張した面持ちではあったが、『怖い』という情報を刷り込んでいたおかげで比較的早く鬼を受け入れることになる。
「こんにちは、鬼塚さん」
ニッコリと微笑みながら挨拶している采姫を瑞貴は緊張して見ていた。采姫は鬼を知っている様子で話をしていたが、二人は初対面なのか初対面ではないのかも瑞貴には分かっていない。
「こんにちは、市村さん」
何気ない挨拶にも異常な緊張感がある。
瑞貴が情報を与えていなかった市寸島比売命の人間界での名前を鬼は知っていた。二人から発せられる正体不明の威圧感は普通の生活で感じられるものではない。
大黒様は部屋に入った直後、炬燵でくつろぎ始めてしまって参戦していなかった。まだ姿は見せてはいないが同じ場所には天照大御神も存在しているのだから、とんでもない空間になっている。
「……そ、それじゃぁ、準備をして始めましょうか」
瑞貴はギリギリの平静を保ちながら声をかけた。采姫とあずさはキッチンで飲み物を用意してくれている。
「市寸島比売命とは初対面じゃなかったですね?」
「いいえ、初めてお目にかかりました。もちろん真のお姿でもお会いしたことはありません」
「……でも、市村采姫って名前は知ってたんですか?」
「この世界で必要な情報は集めております」
どこまでも勤勉な鬼だった。ただ、鬼の情報収集能力が神様に近い程度の物があることになる。
日曜日の14時、瑞貴は基本ルールだけを習得して本番を迎えることになった。炬燵の上は麻雀をするだけになってしまうので、小さな脇テーブルに紅茶をスタンバイして開始された。
「では、よろしくお願いします」
四人は出来るだけ賑やかに麻雀牌を洗牌して(かき混ぜて)、無駄に感じてしまう場面でも大きな声を出すことを心掛けた。
サイコロを振ったり、誰が『親』になるのか指示をしたり、ほとんどが鬼に任せてしまうことになった。
「……市村さんから順番に反時計回りで牌を取って行ってください」
素人三人に対して分かり易い指示を出してくれる鬼が神様のように瑞貴には見えていた。瑞貴は入門書を準備していたが必要なさそうな雰囲気である。
鬼の講義を受けながらの麻雀が一時間ほど経過したあたりで、瑞貴と采姫は大凡のところを理解していた。分かってくると意外に楽しくなってしまう。
「そろそろ、私も本気でやらせていただきましょうか」
あずさ以外の二人に気を使っていた鬼が言った直後に、
「市村さん、ロンです。……国士無双、役満ですね」
まるで宣戦布告のように鬼が采姫から和了った。
「へぇ、私から『国士無双』ですか?……なかなかに無茶なことをする方ですね?」
言葉遣いは穏やかだが采姫の目は笑っていない。
国士無双――その国で並び立つ者のいない程、優秀な人物。そんな意味を持った役満で神様から和了る鬼。瑞貴の鼓動は早くなるばかりだった。
「まぁ、采姫さん、ただの遊びですから……。楽しみましょう」
「もちろん。楽しんでおりますわよ」
丁寧な言葉であったが、やはり目は笑っていない。
「私も、少し本気を出させてもらいますね」
采姫が静かに言いながら、その身体から不思議な気配が漂っていた。
「あら、鬼塚さん。……今度は私がロンです」
鬼を狙い撃ちにいっていた。人間の世界で使ってはいけないような力を麻雀で使っているのかもしれない。
「すごく綺麗に揃っていますのよ。……これって、たしか九蓮宝燈って言うんですよね?」
鬼が珍しく表情を僅かに変化させた。眉を少しだけピクリと動かした程度ではあるが、初めて見せる反応だった。
「これは貴重な役を見せていただきました。……九蓮宝燈で和了ると運を使い果たして死んでしまうと言われているのですが、これからが心配ですね?」
「まさか私の運が、こんなことで使い果たされるとでも思っているのですか?」
これまでの采姫とは雰囲気が違っており、神様的な気配が漏れ出してしまっている。この状況で、あずさが不自然さを感じていないか気になった瑞貴が横を見ると、
「わぁー、采姫ちゃん、すごいね!」
と小さく拍手をしている。予想外に能天気キャラなのかもしれない。天照大御神と市寸島比売命が住む部屋に同居でくるのだから繊細な精神の持ち主ではないらしい。
瑞貴は、当初の目的である天照大御神を部屋から誘い出すことを忘れないように平静を保つだけで精一杯だった。
――あれ?……大黒様は?
救いを求めようとしたが、さっきまで横で寝ていた大黒様がいなくなっていることに気が付いた。
「わんっ!」
すると、大黒様の声があずさの方から聞こえてくる。いつの間にか、あずさの膝の上に陣取っており、珍しくキリっとした顔を見せていた。
「……えっ?……大黒様、どうしちゃったの?」
あずさは戸惑いながらも、急に懐いてきた大黒様に嬉しそうな様子だったが、采姫と鬼は大黒様を鋭い目つきで見ていた。
――まさか、大黒様も参戦する気じゃないよな?
日本神話に登場する神様と閻魔大王の元で働く鬼の小競合い。そこにヒンドゥー教の最高神が割って入ることになる。
ここへきて、瑞貴は麻雀を選択してしまったことと、参加メンバーを安易に決めてしまったことを後悔していた。
「わんっ!」
「えっ?……これって『ポン』した方が良いの?」
案の定、あずさをコントロールして戦う意思を見せ始めている。
「えっ!?……これを捨てたらダメなの?」
そして、あずさが捨てようとして選んだ牌を大黒様は短い手を伸ばして指示を与えていた。結果として、
「わぁ!すごい、これ『ツモ』だよね?」
そう言って、あずさは大四喜を楽しそうに和了った。四方全てを支配すると言わんばかりの大黒様の意思表示かもしれない。
――いつの間にルールを覚えてたんだ?
大黒様の見ている子供向けアニメに麻雀が登場するようなものはなかった。元から知っていた可能性もあるが、油断ならない神様である。
「大黒様の指示通りしてたら、すごいことになっちゃった」
「……なかなかやりますね」
「……ええ、意外な伏兵でしたわ」
喜ぶあずさに鬼と采姫は声をかけているが、あずさに向けた言葉ではないと瑞貴は感じている。
楽しみましょうと言えるような雰囲気ではなくなっており、無事に終えられるかが瑞貴は心配になってしまう状況だった。
瑞貴を除いたメンバーでの戦いはしばらく続き、人間世界では感じていけないような圧迫感が部屋中を支配した。
あずさが楽しそうにしてくれていたのは救いであったが、天照大御神を誘い出すことから遠ざかっている心配は生じてしまう。
――やっぱり、神話みたいに上手くはいかないよな……
予想以上に白熱した戦いになっているが、楽しそうというよりも包み込む空気がピリピリと緊張感を漂わせてしまっている。
――この作戦は失敗だったか?
瑞貴は半ば諦めており、次の手段を思案し始めていた。
――天照大御神を誘い出すのに効果的なものって、他にあるのかな?
そんなことを考えながら天照大御神が籠っている部屋のドアを見つめていると、少しだけ動いたような気がした。
驚いた瑞貴は目を凝らして天岩屋戸になっているドアの動きに集中する。
――見間違いじゃない、ドアが少し開いてる!
この部屋に充満していた戦いの気迫が天照大御神の部屋にも漏れ伝わっていたらしい。神が二柱と鬼が一人となれば、オンラインゲームで盛り上がっている感情を覆い隠すほどの威力を持っていたのかもしれない。




