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神媒師  作者: ふみ
第一章 初めての務め
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063 区切り 《第一章完》

 そして、暗くなった時間に秋月のマンション近くで瑞貴は待機を始める。

 隠れてコソコソと行動していても瑞貴には神様が味方してくれていた。しかも、この神様は秋月を守る気満々だった。


 大黒様が何かに反応して動き出す。ここで吠えないのは相手に気付かれないように配慮しているのだろう。

 瑞貴の顔を見て、『こっちだ』と伝えるようにキリっとした表情で大黒様は首を振る。


 その動きに従って瑞貴がついていくと梅村修を発見した。これで本当に最後になる。


 出来るだけ自然に犬を散歩をしているだけの通行人のフリをして瑞貴は梅村に近付いていく。

 そして、瑞貴の存在に気付くのは遅れた梅村は慌てて物陰に隠れようとするが、その背中に向けて瑞貴は声をかけた。


「梅村修()()ですよね?……こんばんは」

「……お前、滝川瑞貴。……どうして?」


 やはり瑞貴のことは知っていた。瑞貴が考えているよりも陰湿な男だったらしい。

 この男が二度と秋月に近付かないようにすることが必要だと瑞貴は確信する。そして、梅村が執念深い男だったとしても、二度と秋月に関わりたくないと思わせる方法を選ぶ必要がある。


 瑞貴は梅村には見えない鞘から紐を解いていた。梅村には瑞貴が何をやっているのか見えていないので、不審な動きをしている瑞貴に恐怖を感じ始めている。


「……閻魔代行」


 梅村を中心に円の結界が張られて、それまで夜だった景色は一変した。結界の中から見えているのは別世界だ。

 紐で作られた結界は天国と地獄に世界を分けて二人を取り囲んでいる。


「……おい!何なんだよ、これは!?……お前、何をしたんだ?」


 梅村は、予想通りに動揺してくれていた。本来であれば生きている人間が見ることを許されない世界であり、そんな場所に連れ込まれてしまえば当然の反応だろう。


「見てわかりませんか?……天国と地獄です」

「おまっ……、何を言ってるんだ……?」

「ちなみに、俺の持っている刀は、あまり見ない方が良いですよ。……先輩の『罪』が暴かれてしまいますからね」

「……俺の『罪』?……さっきから、お前は何を言ってるんだ!」

「心当たりはあるんですよね?……今から、ちゃんと反省することが出来れば、地獄行きは回避できると思いますよ。……良かったじゃないですか」

「……地獄、行き。……そんなこと、本気で言ってるのか?」

「本気で、って。先輩も見てるじゃないですか?……自分の目で見ている物が信じられないのなら、今から俺が証明してあげましょうか?」


 梅村の身体が硬直しているのが分かる。周囲に広がっている景色は、それだけの説得力がある。

 女の子の後を付け回したことが地獄に行きの罪になるとは瑞貴も思っていない。だが、このまま放置しておくことで罪が生まれるかもしれず、将来見ることになる景色を先に見せてあげることにした。


 その時、瑞貴は『鬼』を連れてこなかったことを少しだけ後悔した。絶対的な恐怖を植え付けるのであれば、鬼の存在が最大限の効果を与えてくれただろう。


「……秋月さんは、お前のような下衆が近付くことの許されない存在なんだ。……反省して、二度と近付かないと誓えるのなら見逃してやるよ」


 瑞貴は、『閻魔刀』の刀身を梅村には見せないようにして、首元に突きつけた。梅村の身体が震えているのが伝わってくる。


「次はない。……この次は、お前を生きたまま地獄に引きずり込んでやるよ」

「……地獄に?」

「あぁ、例え、どんな代償を支払ってでも、俺が絶対にお前を地獄に送ってやる。それが嫌なら二度と秋月さんに近づくな!」


 梅村は震えながら何度も頷いていた。これで約束を破るのようなら、ただの馬鹿でしかない。


 瑞貴が『閻魔刀』を鞘に納めて結界は解かれた。梅村は何も言葉に出来ず、再び夜に戻った周囲の景色をキョロキョロと見回している。


「……早くここから消えてくれませんか?……先輩。……目障りだ」


 その一言で、梅村は慌てて走り出し逃げて行った。

 ここまでのことを完遂して秋月と瑞貴の関係性は全て消え去ることになる。瑞貴の憂いも解消され、秋月がしてくれたことへの恩返しが出来たと考えてしまう。


「一石二鳥って、ことですね?」


 それでも、まだ恩返しには足りていないかもしれないが、これ以上は瑞貴に返せるものがない。

 大黒様に声をかけて瑞貴たちも帰ろうとした。


「……随分と無茶な方法で解決させたんだね?近くにいなくて助かったよ」


 振り返ると、秋月父の姿があった。近くにいれば結界が反応して秋月父も成仏させてしまうことになったかもしれない。


「……そうですか?……あれくらいやらないと効果が薄いと思ったんです」

「あんな使い方をしていいのか?」

「少しくらいは、自分のために使わせてもらわないと。……役得ってやつです」


 散々苦しめられたのだから、これくらいのことで使うことは許してほしいと考えた。


「……でも、娘の為に使ってくれたんだろ?」

「いえ、俺が秋月さんに恩返しはしておきたかったんです。……それって、やっぱり自分の為に使ったことになるんじゃないですか?」

「もっと上手くやれば、穂香が君のことを思い出すきっかけになったんじゃないのか?……それに、恩返しどころか、恩を売ることだってことだって出来たんだぞ?」

「知ってたんですか?」

「多少のことならね……。不器用な生き方しか出来ないと損をするだけだよ」

「そうでもないです。……この結末、俺は結構気に入っているんです」

「……そうなのか」


 秋月父とは、それで別れてしまった。あの状態で留まるのであれば、また会うことになるのは瑞貴にも分かっている。

 神媒師である瑞貴の前に何度も姿を現しているのであれば、秋月父も覚悟して行動しているはずだった。もし、その覚悟がなければ瑞貴の前から姿を消す必要がある。

 

 秋月父を送らなければならなくなった時、瑞貴は躊躇わず行動できるか不安だった。


――心の準備だけはしておかないとな


 それでも、これで瑞貴が年内に予定していた行動は全て終わらせることが出来た。


※※※※※※※※※※


 慌ただしく過ぎていくばかりで振り返る余裕もなく、少しは余韻に浸れる時間も欲しいと瑞貴は考えていた。


 秋月と過ごしていた楽しい時間は、信長と秀吉からお礼として存在していたのかもしれない。

 そうであれば、皆が消え去った後で秋月との時間が消えてしまったことも納得できる。全てが終わっているのだから、秋月との繋がりも終わっただけに過ぎない。


――秋月さんが居なければ、何も出来なかった


 皆とのクリスマスを心から楽しめたのは秋月が居てくれたからだった。その感謝の気持ちだけは忘れてはいけない。

 何も残すことが出来なかったとしても、その想いだけは忘れたくなかった。


――秋月さんが作ったパンケーキ、美味しかったな……。今度、ちゃんと作る練習してみようかな?


 結局、瑞貴は一度もパンケーキ作りを成功出来ないままで終わらせてしまった。大黒様のご飯も作れるようにならないと、またいつか秋月に助けを求めに行ってしまうことがあるかもしれない。


――そう言えば、あの二人にも渡すはずだったキーホルダーが余っちゃったか


 一応、準備してはいたのだが、予定外の行動だったので渡しそびれてしまった。信長と秀吉の分のキーホルダーも準備していたのだが、瑠々の母親を裁く場に持って行っていなかった。


――もう、戦国時代のドラマや映画で『織田信長』や『豊臣秀吉』が出ていたら、まともに見れないかも……


 そう考えると瑞貴は自然と笑ってしまう。

 

――自分を押し殺して、無理している二人の姿に見えて、泣いちゃうかもしれないし


 瑞貴だけは、他の人と違った目線で二人を見ることになるのだろう。それは特別なことでもあるが悲しくもなる。

 そして、『時代に殺された』と言っていた事を瑞貴は思い出していた。あの二人も生まれた時代が違っていたら別の生き方を選べていたのかもしれないが、あの時代に信長と秀吉が存在していたことにも意味がある。


――あの子たちも辛い思い出から解放されていてくれると嬉しいな……


 子どもたちの顔と名前を思い浮かべてみる。思い浮かぶ皆の顔が笑顔なことは、幸せな気分にさせてくれた。


――瑠々ちゃんに起こったことは絶対に忘れないでいよう。……それに、裁かれた母親の姿を覚えておこう


 唯一、助けてあげられる可能性がゼロではなかった存在が山咲瑠々だった。その可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではなかった。

 そして、瑞貴にもっと力があれば瑠々の母親を裁く方法が他にもあったのかもしれない。もっとスマートな方法で解決出来ていたのかもしれない。



 座敷には、みんなが一生懸命に飾り付けをしたツリーが残っている。みんなが作った折り紙も飾ったままになっていた。


――もうしばらく、このまま飾っておくか


 しばらくツリーを眺めた後で自分の部屋に戻ると、テーブルの上には黒い柴犬のヌイグルミが置いてあった。

 秋月からのクリスマス・プレゼントだ。


――本当に交換しただけになったよな。……全く同じ物を選ぶとは考えてなかった


 瑞貴も同じヌイグルミを秋月にプレゼントとして渡していた。

 一つだけ違ったのは秋月から貰ったヌイグルミには首輪に『だいこくさま』と書かれた手作りの名札が付けてある。


――わざわざ作ってくれたんだ……


 小さな文字で書かれている小さな名札を触りながら瑞貴は疑問を抱いていた。


――俺からのプレゼントはなかったことになって、消されちゃったのかな?……それとも違うヤツから貰ったことになるのかな?


 閻魔大王からは秋月との繋がりを消し去る『罰』を与えられた。このプレゼントについても、何かの対応がされていて当然。

 

 違う誰かからのプレゼントに記憶が上書きされているのであれば、誰からのプレゼントに上書きされたのか想像を巡らせてみた。

 自分の贈った物が他の誰かからの贈り物に置き換わるのは複雑な心境だったが、ヌイグルミが消されてしまっているのも寂しくなってしまう。


――閻魔様が上手く処理してくれてるだろうから、考えるのは止めておこう


 秋月との『初詣』の約束もキャンセルになってしまった。

 それでも、みんなが遊んで過ごした熱田神宮に参拝をしに行くことを決めて、瑞貴は閻魔様から依頼された務めを完了した。


※※※※※※※※※※


 秋月の部屋には誰が作ったか分からない折り紙のくす玉と誰から貰ったか分からない犬ヌイグルミが飾ってある。

 誰から貰ったか分からない、そんな品々であっても秋月は気味悪いと感じていなかった。それら全てが『大切な物』として秋月に認識されていたのは閻魔大王の温情措置なのかもしれない。

 

 ヌイグルミの下には、誰が書いたのか分からないメモまで置かれており、知らない名前と意味不明な言葉が沢山並んでいる。


――美味しいパンケーキを食べて成仏

――死んでしまった子どもたちが楽しめるクリスマス


 怪しい内容ばかりでしかないのだが、秋月は誰がこのメモを見ていることが好きだった。


――幸せな記憶を一つでも増やしてあげたい


 この言葉を読む度、優しい気持ちになれる。

 そして、秋月穂香は見知らぬ子どもたちの笑顔を思い浮かべて涙が零れてしまっていた。

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