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神媒師  作者: ふみ
第一章 初めての務め
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059 歴史の真実

「……これから、どうしますか?」

「うむ、明日の朝にでも、熱田神宮に戻ろうかと思っておる。……最後は子どもたちを伸び伸びと遊ばせてやりたいのじゃ」

「そうですか。……分かりました」


 次の予定は28日の仏滅が成仏させる日となっている。それで、瑞貴は皆とは本当にお別れすることになる。


「……28日は朝6時にA町の小さな神社で、皆を送り出そうかと思ってます」


 捨て猫を見つけた神社だった。小さな神社であり、早朝なら人も少ない。


「構わぬよ、其方(そなた)に任せよう」



 そして、後片付けをしてくれている秋月の手伝いに向かった。瑞貴は秋月に協力してもらうことを渋り続けたお詫びしておきたかった。今日の成功は秋月がいなければ不可能だったことを瑞貴は十分すぎるほど理解している。


「……秋月さん、本当にありがとう。……俺一人では何も出来なかった」

「でも、滝川君がいなければ、この時間は生まれなかったんだから、そんなこと言わないで」

「ありがとう。……それで、これ(もら)ってくれないかな?」


 瑞貴は綺麗にラッピングされた袋を秋月に差し出した。サッカーボールくらいの大きさの袋だ。


「えっ?……どうしたの?」

「いや、少しはクリスマスっぽいこともしておきたかったんだけど。……俺からのお礼ってことでダメかな?」


 そう言って差し出された袋を受け取ると、秋月も自分のバッグからラッピングされた袋を取り出して瑞貴に差し出した。大きさも見た目も、そっくりな袋をお互いに交換する。


「それじゃぁ、プレゼント交換ってことで」

「あっ、うん。……それじゃぁ」


 皆とは離れたキッチンで、瑞貴と秋月は照れながらのクリスマスを行っていた。


「フフッ、もしかすると本当に交換しただけかもしれないね」

「そうかも」


 それは瑞貴も同感だった。袋のサイズ、重さ、感触が、交換する前と後で変わっていなかった。それでも交換は交換である。

 お互いに、そのことがおかしくなって笑ってしまっていた。


「……秋月さんが、いてくれて良かった。……怖い想いをさせたのは申し訳なかったけど、本当にありがとう」

「もう、平気だよ……。でも、これから、どうなるの?」

「明日の朝には熱田神宮に戻るって言ってた。……あとは、28日の朝6時にA町の神社で皆を送り出して……、終わり。……それで、お別れ」

「……私も一緒に見送りしてもいい?」

「それは……、ゴメン。俺にも何が起こるか分からないんだ。……ある種の儀式みたいなものなんだけど周囲に影響があるのも分からない。近くにいない方がいいのかもしれなくて……」


 瑞貴にも上手く説明できないが危険がないと言い切れないのも事実だった。次は『閻魔刀』を鞘から抜くことになる。

 閻魔大王が使っている『浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)』の力を解放することになれば、瑞貴は最低限でも周囲の影響を考慮しなければならなかった。


「ううん、いいの。……それじゃぁ、皆とは今日でお別れだ」


 秋月にとっては、そうなってしまう。

 一通りの後片付けを終えて、瑞貴は再び結界を張った。秋月が、お別れをする時間を作ることにした。


 泣いてしまっている子もいたが、秋月が一人一人とハグをして話しかけてあげていた。『おいしかったよ』『折り紙楽しかった』『また一緒に歌いたい』と言いながらお礼する子どもに『また一緒に遊ぼうね』と秋月は言い続けていた。

 秋月の目には少しだけ涙が浮かんでいるように見える。


 そして、信長と秀吉が秋月に頭を下げて、


「最後に楽しい時間を過ごすことが出来た。子どもたちと遊んでくれて、ありがとう」

「儂らのために大切な時間を使ってくれて、ありがとう。本当に美味しいパンケーキだった」


 丁寧に秋月にお礼を言っていた。秋月は涙を浮かべながら恐縮してしまっている。

 瑞貴は、この二人の正体をいつか秋月に伝えてあげたいと考えていた。


 瑞貴が、秋月をマンションまで送っていく間、時々鼻を(すす)る音が聞こえてきた。それでもマンションまで辿り着いた時には瑞貴に笑顔を見せてくれる。


「……お父さんとお母さん、29日の夜に帰ってくるんだよね?」

「えっ、そんなことまで聞いてたの?」

「滝川君は料理出来ないから、時々でいいから様子を見てほしいって言われた」

「……それは、何かごめん。……ほとんど毎日になってるし」

「だって、大黒様が食べてくれないんでしょ?また、ご飯は作りに行くよ。……それで、次は皆が過ごした場所で初詣しようね」


 突然の誘いに瑞貴が返事も出来ないまま、秋月はマンションに入って行ってしまった。

 大黒様が『わんっ!』と吠えるまで瑞貴は茫然と立ち尽くしてしまう。


 そんな余韻を引きずった状態で帰宅すると、皆が整列して待っていてくれた。


「……お兄ちゃん、ありがとうございました!」


 子どもたちが一斉に瑞貴に向けてお礼を言ってくれたのだ。驚きと戸惑いの中、瑞貴は正座をして、


「はい……、どういたしまして!」


 瑞貴は少しだけ涙を浮かべながら、それでも精一杯明るい声で皆に返した。そして、『楽しんでいただけましたか?』と瑞貴が聞くと、全員が『うん』と明るく応じてくれる。


――これで良かったんだ。……まずは、やり遂げることが出来たんだ。……あとは、明日……



 幽霊でも、はしゃぎ疲れることがあるのだろうか。子どもたちは、そのまま眠ってしまった。

 大黒様も子どもたちの近くで寝息を立てている。


 そんな様子を見ている瑞貴に信長と秀吉が近付いてきて姿勢を正した。


「瑞貴殿、本当にありがとう。……神媒師としての務めとは関係のないことまで()いてしまったかもしれぬが、心より感謝申し上げる」

「……いや、止めてください。……俺も、この子たちに何かしてあげたかったんだから気にしないでください」


 信長の改まったお礼の言葉に戸惑ってしまう。信長の隣で秀吉までが一緒に頭を下げてくれている。


「だが、これだけのことをしてもらっても、儂らからは返せるものが何もない」

「そんな、別にお返しなんて必要ありません」

「……いや、それでも何かしたかったんじゃよ。……で、考えてみたのじゃが、儂らの事実を伝えておこうかと考えたんじゃ」

「えっ?……お二人の事実って?」

「現在の歴史として伝わっているものとは別の()()じゃ。……それを公表すれば、多くの物を得られるだろう。十分な礼にはなると思う」

「……それって、例えばどんなことですか?」

「そうじゃな……。其方らが『本能寺の変』と呼んでおる出来事の真実と証拠。……ではどうだろうか?」


 本能寺で織田信長が殺害された事件だ。戦国時代に多大な影響を与えた出来事の真実で明智光秀が首謀者とされているが、今なお謎が多く残っている。

 その中には、豊臣秀吉や徳川家康が黒幕とする説も(まこと)しやかに(ささや)かれているらしい。


 確かに、その真実を公表することが出来れば瑞貴が得られる物は多く、歴史の謎を解き明かした人間になれるはず。


「……いえ、やっぱり、何もいりません。……俺の中で『織田信長』と『豊臣秀吉』は優しくて子供好きだったという事実だけで十分です。……歴史上での偉業なんかよりも、お二人が『子どもたちのためにクリスマス・パーティーを依頼した』って記憶に残せただけで十分です」

「……それは、其方の中だけに留めておいてくれ……」


 信長が瑞貴に小声で要求する。


「それなら、俺の中だけも、お二人が最後まで仲が良いままにしてください。何百年も前の出来事よりも、今日あったことを大切にしたいんです」


 その話は、それで終わった。沢山の人を殺してきた事実は変えられないが子どもたちのために行動してきたことも瑞貴にとっては事実になる。

 人間として少しくらいの心変わりは常にあるものだが、心が新しい物に入替ることなどないと思っている。この二人の真実は今日の姿だと信じてお別れがしたい。


――この二人が、カッコイイと思えるままで成仏させたい


 この二人は生き方を選べない時代に生まれてしまっただけだと瑞貴は信じたかった。



「……それと、其方の中で瑠々の件は決着がついておるのか?」


 信長からの質問を受ける。

 二人の前で、あれだけ瑠々の為に泣いてしまっていたのだから、その質問を受けてしまうことは仕方のないことかもしれない。

 そして、二人には事前に話しておかなければならなかった。この二人にとっても、山咲瑠々の件は心残りになってしまう。


 瑞貴は鬼から聞いた『閻魔刀』の力についての説明から始めた。罪を犯している者に生きながらの地獄を与える力があることの説明になる。


 そして、瑞貴は『閻魔刀』を手に取って二人の前に(かざ)した。


「……この太刀は儂らの身体を現実のものにする力や、成仏させるための道具だけではないのだな?」


 秀吉が感心しながら『閻魔刀』を眺めている。そして、『触っても良いか?』と聞かれたので、恐々(こわごわ)と渡してみた。


――『浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)』を見せてないんだから、触るくらい大丈夫だよな?


 柄を持った秀吉に変化が見られないことで、そのまま手渡してみた。信長にも手渡して見ているが、着物姿の二人が『閻魔刀』を持っていると様になる。


――まぁ、『本物』だから似合って当然か


 太刀を普通に使っていた時代の人たちの代表格だったことを再確認させられる。瑞貴が持つよりも違和感はなく、しっくりとする。


「……だが、瑠々の母に罪がなければ、どうする?」


 信長が厳しい顔をして瑞貴に問い掛けるが、この質問も当然のこととして瑞貴は受け止めた。


「……罪はある。……そう確信しています。迷いはありません」

「この時代の法で裁かれなかった者だぞ?……法が正しければ其方の父のように何かを失うことになる。其方の人生は、これから先が長くなる。失った時の後悔に耐えられるのか?」

「……失ったことで後悔することになるかもしれません。……でも、『閻魔刀』を使わないままで終わらせてしまっても後悔するんです」

「それでも、失う物は大きい」

「あの母親には絶対に罪がある。……そのことも確認しておかないと、俺は前に進めない」


 瑞貴は『閻魔刀』を使わないで瑠々の件を終わらせてしまったら、神媒師としての務めも全うできなくなるように思えていた。あの時、大黒様に止められていなければ、もっと過激な行動をしていたかもしれずに心は成長しない。


「分かった。……覚悟があるのであれば、何も言わぬ」


 瑞貴は自分の目で見た瑠々の母の表情を忘れていない。瑠々が話していたことを忘れていない。その上で、あの母親には罪があると確信している。


「……一つだけ、聞いても良いか?」


 今度は秀吉が、瑞貴に質問を投げかけてきた。瑞貴は『どうぞ』とだけ短く応じる。


「其方は、この『閻魔刀』の力の存在を伝えた父を残酷だとは思わなかったのか?」

「教えられずに後から知ることになかった方が残酷です。……今の俺に選択することを許してくれた父は、俺のことを信じてくれたんです」

「試されるようなことになっておってもか?」

「父から世の中は『理不尽』で『不公平』だと言われました。……でも、それで納得しろとは言われなくて、代わりに『頑張れ』って言ってくれたんです」

「……それで、あの子の為に頑張ることを選んだのか?」

「はい。……俺は、許せないんです。……せめて俺くらいは、あの子の為に行動してあげたいんです。……あの子が生きていた時間を俺だけでも肯定してあげたいんです」


 その日は、1階に布団を持ってきて皆と一緒に寝ることにした。大黒様が助けてくれたとは言え、瑞貴もかなりの体力を消耗している。

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