056 発見
月曜日、一週間ぶりの登校を出迎えてくれたのは秋月父だった。秋月父との作戦が上手くいけば秋月への恩返しになってくれるかもしれない。
自転車置き場の横に立っており、瑞貴を見つけると声をかけてきた。
「おはよう」
「……おはようございます」
瑞貴は周囲に気を使って、かなりの小声で挨拶を返している。秋月から不審な行動が多いと指摘も受けているので余計に気を使ってしまった。
「こんな朝早くからとは思ってませんでした。……ちょっと驚いてます」
「学校で探すのであれば、登校時がベストだと思ってね。……おかげで、早速見つけられたよ」
「えっ?……もう発見したんですか?」
驚いて少し大きな声を上げてしまった瑞貴を秋月父は手の平を向けて制して、自転車置き場の一角を指さした。
――アイツが、そうなんだ……。意外に普通そうなヤツだよな。……本当に同じ高校だったのか
秋月父が示した先には一人しかおらず、瑞貴はすぐに分かった。
瑞貴も自分の自転車を止める場所に移動しながら、その男の横を通り過ぎた。その男も到着したばかりなのか、自分の自転車に鍵をかけたりしている。
――やっぱり、あんなに近付いても気付かれないんだ
秋月父は男の真横に立っており、自転車から得られる情報がないか探してみている。
この状況の全てが見えている瑞貴からすると、出来の悪いコントのように感じてしまった。それと同時に見えない存在があることを再認識させられる。
その男が自転車から離れて歩き始めた。これも、秋月父が後を追ってついていく。元々、人物の特定は秋月父の役目であり、特定された情報を瑞貴が受け取る段取りだ。
瑞貴は自分の教室で情報が届くのを待っているだけでいい。教室に入るのも久しぶりな感じになって無意味に緊張する。
友人たちも瑞貴の席に寄ってきて心配する声をかけてくれた。以前の瑞貴であれば、それすらも面倒に感じてしまっていたかもしれない。
「そのまま休んでれば冬休みが長くなったのにな」
声をかけてくれている中には清水の姿もあった。
「休んでいても良かったんだけど、やることもあったからね」
「……やることって、何だよ?」
「ちょっとした情報収集をしておきたかったんだ」
「情報収集は大事だぞ。……この時期は用意周到に動かないと、失敗した時のダメージが大きいからな!」
おそらくは何か誤解をしている清水の言葉には情熱があった。瑞貴は曖昧に誤魔化してしまっているし、周囲にいた友人も清水が言っていることを理解できていなかった。
「おっ、ターゲットが来たぞ。出来るだけ多くの情報を集めておけよ。頑張れ!」
「……おはよう」
こちらの様子を窺いながら、秋月穂香が声をかけてきた。
秋月の登場で全てを察知した友人たちは『おはよう』と返しながら、二人の近くから離れていった。
――秋月さんの情報収集が目的だと勘違いしたのか?
この時期に大事な情報収集と清水は言っていたので、これからのイベントに瑞貴が秋月を誘うつもりだと勘違いしていたのかもしれない。
――あれ?……秋月さんのためにする情報収集だから、あながち勘違いでもないのか?
目的は違うが秋月に関係する情報を得るために瑞貴は行動している。
「おはよう」
秋月から再び、瑞貴だけに向けた挨拶。
「おはよう。昨日は、ありがとう」
「大黒様は、朝ご飯食べてくれた?」
「……腹が立つくらいに、しっかりと食べてた。……それと、俺の分も、ごちそうさまでした」
瑞貴の言葉には、笑いながら『ついで、だから』と返されてしまう。制服姿の秋月が、瑞貴に笑いかけたのは初めてのことだったかもしれない。
そんな様子を教室のドアからジッと見ている人物に気付いた瑞貴は寒気を感じる。
寒気がするだけでも嫌なものだが、原因となる人物の姿までハッキリと視認できてしまうことは辛いものだった。
その人物、秋月父の手招きに従って近付いていった。
「教室の中まで入ればいいじゃないですか……?」
「……いや、ここまで入ってしまったら、娘に嫌がられてしまうからね」
瑞貴には境界線が分からないが秋月父なりのルールが設けられている。
――まだ、そこは気にしてるんだ……
娘に嫌われたくない父親の行動として理解するしかない。
「あの男の教室まで君を案内しよう。ついてきてくれるかい?」
「分かりました。……少しなら時間もあるので大丈夫です」
秋月父の先導で校内を歩いていくのは不思議な感覚がある。どんどんと進んで行き、着いた先は3年の教室。
秋月を見ていたのは3年生だったらしい。
――ちゃんと受験に集中しろよ……。随分と余裕のあるヤツだな
瑞貴は苛立っている。
「これでクラスも分かりましたから、あとは調べておきます」
「ああ、頼むよ」
瑞貴の小声に合わせて秋月父まで小声で話している。全く意味のない小声だが、心理としては理解出来る。
それでも、まだ学校に到着してから30分も経っていなかった。そんな短時間の内に、これだけの事が判明したのは秋月父の存在に依るところが大きい。
何となく、やるべき事が終わった充実感を得ているが授業は始まってもいない。
瑞貴は授業の合間合間に、男の情報を一日がかりで集めてみた。一気に終わらせることも出来そうだったが、わざと時間をかけて集めることにした。
男は3年生の梅村修。私大への推薦入学が決まっているらしく、時間的な余裕はあるのだろう。他にも情報はあったが、関係のない話が大半を占めていた。
見た目も決して悪くはないと思うが、やっていることが下劣であれば外見的な価値はない。
――問題は、あの男を『二度と』秋月に近付けないようにする方法だよな……。もしかすると、俺の存在も知っているかもしれないし
ここ最近は秋月と瑞貴が一緒にいる場面も多くなっていた。この梅村が秋月周辺をうろついているのであれば、瑞貴を見ている可能性も十分に考えられる。
――しばらくは、俺が送っていくから大丈夫かな?問題は、24日の金曜日以降か……
クリスマス・パーティー当日を含めて、秋月に手伝いをお願いしている。24日以降で、あまり時間をかけてしまえばリスクを高めるだけだった。
――年内には確実に片付けておきたい
梅村が住んでいるのは秋月の家から離れている。それでも尚、ストーカー行為に及んでいるのであれば、やはり危険な存在だ。残り少なくなった高校生活の間で行動を起こす可能性は否定できない。
秋月父は『頼んだよ』と言い残して消えてから、姿を現さなかった。
「執念深い男なら厄介だし、年内には解決したいな」
「……何を解決したいの?……もしかして他にも何か問題を抱えてるの?」
学校は無事に終わり、瑞貴の家に来ていた秋月が瑞貴の独り言に反応する。秋月が家にいる状況に慣れてしまっていた。
「ごめん。これは本当に秋月さんには関係のないことなんだ」
「……まだ、何かを隠すつもり?」
「いやっ、もう隠すことはしないけど、これは本当に違うんだ」
「……ふーん」
納得のいかない顔でクリスマスツリーの準備を手伝ってくれている。畳の部屋にクリスマスツリーは似合わないが、信長と秀吉のことも考えて座敷で準備を進めていた。
「それにしても、クリスマスツリーに折り紙で飾り付けって珍しいね。……オモチャも、けん玉やお手玉……って、古い物ばかりだね?」
瑞貴が買ってきていた物を見て、秋月が感想を漏らす。瑞貴なりに考えての結果なのだが、無難な物しか集められなかった。
「形式なんて、どうでもいいんだ。……楽しんでもらえれば、どんなことでも構わない」
「……うん。そうだね」
瑞貴の計画としては、火曜日の学校が終わったら皆を迎えに行って、帰る途中で秋月と合流して滝川家に全員集合。
秋月が大黒様のご飯を作っている間に瑞貴が子どもたちに折り紙を教える。
そして、秋月を送った後で結界を張り、子どもたちが折り紙を作って飾り付けをする。おそらく、子どもたちは遊びながらの作業になるので、ある程度の余裕は必要だった。
これを三日間繰り返して本番を迎えることになる。多少の不安はあるが、火曜日以降は滝川家に皆を泊めてしまえば時間短縮も可能だった。
秋月が手伝ってくれることになったとはいえ、見えてはいけない者たちの存在を見せることは負担が大きすぎる。
もしかすると、秋月は何かに気付いているかもしれない。それでも、瑞貴に亡者が見えているとまでは考えていないはずだった。
瑞貴のスケジュールは完璧だった。
完璧になるはずだった……。
火曜日、予定通りに学校が終わって一旦帰宅する。
大黒様を連れて熱田神宮まで皆を迎えに行き、秋月宅を経由してから、ぞろぞろと皆を引き連れた玄関で、
「ここから上がる時は履物を脱いでね」
「……えっ?……ちゃんと、いつも脱いでるよ?」
子どもたちに向けた言葉に秋月が反応してしまった。子どもたちも『はーい』と返事をしているのだが、その声が秋月に届くことはない。
秋月が子どもたちの声を聞くことが出来なくても、瑞貴の声は当たり前に聞こえている。これが意外に厄介なことになる。