053 きれいな景色
「……あのぅ、『お兄さん』は、大丈夫なのかな?」
「とりあえず気にしないでも大丈夫だと思う」
瑞貴にも鬼が何を考えているのか分からない。
大黒様が父を連れて鬼のもとへ向かい、瑞貴の相談相手になるために鬼が来てくれた。この状況は父が望んだ結果だ。
――何かあるのか?……父さんは俺に何をさせたいんだ?
父のことを思い出していると秋月父のことも思い出されてしまう。
――秋月さんのお父さんみたいに分かり易く行動してくれれば助かるのに……。まさか、今も外で待っているってことはないよな?
あり得ない話ではないが、鬼は普通の人間と同じように滝川家に入ってきている。秋月父が家に前にでもいれば、鬼が気付かなかなかった訳はない。
鬼が何も触れてこないのであれば、外には誰もいないと考えて問題ないとも思う。
「……すごく難しい顔をしてるけど、美味しくない?」
「ごめん、ちょっと考え事をしていただけなんだ……。すごく美味しい」
「他事を考えてしまう程度の食事……、ということでしょうか?」
「……いえ、スイマセンでした。考え事は止めます」
不安げな表情で質問した後、反論を許さない雰囲気を出す。意味は違うかもしれないが『アメとムチ』の使い分けが秋月は上手いと感じてしまう。
しっかりと味わって食事をする。それだけに瑞貴は集中することにした。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「……パンケーキの返事は、月曜日まで待ってもらえないかな?」
「いいですよ」
プレッシャーをかけてくるわりに、こういう時の返事は、速攻で了解してくれる。
信長と秀吉から『ソコソコ』のものではダメと言われているが、あの二人だって食べたことはない物のはず。瑞貴の料理にも多少のチャンスは残されていた。
「あっ、片付けは大丈夫だよ。……体調も良くなってきてるし、ずっと寝てたから少し身体を動かしたいんだ」
本音としては、少しでも時間が遅くなる前に秋月を帰らせたかった。ストーカーらしき人物の問題は気になっている。
「明日は、どうするの?」
「んー、学校は休むと思う。体調を万全にしておきたんだ。……食事は自分で作るから大丈夫。本当にありがとう」
丸々一週間を休んでしまうことになるが、授業に追いつくことは問題ないと考えていた。
「そっか、それじゃぁ。……これ、返しておくね」
そう言って少し寂し気な表情の秋月はテーブルの上に鍵を置いた。母のキーホルダーが付いた家の鍵だった。本当に、そのまま預けて行ってしまったらしい。
「……本当に、色々とありがとう。……お陰様で早く良くなったと思う」
「うん、色々と頑張ってね」
瑞貴は秋月に全てを話してはいない。それでも、秋月は問い詰めてくることもなく、瑞貴を励ましてくれた。
秋月には、秋月父は見えていないのだから、特別な力があるわけでもなさそうだ。それでも、何かを感じ取っていることは確かだった。
――誰かに協力を得られれば楽にはなる。……でも、それが秋月さんでいいのか?
秋月は瑞貴が話してくれるのを待っているのかもしれない。
「……それも含めて、ちゃんとしないと」
ポツリと呟いた言葉は秋月に聞こえることはなかった。秋月は大黒様を撫でながら帰りの挨拶を済ませていた。
すると、リビングで固まっていた鬼が動き出す。
「帰るのでしたら、ご自宅近くまでお送りしましょう」
突然のことで、二人は呆気にとられたが瑞貴にとっては有難い申し出だった。
瑞貴に何も言わないまま鬼が帰ってしまうことには謎が残されるが、それでも白髪鬼が秋月の傍にいる状況は安心だ。
現時点で最強の護衛と瑞貴は断言出来る。
――俺の話を聞きに来ただけ、ってことはないよな?
瑞貴からの話を聞いただけで、鬼からは何も言われていない。父から何か頼まれて来ていると思ったのだが、違うのだろうか。
「……まだ、それほど遅い時間じゃないので、大丈夫ですよ」
鬼と初対面だった秋月は当然遠慮する。初対面の男性から送っていくと言われたのであれば仕方のないことかもしれない。
だが、風邪の瑞貴が送っていくと言っても、秋月に断られることは明々白々。そうであれば、鬼に送ってもらうしかない。
「秋月さん、大丈夫だから……。この人に送ってもらって」
瑞貴から真剣な顔で言われてしまえば、秋月も認めざるを得なかった。『うん、分かった』とだけで応じてくれる。
「あぁ、気を付けて。……月曜日には学校に行くから、本当にありがとう。すごく助かりました」
「うん……、またね。無理しちゃダメだよ。身体は大切にしてね」
今朝、秋月父からも同じことを言われていた。『身体は大切にして』この言葉が父娘から自然に出てくる理由を瑞貴は思い浮かべてしまっていた。
秋月との挨拶を済ませると、鬼が瑞貴に近付いてきて耳打ちをする。
「明日、また来ます。……その時には貴方の答えの半分を持ってきますので、ご覚悟ください」
少しだけゾッとした。勿論、風邪からくる悪寒ではなく、鬼気迫るものを感じていたのだ。
何故『答え』の半分なのか。何故『覚悟』が必要なのか。鬼が意図することが瑞貴には分からなかった。
そして、家には大黒様と二人きりである。
「大黒様も色々とありがとうございました。……俺のことを気遣ってくれてたんですよね?」
秋月が『散歩』として出掛けて行き、大黒様が犬のままでいてくれたので秋月を困らせることはなかった。何かあって『むにかえす』が発動していたら、秋月も動揺していたはずだ。
そして、まだ理由は分からないが大黒様は父を鬼のもとへ連れて行ってくれていた。これで何かが動き出すのだろうと瑞貴は予想する。
神媒師として、シヴァ神である大黒様のサポートをすべき立場なのだが、助けられてばかりになっている。
「もう少し待ってください。……もっと、ちゃんとしますから。……もっと強くなって、次は万全なサポートをします!」
それだけ聞いて大黒様はリビングに戻っていった。
※※※※※※※※※※
金曜日、瑞貴はかなりスッキリとした朝を迎えることが出来た。まだ気怠さは残っていたが、熱も引いて咳も収まっている。
大黒様の朝食を作ってから自分も簡単に食事を済ませる。
学校を休むことにはしたが、大黒様の視察には出掛けるつもりでいた。
「……久しぶりに、皆のところに行きましょうか」
熱田神宮に出掛けるつもりでいた。今の瑞貴であれば、穏やかな気持ちで皆と向き合えると考えていた。
だが、大黒様の様子がおかしい。不満気な表情で瑞貴を見たまま朝食も半分以上を残している。
「俺の風邪がうつったなんてことはないですよね?」
動物病院に行った方が良いのか悩んでいたが、『視察道具』の近くで待機を始めて出掛ける気持ちはあるようだった。
「……体調が悪かったら、教えてください」
熱田神宮で冬の寒さを物ともせずに遊びまわる子どもたちがいる。そして、遊びまわる子どもたちを見つめている二人の武将。
武将とは言っても、その表情は柔らかく厳しさは感じられない。もしかすると生きている間に、こんな表情でいられた時間は少なかったのかもしれない。
この光景を見ることが許されているのは瑞貴だけだ。
憂鬱な役目と思っていても、この光景を目に出来る特権は嬉しかった。縁側で佇む老人のように穏やかな気配を漂わせている人物は、いつも厳しい顔で教科書に掲載されている人物と同じであるはず。
山咲瑠々だけに限った話ではなく、他の子どもたちも生きていた時に笑顔で自由に遊ぶことが出来なかったかもしれない。
一見すると楽しそうに見えていても、生きていた時の記憶が残っている。そして、その記憶は死んだ後の魂も縛りつけてしまう。
――こんなに楽しそうに見えても、魂の解放は『未だ』されてないんだ
鬼から聞いた『縁の紐』の存在。見えていないだけで皆は繋がれたままだった。




