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神媒師  作者: ふみ
第一章 初めての務め
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004 破壊神

 瑞貴と向き合っていた子柴犬が小刻みに身体を震わせ始めた。

 プルプルと()()()()いるように見え、瑞貴はトイレの瞬間を予感してしまう。


――おっ!?ここでしちゃうのか?


 瑞貴は自宅の敷地内のことなので、子犬の好きにさせてあげようとしてしまう。誰かに迷惑をかける心配もないのであれば止めてしまうのは可哀想だと考えていた。

 だが、瑞貴が全く予想していなかったことが起こってしまう。

 

 子柴犬の額の中央が強く光輝いた。

 小さな額の真ん中が、赤く輝いていた。


 その光が消えたと同時に、瑞貴のスマホにメールの着信を知らせる音が鳴った。時間差で視覚と聴覚を刺激して瑞貴を混乱させる。


「……えっ!?……何だったんだ、あの光。……それにメールって……。どうなってるんだ?」


 見間違いなどではなく、子犬の額が光輝いていた。

 動物として絶対に発光してはいけない部分だったはず。柴犬が発光する生命体だとする衝撃的なニュースも聞いた記憶はない。


 光ったのは瞬間的な出来事で、その後の子柴犬に変化は見られない。今は何事もなかったかのように同じ姿勢のお座りを継続しているだけだった。

 そして再び瑞貴の目を見た子犬。


「わんっ!」


 不可解な出来事で鼓動が早くなっている時に吠えらたのは、かなり心臓に悪い。相手が子犬でなければ、この場から逃げ出しそうになるくらい驚いていた。


「……どうしたんだ、急に?」


 子柴犬と瑞貴の見つめ合う時間は再開する。子犬の綺麗な瞳は何かを訴えかけているようであり、瑞貴の姿を捉え続けている。


 その瞳を見つめている内に、今日が特別な意味を持っている誕生日だったことに思い至ることができた。不自然に登場した小柴犬の存在は、誕生日であることが原因なのかもしれない。


――まさか、これも関係してるのか……?


 瑞貴の中で、ただ一つの可能性だけが膨らんでいく。


「わんっ!」


 再びの鳴き声は、何かを催促するように聞こえていた。

 可愛らしく吠えてはいるが、訴えかけるような響きがある。子柴犬と見つめ合う不思議な時間

が少しだけ流れていた。


 その瞳を見つめていると、あることに気付いてハッとさせられた。


「あっ、メールか?さっき、メールが届いてたけど、まさか……」


 瑞貴のメールアドレスを知る人間は限られている。今時はメールを使う友人など少なくなっており、メールが届くことはゼロに近い状態だった。

 多少困惑しながら瑞貴はポケットからスマホを取り出して着信メールを確認してみると、送信元や件名の情報などは一切ない本文だけのメールが一通届いていた。


『われはしゔぁ われのいしはいぬにあずけてある このせかいがはかいしんをひつようとするかみきわめる ことのしさいはちちにきけ』


 平仮名だけの文章は読み難く、迷惑メールを疑うことも出来るが、最後の一文だけは確実に理解出来た。この子犬が発した光と不思議なメールにも関係性が生まれる。


――『事の子細は父に聞け』ってことだよな。……でも、一番の問題は『我はシヴァ』って部分だ 


 予備知識のない人間が、この文章からヒンドゥー教の最高神の名前である『シヴァ』を瞬間的に抽出することは不可能に近い状況だった。予習はしていたが、かなり意外な神様の登場である。

 シヴァ神はヒンドゥー教の3主神の一人であり、破壊と再生を司る。破壊神としての見方が大きいが、慈悲深い神様でもあり、額には『第三の目』があるとされており、あの光は『第三の目』の影響だったのかもしれない。


「まさか、本当に、この子犬が『そう』だって言うのか?」



 滝川瑞貴は、16歳になった本日より『神媒師(しんばいし)』としての役割を果たさなければならなくなっている。

 誕生日に憂鬱だった原因は、その『神媒師』が始まることにあった。

 

 神様と現世をつなぐための存在が『神媒師』である。

 神様が現世で活動するときにお手伝いをする役割を滝川の家は代々受け継いでいる。霊媒師は自身を媒介として霊的な現象を現世に伝えることになるが、『神媒師』は身体を媒介させることはない。


 代ごとで任期も担当する神様も違っており、『やってみなければ分からない』ことが多く柔軟な対応が求められるらしい。生まれながらの能力などは僅かしか備わっていない為、その都度の調整が必要になるので曖昧な点が多い。


 神様の相手をしなければならないのに、『こんなアバウトでいいのか?』が、瑞貴の感想である。


「……本当に、来ちゃったんだ」


 やって来るときのルールに決まりごとは特にないらしい。子柴犬の姿が『依代(よりしろ)』として使われていることは十分に考えられる事態であるが、『神様』の気分次第で登場の方法は変化する。

 それでも事前に聞かされていた情報では、神様と直接の対話で意思疎通(いしそつう)は可能のはずだった。


 目の前の柴犬を見ていても、話しかけてくれそうな雰囲気は全くしない。これまでも、犬の吠え方で知らせるだけで人間の言葉を発してはくれない。

 メールには物騒(ぶっそう)な言葉も含まれており、平仮名ばかりだったことを除けば威厳を感じることは出来そうだ。瑞貴が頭を撫でるのを拒否したことも頷ける。


 だが、それと同時に瑞貴は気になって仕方ないこともあった。柴犬の姿を依代に選んだ理由に瑞貴は薄々気が付いている。


「あのぅ、シヴァ神だから柴犬ってことで、解釈は合っていますか?しかも、黒毛をチョイスしたってことは『大黒天(だいこくてん)』も意識しているってことですよね?」


 『柴』と『シヴァ』はダジャレだと気付きやすい。『シヴァ犬』としてしまえは響きに違和感はない。

 だが、黒毛の柴犬を選択した理由は意外なモノを予想している。日本でも有名な七福神の一柱である『大黒天(だいこくてん)』を連想させるのは比較的難易度が高めに設定されていた。

 実は、『大黒天』は『シヴァ』の異名とされており、文字通りの黒い神様だ。


 それに加えて、柴子犬の可愛さは絶大な『破壊力』を有しており、この姿は全ての意味を網羅(もうら)していることになる。

 総合的に『破壊神のシヴァ犬』は『破壊的に可愛い柴犬』で完成となる。もし、この考えが正解で、悪ふざけでもなければ『とんでもない神様』であった。


 瑞貴の質問に答えるつもりのない小柴犬は立ち上がり、玄関に向かって歩き出していた。

 その動きを見ていると『理解したなら入るぞ』と言わんばかりに堂々として、瑞貴を従えることで上下関係を示そうとしているのかもしれない。


 瑞貴が玄関を開けると、躊躇(ためら)いなく真っ先に家の中へ上がって行く。

 トテトテ歩いていく後ろ姿を見ながら、一瞬でも誕生日プレゼントを期待していた自分の甘さに後悔を感じていた。


 それでも、この『シヴァ犬』は瑞貴の誕生日当日に狙いを定めて、やって来たことになる。

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