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神媒師  作者: ふみ
第一章 初めての務め
35/114

035 歴史

「その『(えにし)の紐』って何で切ればいいんですか?」

「えっ?……この説明の中で貴方の右手には何が握られているのかお忘れですか?」

「ん?『浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)の太刀』です。……でも、刀身は鏡なんですよね?」

「ただの鏡で良ければ、『太刀』に作り直したりしません。」

「それじゃあ、普通に刀として切れるんですか?」

「『普通』には切れません。『縁の紐』や…………。とにかく『縁の紐』を切ることは出来ますのでご安心ください」


 『白髪鬼』が言い淀むことなど珍しいことだった。瑞貴としても気になるところではあったが、今は成仏させる方法を纏めておくことを優先させた。


「だから、父さんも『太刀』の形をしていることを覚えておけって言ったのか?」

「……いえ、侑祐殿は違うことを伝えたかったんだと思いますが、今の貴方には必要ないことだと判断されたのでしょう」

「はぁ、そうなんですね。……ところで、説明をしてもらっておいて申し訳ないんですが、貴方に立ち会ってもらうことって出来ないんですか?」

「残念ながら出来ません。その場でお伝えするのが一番だとは思いますが、私が傍に居りますと全てを『地獄』に引きずり込んでしまいたくなります。それでも良いでしょうか?」

「えっ?全員地獄行き?……あ、じゃあ、大丈夫です」


 説明を受けながら実行するのが一番確実で良い案だと思ったが、鬼としての立場からすれば仕方ないことかもしれない。閻魔大王に使える鬼は地獄の番人であるケースが多かった。

 出来れば天国へ行ってほしいと考えている瑞貴にとっては、メモを見ながらでも一人で頑張るしかない。


「あっ、大事なことを忘れておりました。『浄玻璃鏡の太刀』で成仏させるときには『仏滅』の日でしか出来ませんので、ご注意を」


 六曜の『仏滅』は『物滅』であり一度滅ぼしてから新しく生まれ変わるという説もある。縁起悪く捉えるのではなく、『物滅』としての意味であれば相応しい日なのかもしれない。

 シヴァ神の存在理由と似ていることも思い出して瑞貴は大黒様を見てみると、珍しく目が合って見つめ合ってしまう。



 次の対応策は、あの子たちがパンケーキを食べる方法についてだ。どちらかと言えば武将二人がメインで食べたがっている様子なのだが、子どもたちメインで対応していきたい。


「あの子たちが、この世の物に触れたり、食べたりが出来ると聞いてますが、難しいんですか?」

「方法としては、成仏させるよりも遥かに簡単なことです」


 瑞貴としては、『白髪鬼』の『簡単』発言を容易に信じられなくなっている。メモをしっかりと手にして、確実に記録できるように準備した。


「『浄玻璃鏡の太刀』の鞘に巻かれた二本の紐で『輪』を作るんです。片方の手に白い紐を持ち、片方の手で黒い紐を持つ。……紐で作る大きな『輪』の領域内では、お望みの事が可能になります」

「えっ、それだけですか?」

「やり方としては、それだけですね。……ただし、鞘からは絶対に抜かないでください」


 今度の方法は本当に簡単でメモの出番はない。

 だが、共通して使用される『二本の紐』の存在が気になってしまうし『鞘から抜くな』の注意は緊張感がある。


「鞘についてる『二本の紐』って何なんですか?……名前も付いてないから、雑な扱いを受けているみたいですけど」

「雑ではありません。名付けることが出来ないだけなんです」

「名付けることが出来ない物があるんですか?」

「はい。……白い紐は天国との境界線を現すもので、黒い紐は地獄との境界線を現すものなんです。本当は存在してはいけないものを、この世界に物質化させているのです」

「他にも存在してはいけないものがあると思うんですけど。『浄玻璃鏡』だってこの世に存在してはマズいですよね?」

「……次元が違います」


 紐で作った『輪』の一部となる瑞貴は、この世とあの世の間の世界に身を置くことになる。

 『閻魔刀』本体よりも雑然と巻きつけられた紐の方が危険な物らしい。擬似的に作り出した次元の狭間でクリスマス・イブに食事をすることになってしまった。


「瑞貴殿の人間の身体、天国の境界線、閻魔様の浄玻璃鏡、地獄の境界線。この相反する存在が四方を囲み、曖昧(あいまい)な空間を作り出すことになるんです」


 そんな危険な空間を自宅で作ってしまっても大丈夫なのかは心配になっているが後戻りは出来ない。


「そんな空間を作って危険はありませんか?」

「四つのバランスが崩れなければ問題ありませんし、鞘から刀を抜いていない状況であれば周囲の景色が変化することもありません。……心配すべきは貴方の命がどれほど耐えられるかですね」

「……えっ!?俺の命が心配って、何でですか?」

「先日も貴方に代償を支払っていただくことになるとお伝えしたはずです。……その空間を作っている間は貴方の命が削られていきます」


 予想以上に大きな代償だったらしく、文字通りの命懸けになってしまうのだ。


「……それって、俺の寿命が短くなっていくってことですか?」

「いいえ、寿命は関係ありません。貴方の生命エネルギーそのものが削られていくんです」

「えっと、すいません。どう違うんですか?」

「ゲームで、HP(ヒットポイント)(ゼロ)になって死ぬことはあっても寿命が短くなっている訳ではないですよね。そんなイメージで問題ないと思います。とりあえず、HPが0になる前に紐から手を離せば大丈夫です」


 現代知識にも対応可能な『鬼』の非常に分かり易い説明だったが、かなりリスクは高いと感じてしまう。


「……それって、俺のHP次第ってことですよね?死なない限りは寝れば回復するってことですか?」

「全快までは難しいですが回復はします。……ですが、ゲームのように貴方のHPは数値化出来ないことをお忘れなく」


 そう言って『白髪鬼』はニヤリと笑う。


「……まぁ、気を付けます。……それにしても、丁寧に説明してもらって、ありがとうございました」

「いえいえ、これが私の務めですから、お気になさらず」


 それでも、注意すべきことも触れてくれているのだから感謝すべきことだと瑞貴は考えていた。『白髪鬼』が少し意地悪をするだけでも瑞貴の命が奪われてしまうこともある。

 だが、命に係わる指摘に注目しすぎてしまい一点聞き逃してしまったこともある。『鞘から刀を抜いた状況では周囲の景色は変化する』らしい。


「それでは、また何かございましたら、お気軽にどうぞ」


 これで、また前進出来たはずだ。

 瑞貴は貴重なアイテムの『閻魔刀』を自室のクローゼットに押し込めていることで罰があたるのではないかと不安になっていた。


※※※※※※※※※※


 『白髪鬼』からの情報を受けた翌日、熱田神宮で今後の日程を伝えることした。


「おぉ、手間をかけるな。儂らの為に何度も通わせてしまって」

「いいえ、大黒様の視察も兼ねてますから大丈夫です」

「その犬も神と云うことじゃったが、何か面倒を押し付けられるのか?」


 何かの雑談をしているときに大黒様が神様の依代であることを伝えていた。ヒンドゥー教でシヴァ神のことは知らないだろうが、名前が『大黒天』であることには気付いている。


「いえ、面倒な事なんて何もないです。……視察は俺も楽しんでいる感じがありますし。何より健康的になりました」

「……そうか、それなら良いのじゃが、儂らの頼みは面倒事が多そうだからな」


 秀吉は瑞貴に面倒事を頼んでいる自覚があったらしい。それでも強引に話を進めていけるあたりは、伊達に『人たらし』の異名を持っている訳ではなさそうだった。


「それでも、あと数日のことですから……」


 この場にいる人は既に死んでいるのだが『あと数日』と表現したことにデリカシーのなさを感じ、言葉を選べない自身の幼さを恨んだ。

 そんな想いが顔に出てしまったのだろうか、


「お主が気にすることではない。儂らは既に死んでおるのだ。……あの子らも同じ。死んでからも苦しむのは惨いことだ」

「えっ?……信長さんも死後に苦しんだんですか?」

「そうだな、苦しんだのかもしれんな……」


 こんな風に苦しみを打ち明けられる信長であったら、天下統一に届いていたかもしれない。瑞貴のような若造にも真剣に向き合ってくれる人間的な魅力を感じていた。


「……でも、こっちの地方出身で最高の有名人ですから、俺も最期に立ち会えて光栄な気持ちもあるんです」

「三英傑、と云う呼び方は気に入らんな。そうではないか?藤吉郎」

「いやいや、信長様と並び称されるのは光栄でございます」

「儂が其方のように機嫌取りが出来る人間であれば、『本能寺』で見逃してくれたか?」

「はっはっは、何をおっしゃられるのか?」


 このやり取りに瑞貴のドキドキが止まらなくなってしまう。冗談ぽく話ていたが、とんでもないことを聞いていたことになった。

 秀吉が信長を本能寺で見逃さなかったと言っているのであれば、信長を殺害した真犯人が秀吉になってしまう。

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