033 存在価値
瑞貴は秋月との会話後、開催場所についての問題に悩まされていた。
正確には場所の問題ではなくて、場所を使わせてもらうための交渉が問題になる。
――家でやるしかないけど、母さんからの許可は下りるのか?
母は神媒師としての務めを理解してくれている。かなり協力的であるし、大黒様とも仲良く過ごしてくれていた。
――俺が平気だとしても、母さんにとっては沢山の『幽霊』が家に押しかけてくることになるんだもんな……
心霊現象に寛容だとしても、やはり一般的には気分の良いこととは言えない。
そして、山咲瑠々のことは瑞貴の頭に貼り付いたままで離れていない。やる事も多ければ、悩まされることも多かった。
12月24日ギリギリまで学校にも通わなければならないし、大黒様の視察活動も定期的に実施する必要がある。この状況で他の神様から連絡が来るようなことになれば完全にアウトかもしれない。
――あれ?新媒師って意外に忙しい?
瑞貴としては『神様、年内いっぱいは無理です。シヴァ神と閻魔様だけにしておいてください。……本当に勘弁してください。よろしくお願いします』と心の中で祈るしか手段がなかった。
早い段階で問題が表面化してくれていたが、学校で瑞貴が出来ることは思い悩むことだけしかない。
学校以外での行動が重要になるので寝不足のままでは24日の準備に支障が出てしまう。試験を数日後に控えた学生がするべきではないが、瑞貴は授業の時間を睡眠に充てることで体調管理を図ることにした。
――試験が終わるのは12月8日、それまでは余計な事を考えずに集中しよう。どっちつかずが一番ダメだ。……それから全力で取り組めばいい
それは試験が終わった後で山咲瑠々の件も含めて全力で向き合うことを心の中で宣言したことになる。服装や雰囲気で山咲瑠々が亡くなってから時間はそれほど経過していないはずだった。
瑠々の死の原因を調べることは怖さもあるが、瑞貴の予想が外れている可能性も十分にある。瑞貴の予想が外れていた場合は余計な悩み事に時間を費やすことを避けられるので調べる価値はある。
もし、予想した通りの結末だったしても瑞貴が瑠々にしてあげられることがあるのかは分からない。それでも見なかったことにして済ませてしまうことは既に出来ない心理状態だった。
意を決した瑞貴は隣りの席で帰り支度をしている秋月に声をかけた。
「秋月さん、今朝はゴメン。なんか妙な感じにしちゃったよね?」
「あっ、ううん。大丈夫だよ。……ずっと寝てたから心配だったけど体調良くなったみたいだね」
「ずっと、ではないと思うけど……。寝たら良くなった」
「えっ?ずっと寝てたでしょ?」
そう言いながら秋月はクスクスと笑ってくれていた。呆れられていないか心配になってしまう。
「そうかな。……だったら学校休んだ方が良かったかも」
「違うよ。皆と会って元気になることもあるんだから、今日の滝川君は学校で寝てたのが正解だったと思う」
呆れていたわけではないらしい。これまでの秋月とは雰囲気が全く違って見えることに驚きしかなかった。
しかし、秋月が見えない棘に覆われているように瑞貴が見ていただけであり、最初から秋月は秋月でしかない。
これまで過ごしてきた時間の中にも秋月と会話が楽しむ機会はあったのかもしれない。それを瑞貴自身が奪ってきたとしたするなら後悔しそうだった。
「居眠りするために学校に来るのも『あり』なのかな?」
「時々なら『あり』だと思う」
棘が消え去ってしまえば、可愛い同級生が隣りにいることを意識させられる。それはそれで瑞貴には厄介な状況となってしまった。
「まぁ、そうかもね。何にしても、ありがとう」
それから先、しばらくは平坦な毎日を過ごすように努めた。
大黒様との視察活動、学校生活、試験勉強。繰り返すだけの毎日になるが出来る限り閻魔様との件を頭の隅へ追いやることにした。
あれもこれも、と考えて全てのことが中途半端に終わってしまわないように、秀吉から『学業優先』と言われたことに従うことにした。
※※※※※※※※※※
試験は無事に終わり、雑念を捨てて『閻魔案件』に神媒師として向き合う段階に入る。
それでも数日前に会場問題が解決出来ていたのは大きかった。懸念していた問題点を試験前に解決出来ていたことは気持ちを軽くしてくれた。
『えっ、クリスマス・パーティーって家でやるんでしょ?』
母の中ではパーティー会場は我が家で確定して動いていたようだった。神媒師と知った上で結婚相手に父を選んだ人を瑞貴は甘く見ていたのかもしれない。
『私たちに見えていないだけで、ちゃんと存在しているんだから、この世界を構成している大事な要因でしょ?』
この言葉の意味は瑞貴にとって重要だった。これまでも協力的な言動が多かったが、瑞貴よりも遥かに『神媒師』の存在意義を理解しているのは母かもしれない。
いつの間にか、150センチ高のクリスマスツリーまでもが座敷に飾られており、その横にはダンボール一杯の飾りが入っていた。会社の物置に眠っていた物を探して持ち帰ってくれている。
『お前も父さんも、母さんへの感謝は忘れてはダメなんだ』
これは父の言葉であり、不安を抱えていた瑞貴は両親に感謝を伝えていた。
試験の最終日は半日で学校が終わるので大黒様を連れて熱田神宮へ行く予定を立てていた。
久しぶりに皆に会いに行く。それでも、この時は少しタイミングが悪かったらしく熱田神宮の敷地全てを使った壮大な『かくれんぼ』が実施されていた。
鬼役は信長を含めた3人。隠れているのは10人。
「……織田信長が『かくれんぼ』の鬼ですか?……映画やドラマのイメージと違い過ぎて辛いです」
「馬鹿を言うな。儂の人物像を作ったのは其方らの勝手だろう。本来、一人の人間が出来ることなど、この程度なのだ。……ここに隠れた子どもたちを見つけ出すにも難儀させられる」
一人で出来ることの限界は瑞貴も感じていることだったが、同じ発言が信長から聞かされるとは思いも寄らぬことだった。
そして、この『かくれんぼ』では地味に『織田信長vs豊臣秀吉』の構図まで出来ている。
「せっかく居るのだから、お主も加勢するのだぞ」
天下人たちの戦いに参戦することになってしまった。そして、瑞貴の横には最高神シヴァが控えている。
やっていることは子どもの遊びだが豪華過ぎるキャストが参加していた。
こんな時、瑞貴は大黒様に関して些細な疑問を持ってしまうことがある。
――大黒様って犬並みの嗅覚があるのかな?
――嗅覚が犬並みじゃなくても神様なら見つけられるのか?
――って言うか、亡くなっている状態で臭いってするのか?
抱きかかえたままの大黒様を見ながら自問自答を繰り返す。そして、気付かれないように大黒様の視線の変化を確認してみた。
――!?……今、絶対に階段の下を見てた
結婚式場に使われる会館の正面にある階段だった。
この『かくれんぼ』に瑞貴が参戦するには絶対的に不利な要素があった。瑞貴だけは参拝客や関係者などの人間から見えてしまっているので不用意な行動を取ると怒られてしまう。
――あの階段の近くなら一般人が行っても大丈夫だよな?
そう思いながら瑞貴が近付くと階段の後ろには『山咲瑠々』が隠れていた。
一番会いたかった子であり、一番会いたくなかった子になる。
もしかすると、知らず知らずのうちに大黒様に誘導されていたのかもしれないが覚悟を決めて一歩を踏み出した。
「……瑠々ちゃん……、みーつけた」
瑞貴が、こんな可愛らしい言葉を使ったのは何年ぶりだろう。少し照れながらではあるが瑞貴なりに精一杯『かくれんぼ』に参加していた。
「えっ、あれ?お兄ちゃんも『鬼』なの?ずるいよー」
「信長オジサンは年寄りだから、お兄ちゃんもお手伝いしてるんだ」
歴史ファン・信長ファンに聞かれたら説教されそうな言い訳をして山咲瑠々を捕まえることになった。
「さぁ、お兄ちゃんと一緒に行こうか」
そう言って差し出した手を瑠々は握り返してくれる。見えない子どもと手を繋いで歩く姿は異様かもしれないが、そうすることが自然に思えていた。
「うんっ、他の子も探さないとね」
熱田神宮の中を歩いていると瑠々は色々な事を説明してくれる。信長や秀吉から教えてもらったことなのだろう、この場所で過ごしている時間はたっぷりとあったので詳しかった。
こうして一緒にいると、あの時に数分間だけ瑠々が見せていた異変は見間違いであったようにすら思えてくる。
――俺の杞憂で終わるのであれば、その方が良いんだ
瑞貴は期待していたのだが、
「瑠々は悪い子だから、ちゃんとお勉強しないといけないの」
「瑠々は邪魔な子だから、大人しくしていないとママに嫌われちゃうの」
「瑠々は要らない子だから、お部屋から動いちゃいけないって言われたの」
瑠々が母親から何を言われて、どんな扱いを受けていたのか想像出来てしまう言葉しか聞こえてこなかった。それは最初に瑞貴が予想した通りの内容であり、聞いているだけで辛くなった。
明るい声で瑠々が語る言葉に瑞貴は『そんなことないよ』としか返してあげられない。
「瑠々ちゃん、今、楽しい?」
「すっごく楽しいよ。お爺ちゃんたち優しいし、お友達も沢山できたし。『お腹が空いて苦しいこともない』し、『大きな声で遊んでいてもぶたれない』んだよ!」
おそらく瑠々だけは死んだ理由が他の子たちと違うことになる。
――ああ、ダメだ。決定的じゃないか……
外れてほしかった予想は外れてくれなかった。
「そうなんだ。……じゃあ、もっと楽しまないとね」
瑞貴は気持ちを抑えて明るく言葉をかけると瑠々は『うん!』と明るく返事をしてくれた。
すると正面から信長が歩いて近付いてきて、瑠々は元気に跳ねながら手を振って信長に呼びかけた。
瑞貴と繋いでいた手を離して走っていった瑠々は信長に抱きついた。信長は優しい顔で瑠々を迎え入れる。
「オジちゃん、私、見つかっちゃったの」
「そうか、次はもっと上手く隠れられように頑張らんとな」
信長が瑠々の頭を撫でながら話しかける様子を見ていて、不覚にも泣き出しそうになってしまった。瑞貴は、しばらく二人の様子を眺めていた。
すると、信長が瑞貴を見ながら、「……大丈夫か?」と問い掛けてきた。瑞貴も信長の目をしっかりと見返して「大丈夫です」とだけ答える。
歴史上での偉大な功績は関係なく、『この人がいてくれて良かった』と瑞貴は考えていた。今の瑠々はオジちゃんとしての信長に救われている。