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神媒師  作者: ふみ
第一章 初めての務め
32/114

032 予定

 そこから瑞貴の記憶は断片的な情報になってしまっていた。歩道橋の上で『鬼』と会って話はしたが所々覚えていない。

 ちゃんと周りを確認していたのかも、ちゃんと声を出して『鬼』と呼んだのかも、いまいち覚えていない。


「あの亡者(もうじゃ)たちが、この世界の食べ物を口にする方法はあります」


 それでも質問すべきことは忘れていなかったようで情報を引き出せていた。


――あぁ、食べられるように出来るんだ


 閻魔大王が神様としての存在であるなら実現不可能なのことはないのかもしれない。


「ただし、その代償(だいしょう)は瑞貴殿が支払うことになるので、ご覚悟いただきた」


――やっぱり、代償は要るんだな。仕方ないか……


 神様として実現可能であっても人間の瑞貴が動くことになるので仕方ないと考えた。


「それ程大きな代償ではありませんが、あの亡者たちの為に貴方(あなた)が代償を支払う価値があるのかは冷静にご判断ください」

「……『亡者』と呼ぶな」

「はい?どうされましたか?」

「あの人たちを『亡者』と呼ぶな。……そんな呼び方で一括りにするなよ」


 瑞貴が多少強い口調になっていても『鬼』が動じる様子は全くない。


「これは失礼しました。今日は以上で良いですか?」

「ありがとう。助かりました。」


 お互いに軽く頭を下げて()れ違う。瑞貴は、あの数分の出来事が頭から離れなくなっていた。


 ただ、大人の女性が怒った声に山咲瑠々(やまさきるる)と云う子が過剰に反応しただけの状況でしかない。それでも強くイメージされてしまうことがある。


 あまりにもハッキリ見えてしまうことが原因で、あの場にいた全員が既に『死んでいる』事実を瑞貴は認めることが出来なくなっているかもしれない。

 そして、信長と秀吉の二人以外の子どもたちが『何故死んだのか』を瑞貴は知らなかった。


 それは知らない方が良いことだろう。

 一ヶ月ほどの付き合いで情が生まれてしまうことも瑞貴は怖かったし、どうすることも出来な過去をしったところで嫌な気分になるだけだった。


――クソッ、やっぱり知らない方が良いコトだってあるんだ


 数分間の些細(ささい)な出来事で瑠々の身に起こったことを確定することは不可能だ。瑞貴が想像で補ってしまっていることも多く残っている。

 現代の幼い子どもが亡くなっていて、娘を叱る母親の声に過剰に反応すること。それも尋常ではない反応の仕方であり、瑠々が繰り返していた言葉も気になっている。


――これ以上はダメだ。あまり深く関わるな!


 中途半端に同情したりするだけなら関わらない方が良い。

 過去のことを考えるよりも、この先にある時間を楽しんでもらうことに全力を注げばいいだけのことだった。


――クリスマス・パーティーを皆で楽しんで、成仏させてあげよう


 あの時に見た全てを忘れることは出来ないが、瑞貴は気持ちを切り替えることにした。


――ただの高校生の俺に出来ることなんて限られてる


 何度も自分に言い聞かせながら帰路を進んでいた。大黒様は寄り道のないことに不満な態度を示すこともなく、黙々と歩いてくれている。


 その日の夜は中々寝つけずにダラダラと考え事をしてしまった。瑞貴の思い過ごしであれば、それでいいのだ。そうであってほしいと願うしかない。


※※※※※※※※※※


 案の定、寝不足気味で学校に着いた瑞貴を清水幸多(こうた)が待ち構えていた。朝から瑞貴を待ち構えて話しかけてくることは珍しかった。


「おはよう。……おっ?なんか、調子悪そうな顔してるな。大丈夫か?」

「おはよう。ちょっと寝不足なだけ。……大丈夫だよ、ありがとう」

「あまり試験勉強なんてするんじゃないぞ。健康な心身(しんしん)を作るには大事な時期なんだ寝不足は厳禁!」

「なんだ、それ?……ただ単に、他のヤツが勉強してるのが嫌なだけだろ?」

「……そんなことは、ない」


 だが、瑞貴も『健康な心身を作るには大事な時期』については激しく同意していた。今は心と身体をしっかりと作る時期だった。


「……でも、本当に大丈夫か?」


 幸多が真剣な顔で覗き込んでくる。言葉とは裏腹に本気で心配してくれてもいているみたいだった。


「あぁ、ちょっとだけ嫌なことがあったんだ……。でも、大丈夫だから、ありがとう」

「あんまり無理するなよ、何かあったら言えよ」


 本当に心配してくれていることが伝わってきた。中学の時からの仲で同じクラスになったこともあったが、瑞貴は無意識に壁を作ってしまうことが多かった。

 社会的に重要でもない神媒師の役割を隠して会話することを億劫(おっくう)だと感じていたのだ。瑞貴の生真面目(きまじめ)な部分であり、バカバカしい(こだわ)りからになる。


 それでも昨日の出来事を思い出して、生きている人間との関わりを大切にしていきたいとも考え始めていた。亡くなってしまった人にしてあげられることは限られるが、自ら関りを断ってしまうことは愚かな行為でしかない。


「ハハ、ダメそうだったら相談させてもらうよ。……それよりも、何か用があったんじゃないのか?」

「んっ、あっ、あぁ、そうだな……」


 瑞貴が『相談させてもらう』なんて言うことがなかったので、幸多としては慌ててしまっている。


「……ところで、お前、クリスマスって用事あるのか?」

「えっ?……クリスマス?」


 何だか今年はクリスマスについての問い合せが多いと感じていた。去年までは全く忙しくなかったのに。


「そう、12月24日だよ。冬休みも始まるし。……皆で集まって、何かしようって話になってるんだよ」

「……ゴメン、その日は先約がある」

「家の用事とか?……別の日にずらしたり出来ない?」

「家族じゃないんだけど、他の段取りもあるから、ずらすのは難しいかもしれないかも」

「そうなんだ。もし、違う日に出来るんだったら教えてくれよ。」

「ああ、分かった」


 それだけのことを瑞貴と話し、幸多は別の友人と話をするために離れていった。試験前にクリスマスの段取りで忙しくするあたりは余裕を感じてしまう。

 健康な心身にとっては試験よりも重要な案件になるのだろう。


「……体調、悪いの?」


 隣りの席から声が聞こえてくる。秋月穂香とは先日の土曜日のこともあり少し気軽に話せるようになっていた。


「ちょっと寝不足なだけなんだ、風邪を引いたとかじゃないから平気」

「大黒様のお散歩は?」

「今朝も、ちゃんと行ってきたよ」


 気軽に話せるようになったとしても共通の話題は『大黒様』しかないのが寂しいところだった。会話を継続させるためには手持ちのアイテムを増やす必要があるかもしれない。


 それでも、会話を引き延ばすために瑞貴が粘る気持ちさえ持っていれば状況を好転させられたかもしれない。

 しかしながら現在の心境で秋月との会話に集中しきることは難しかった。


「でも、クリスマスの予定が決まってるなら、期末試験も頑張れそうで(うら)ましいかも」


 今朝は秋月が意外な粘りを見せてくれた。ここ数日で、かなり印象が変わってきている。


「……羨ましいかな?……ある意味、期末試験よりも大変なことになりそうなんだけど」

「えっ?遊びに行ったりするんじゃないの?」

「いや、クリスマス・パーティーに参加してみたいって人たちがいて、俺は『もてなす』側なんだ」

「クリスマス・パーティーって、最近聞かないよね。……どこでパーティーなんてするの?」

「……ん?どこで……って。……しまったな、それを全く考えてなかった」


 クリスマス・パーティーを開催することだけを考えていて場所を決めていなかった。

 神社でクリスマスの飾りつけなんて出来るわけないし。流石に熱田神宮の敷地内でそんなことをしていたら補導されてしまうだろう。しかも、パンケーキを食べさせることになれば調理器具が必要になるのだから場所は限定される。


「……俺の家でやるしかないかな?」


 秋月と話をしていたはずが思わず独り言のように呟いてしまう。場所すら決まっていなかった事実に気付いてしまった。


「あっ、ゴメン。……秋月さん、ありがと」


 考え事を優先させてしまうところが瑞貴のダメな点であり、勝手に話を完結させてしまう。結局は余裕のなさを露呈(ろてい)してしまっただけになっている。


 唯一の救いは、秋月が機嫌を損ねなかったことだけ。

 瑞貴が一人であれこれ悩んでいる様子を隣で黙って眺めているだけになってしまっていた。


 実際は不機嫌になる理由は秋月になく、十分に収穫が得られる話になっていた。

 この時点で瑞貴がクリスマスの予定に『浮かれている』ようなことが判明していれば、もっと瑞貴を追求する会話が必要になっていたかもしれない。

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