031 異変
部活に所属していない瑞貴にとって変化は少ないが、試験の前は放課後の学校は静かになった。
それと12月はイベントもあるので試験期間の終わりに向けてソワソワとした気配も漂い始めてくる。意味なく教室に残っている生徒に対して『早く帰ればいいのに』としか感じない瑞貴は寂しい存在かもしれない。
――仕方ないよな。戦国武将ですらクリスマス・パーティーに浮かれてるんだから……
どんなパーティーになるのか想像することも難しい。
「あれ?もう帰るのか?」
瑞貴が帰ろうとするタイミングで話しかけてくる男。清水幸多である。
彼女と共に過ごす高校生活を目標にしている清水にとっては重要な時期になっているらしい。試験の後にしか照準は合わせていないのだが、成績が悪いわけでもない。
「もう帰るんだよ。ちょっと用事があるんだ」
「なんだ、話したい事もあったのに」
「んっ?ちゃんとようじがあるなんて珍しいな。……急ぎじゃなければ、また聞かせてよ」
「ああ、決まったら教える。」
微妙な言い方が気になっていたが、既に帰るだけの状態だったので『それじゃ』と言い残すだけになってしまった。
最近では『死語』の扱いになっている『リア充』を瑞貴は思い浮かべていた。
瑞貴は現実生活が忙しいのだが『リア充』とは言えないかもしれない。忙しくされている対象は『神様』『成仏を待つ人』『鬼』であり、リアルな存在からは遠い位置にある。
――来年になったら改めて考えてみよう。……あと一ヶ月は、『あの子たち』に集中してあげればいいんだ
家に着くとすぐに着替えを済ませ、大黒様の外出準備もする。
日が暮れるまでは、あまり時間がないので急いで出発した。
「視察は熱田神宮からの帰り道ですからね。行きは寄り道をしないようにお願いします」
大黒様には十分言い聞かせて当初の目的を優先したかった。あとは熱田神宮の中で二人の武将か子どもの誰かを早く見つけなければならない。
「これは使えないし……」
こんな時にスマホ使えれば一発だが、文明の利器が如何に素晴らしいかを痛感させられる。しかも名前を大声で呼ぶわけにもいかない。
熱田神宮という場所で『信長さーん』と歩き回っていたら、すぐにSNSで有名になれる自信はあった。
神媒師の活動は目立ってしまうことで命取りになりかねないので静かに探す必要がある。
だが、そんな心配は必要なかったかもしれない。鳥居をくぐると着物姿で走り回る男の子二人を発見した。
「太郎くん、次郎くん」
瑞貴は彼らに届くギリギリの声で呼びかけてみる。この二人は、あの中で唯一の兄弟だった。
「あっ!」
兄の太郎が気付いて振り向いてくれた。
二人は走って近付いてきて、大黒様の頭を撫で始めた。
「お爺ちゃんたちの居る場所って分かるのかな?」
「分かるよ!連れて行ってあげる」
弟の次郎が元気に答えてくれた。その時、瑞貴は『ありがとう、よろしく』と言いながら次郎の頭を撫でてみた。
――あっ、ちゃんと触れるんだ
一般的には『幽霊』とされる存在だが、瑞貴には視認出来て触れることまで出来てしまう。
そのことを瑞貴は少しだけ怖いと感じていた。それは『霊的』な恐怖ではなく、もっと別の感情にある。
信長と秀吉は並んで自分たちのことが書かれている案内看板を読んでいた。肖像画の二人は立派な着物姿だが、今は地味な着物で佇んでおり同一人物とは思えない。
自分の説明を読んでいる絵面は滑稽であるが、瑞貴は案内看板を製作した人に伝えてあげたい気持ちにさせられた。
「お二人とも寒くはないんですか?」
瑞貴は周囲に人影がないことを確認してから声をかける。
「そのあたりは便利に出来ておって暑さ寒さは辛くないんじゃ。羨ましいか?」
見て、触れて、憎まれ口まで言える存在になっている。
「俺は、もう少し不便な姿のままでいさせてもらいます」
それから二人に直近の予定を簡単に説明した。
学校での試験があるので10日間ほどは具体的な行動が取れないことを二人にも理解してもらう。
「今の時代、学業優先じゃ。……頑張りなさい」
豊臣秀吉に励ましの言葉をかけてもらった。これも貴重な経験になるのだろう。
他の誰から言われるよりも言葉に重みを感じてしまう。
「ありがとうございます。試験が終わったら今回の件に集中します」
瑞貴は素直な気持ちで感謝することが出来ていた。
「それで、クリスマス・パーティーはいつがいいんですか?」
「12月24日に決まっておるのだろ?」
これは織田信長からの指示だった。信長からクリスマス・パーティーの指示を受けるのも貴重な経験で素直に従うことにする。
それにしても細かな情報まで掴んでいる勤勉さには感心させられてしまった。25日ではなく24日を選んでいる辺りは現代日本の情報を知っていた結果なのかもしれない。
いつの間にか、子どもたち全員も近くに集まってきていた。徐々に日が傾いており冬の夕暮れ時特有の寂しさが漂い始めている。
そんな中で、参拝帰りの家族連れが瑞貴たちの傍を通り過ぎていた。
「ほらっ、ルリ、早く来なさい!!」
家族連れの母親が後れて歩いていた自分の娘に厳しく注意しただけの何気ない一コマ。小さな女の子が参道の石を拾ったりしながら少し寄り道をしていただけの状況である。
きつい口調ではあったが娘を急かすだけの言葉で瑞貴は単なる日常風景として捉えていた。
だが、そんな光景が穏やかな雰囲気を一変させる。
山咲瑠々。彼女の様子が明らかに『変』だった。
身体を硬直させており直立不動で立ち尽くしている。遠目に見ていても小刻みに震えているのが分かった。
そして、ブツブツと何か言葉を発し始めている。
「ごめんなさい。お母さん」
「瑠々が悪い子でした」
「ごめんなさい。お母さん」
同じ言葉をただ繰り返している。
周りの子どもたちも泣き出しそうな顔で瑠々を見ており、どうしてあげればいいのか分からないでいた。瑞貴も動揺するだけで何も出来ない。
信長が慌てて瑠々に近付いていき、優しく抱きしめた。
「謝らなくても大丈夫」
「瑠々は良い子だ」
「謝ることなんて何もないんだ。大丈夫」
優しい声で諭すように言い聞かせている。
瑠々が繰り返す言葉に、信長は一つ一つ丁寧に声をかけてあげていた。
――何だ?一体どうしたんだ?
瑞貴は訳も分からず、この状況を見ていることしか出来ない。隣りにいる秀吉の顔を見ると悲しそうな表情で二人を眺めていた。
そんな状況が5分以上続いて、瑠々は落ち着きを取り戻していた。この状況を作り出した家族の姿は既になく、周囲は静まり返っていた。
瑞貴は瑠々に近付いていき、信長に続いて抱きしめていた。全く無意識の行動ではあったが、何故かそうするべきだと瑞貴は考えている。
温もりを瑠々に伝えることを願って行動したのかもしれない。温もりが瑠々に伝わるかは分からないが、この場では瑞貴にしか出来ないことであり、理屈ではなかったのかもしれない。
「……有難う」
信長が瑞貴に小さく御礼を言う。正しいことをしたのだと思えたのと同時に悲しい気持ちでいっぱいになってしまう。
他の子たちも元のように元気になり、瑠々を誘ってくれて追っかけこを始めていた。
「それでは、また来ます」
起こったことについて聞きたい気持ちもあるが今は触れずに帰ることにした。
信長も秀吉も黙って頷いて瑞貴を見送ってくれる。この状況で言葉を選べるほど瑞貴は大人ではないことを分かってくれていた。