028 死神
「なんじゃ、もう帰るのか?……せっかく来たのだから歴史の裏話でも教えてやるぞ」
「……いや、もうすぐ期末試験があるんです。歴史の真実が試験の答えと違うと厄介なので、また今度お願いします」
「まぁ結局、美味しいところは次郎三郎が持っていったからな……」
「次郎三郎……?あぁ、徳川家康ですか。」
「正解じゃ。奴が全部を持っていったから歴史の真実は奴が作った物で書き換えられておる。儂らの真実と歴史は違うかもしれんな」
「歴史は権力者が作るってことですか?……徳川政権は200年以上続いたんですから徳川に都合がいい歴史で伝わってるとは思います」
「そうだろうな。そうなるだろうな」
そう言って秀吉が笑ったので瑞貴は驚いてしまった。信長の表情からも不機嫌さは伝わってこない。
「お二人は、この世に未練があったんですか?だから、この世に留まって徳川の時代を確認していたってことですか?」
あまりにも正直過ぎる質問になってしまった。それでも、今度は信長が答えてくれた。
「未練なく死んでいける者なんていないな。もし、未練がないと言い切れる死に様であれば、その者は生きてすらいなかったことになるのだ」
「……未練は絶対にあるってことですか?」
「当たり前だ。次郎三郎だって未練がましく死んでいったに違いない。……だが、それでいい」
徳川家康も、この世に未練があったはず。信長の強がりのようにも思える言葉だが、淡々と語る姿には虚栄心など見られない。
信長も秀吉も歴史に名を残すために生きていたわけではないかもしれない。自分が生まれた時代のことだけを考えて必死に生きた結果に生まれたものが歴史なのだろうと瑞貴は考える。
このまま話を続けていると織田信長・豊臣秀吉のイメージが変わり過ぎてしまう。まだ一ヶ月近い時間の中で接触する機会も多くなるので徐々に頭を慣らした方が良さそうだった。
時刻は午前8時10分になっていた。約1時間の話し合いを終えて熱田神宮から出てきている。
歩きながら情報を整理している中で瑞貴が確認していないことを思い出す。信長や秀吉と話をすることは出来ていたが瑞貴が相手に触れられるのかまでは分からなかった。
――大黒様は撫でられてたけど大黒様だから特別なのかもしれないし……。また、次に会った時でいいか
帰り道の視察は省略させてもらうつもりでいたが、瑞貴が相談する前に大黒様も真っ直ぐ帰宅するルートを歩き始めてくれた。
それでも今朝は十分な視察時間は確保出来ていると考えている。
順調に歩いていた大黒様が急に立ち止まって、珍しく人に向かって吠えた。
「わんっ!」
吠えられた相手は瑞貴と大黒様の真正面で行く先を塞ぐように立っていた。大きな歩道橋の上で、すれ違うスペースを与えられなかったのだ。
長身細身のスーツスタイルで白髪のオールバックが年齢不詳にしている男だった。肌の色は青白いが、漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。全体的に気味の悪い男だった。
「……滝川瑞貴殿、ですね。閻魔様がご連絡しておりました件での面会は叶いましたでしょうか?」
外見的には関わり合いになりたくない部類である人物に自分の名前を唐突に呼ばれたことで瑞貴は相手を凝視してしまう。
話しかけている内容から閻魔大王側の関係者として考えるのが妥当であり、瑞貴は男が人間ではないことも気付いていた。人間ではないが亡者とも違う、そんな感覚が瑞貴にはあった。
「貴方は?」
熱田神宮での話をしていた面々とは全く違う雰囲気があり瑞貴も警戒してはいる。
同時に瑞貴にだけしか見えていない存在であれば周囲の状況にも注意しておかなければならない。
「これは大変失礼いたしました。私は閻魔様に仕える『死神』でございます。『死』を司る『神』の一人として以後、お見知りおきください」
「……『死神』ですか?」
「はい」
ニコッと笑いながら男は返事をしているが目は笑っていない。男も瑞貴の反応を確認しながら話しているのだろう。
「貴方は『死神』としての役割を与えられているのでしょうか?……俺が勉強不足だけなのかもしれませんが、『死神』としての神格を与えられた存在は大勢いるので個別に認識出来るお名前を教えていただかないと分からないです」
これには一部無理がある話なのだが、瑞貴は断言してみた。
『死神』は死を象徴する神様の総称であるため個別に特定出来るものではない。様々な宗教で『太陽』を象徴している神様が存在しているのと同じである。
『破壊』と『創造』を司る神の大黒様はシヴァとして固有の名称を持っている。総称を使って自己紹介する神様を信用して話を進めることは出来なかった。
「これは異な事をおしゃいます。『神』として信仰と畏怖の対象となっていれば役割が生まれるはずです。私が『死』を司る『神』として存在していれば、それだけで立派な『死神』ではありませんか?」
「確かに『死』は畏怖されるもので『死神』崇拝は存在しています。……でも、それは『生』に対しての『死』であって、陰陽道みたいに表裏一体を表現したものです。そんな曖昧な存在である『死神』を名乗られても信じることは出来ないですね。お名前を教えてただけませんか?」
瑞貴も認めている通り『神』とする基準は曖昧でしかない。言ったもの勝ちの側面を持っているのも事実だった。信仰している人たちが、これは『神』と言えば『神』になる。
だが、それを前提にしていたとしても瑞貴は『死神』を『神』として単純に認めることは出来ない。
長い時間をかけて神格を与えられた存在が神媒師として仕える『神様』だと信じているのだ。
「それに『閻魔様』が『死神』として呼ばれることもあるのに『閻魔様』に仕える『死神』って違和感しかないんです」
これは賭けでもある。本当に男が『神様』だった場合は、瑞貴は失礼過ぎる対応を取ったことになってしまう。だが、目の前の男は『神』ではないと感じていた。
渋々やっているだけの神媒師であっても、それなりに勉強をしてきてはいるし、瑞貴なりの矜持は持っている。
「ハハハ、その通りです。申し訳ない。……私は、ただの『鬼』。貴方が言うように『死神』ではありません。本当に申し訳ありませんでした」
急に笑いながら話すので瑞貴は焦ってしまった。近くに通行人がいないかも気になってしまい周囲をキョロキョロと見回してしまった。




