023 目的地
前日の夕方視察は大黒様が瑞貴の願いを汲み取ってくれて通常より短時間で済まされた。家族揃っての夕食も普段通りであり、父の部屋での会話を引きずることもなく一日を終えている。
日曜日、瑞貴は5時過ぎに目覚めていた。
6時30分頃に出発すれば十分に間に合うので少し早すぎる目覚めになっている。気付かないうちに気持ちが高ぶっていたのかもしれない。
大黒様は眠っており、出発ギリギリの時間までは起きないでいる余裕を見せてくれていた。瑞貴は1階に下りていき身支度を整えるのと簡単な朝食を済ませてしまった。
――大黒様の朝食は帰ってからでいいかな?……ビスケットだけ何枚か持って行こう
自分の部屋に戻り時計を見たが、まだ6時になったばかり。日が短い季節なので外は薄暗かった。
ただ時間まで待っているのも勿体ないので大黒様を起こして出発しようと考えていた。
「……大黒様、ちょっと早いですけど出発しようと思うんです。……起きてくれませんか?」
本当に大黒様が一緒に行ってくれるのか一瞬心配になったが、すぐに目を開けて起き上がってくれる。
予定よりも早く起これたのだろうが不機嫌になっている様子は見られない。
「おはようございます。……ちゃんと一緒に行ってくれるんですよね?」
起きてしまえば、あとの準備は早かった。朝から外出することは昨日のうちに伝えてあるので問題ない。かなり寒くは感じたが、天気は良さそうだ。
「まだ日が出ていないから寒いな……」
大黒様に任せているが進んでいる方向は間違えていない。おそらく熱田神宮の場所も分かっているのだろう。
のんびりと歩きながら、ちょっとした寄り道を挿みんで時間調整までしてくれている。
「……さすがですね」
瑞貴からは感嘆の言葉が漏れてしまう。
本当に絶妙な時間調整で約束の時間10分前に熱田神宮の正門に到着する。
参道は玉砂利の道になるので砂埃が上がり、大黒様は地面との距離が近くなる。玉砂利が穢れを祓うものだとしても大黒様が砂埃を吸ってはいけないので抱きかかえて進む方が良いと考えた。
しかし、それが原因で瑞貴はある問題に直面していた。
参道は神様の通り道であり、参拝者は中央を避けて通るとされている。だが、大黒様を抱きかかえた瑞貴は、どこを歩くのが正解なのかが分からない。
大黒様は神様なので中央を歩くべきだが、人間の瑞貴は端を歩くことになる。些細な問題かもしれないが比較的真剣に悩んでいた。
神媒師として神様に対する敬意を疎かにすることだけは絶対にあってはならない。
結果、悩んでいる時間も無駄になるので折衷案を選択することにした。中央でも若干左寄りを歩くことで納得する。
「今日は、とりあえずこれで納得してください」
抱きかかえた大黒様に声をかけて、先へと進んでいった。本宮までは真っ直ぐで辿り着けるはずだ。
この時点では周囲もかなり明るくなっており朝の参道を満喫していた。神社の中、冬の朝の空気は張り詰めており神聖な気分になってくる。
奥に進んでいくにつれて、瑞貴の鼓動はどんどんと早くなっていた。
――何が、あるんだろう……
『浄玻璃鏡の太刀』=『閻魔刀』の力で、見えないはずの亡者が見えるようになっているらしい。
父との話以降、外に出ておらず誰にも会っていない。今朝は何人かとすれ違っているが不自然な様子はなかったので、まだ亡者と言われる存在は目にしていないはずだった。
――万一に備えて、『閻魔刀』を持ってきた方が良かったんじゃないのか?
全てが平和的に解決するとは限らない。
これまでが穏やか過ぎたので勘違いをしているだけかもしれず不安もあった。何らかの争い事に巻き込まれる可能性を考慮しなかったことを今更ながら後悔している。
――『閻魔刀』に触れて来いって書いてあったから、これから会うのは亡者で間違いないはず
成仏せずにこの世に留まっているのが亡者である。
――神様相手じゃなくて亡者と落ち着いた話になるのか?……やっぱり武器として『閻魔刀』を持ってきた方が良かったのかも
父からは、指示があるまで鞘から抜かずに仕舞っておけと言われていたので今日は部屋に置いたままである。
そのことが急に心配になってきてしまった。
――もうすぐ目的の本宮前だ。どうする?取りに帰るか?
冷えている外気に反して瑞貴は少しだけ汗ばんでいた。
一度悪い方へ思考が向いてしまうと余計なことまで結びついていく。
――そもそも、閻魔様からの預かりものが『太刀』ってことは戦いが関係してるんじゃないのか?……武器を手にして戦うことが必要になるんじゃないのか?
瑞貴は自分が丸腰で目的地に向かっていることに恐怖を感じていると、
「わんっ!」
大黒様が吠えたことで一気に緊張感が高まった。
気付けば本宮前の少し開けた場所まで着いており、瑞貴としては後戻り出来ない場所になってしまっていた。