021 通称
「いや、触れただけなら特に問題ない。……見えちゃいけない物が見えるようになるくらいのことしか起きないからな」
「……えっ?」
簡単には聞き流せないような内容をサラリと言う父に瑞貴は驚く。
「閻魔様が亡者を裁くために使ったのが『浄玻璃鏡』ってことは調べたんだろ?」
「調べてはみたけど。……見えない物が見えるって、どういうこと?」
「閻魔様の手伝いをするためには、閻魔様と同じものが見えていないと無理だろ?……つまりはそういうことだ」
納得したくはないが納得せざるを得ないことになる。
「それって、亡者が見えるようになったってこと?」
亡者とは成仏できないでいる死者を現す言葉である。幽霊すら見たことのない瑞貴が精神状態を保っていられるのか一気に不安になった。
「ちょっと待ってよ!そんなモノがずっと見えてたら俺の気が変になる!」
「まぁ、大丈夫だ。簡単に見つけられるのは成仏したい亡者だけで、この世に留まっている亡者は中々に見つからない。逃げてるんだからな」
瑞貴には違いが分からなかった。その成仏したい亡者だけでも見えるようになることが問題なのだが、父は平然としている。
「……どういうこと?」
「要するに、見えるようになったからと言って、簡単に出会うものじゃないってことだよ」
イマイチ安心は出来ない話になっているが、父は息子とのズレに気が付いていてない。神媒師を続けていくことで、社会の常識と離れてしまう危険性もあるらしい。
簡単に出会わなくても、出会う可能性があるのなら、それは普通の人が経験する事ではない。
「……父さんも、見えてるんだよね?」
「見えてはいたけど、区別がつかない時もあるから難しいな」
「薄っすら透明ってこと?」
「……逆だよ。ハッキリ見え過ぎて生きている人と間違える時があるんだ」
「えっ!?そんな状態になるなら『触る』前に教えておいてよ。神媒師は身体的な変化が少ないって聞いてたのに」
おそらくは確信犯的に触れた後で説明をしたのだろう。先に説明されていたら瑞貴は抵抗した可能性がある。
もしかしたら、この説明も代々受け継がれた手順に従っているのかもしれない。継承していく人間が『太刀』に触れるのを渋ってしまえば余計な時間を費やすことになるので、事後承諾にしているのかもしれない。。
「ある意味では最も神様に近付ける存在になるんだから、普通じゃないこともそれなりにはあるさ」
軽く言ってはいるが、かなり危険な意味が含まれている。神様に近付けるのに修行を必要としていないことは恐ろしい。
瑞貴は、午前中に秋月と話をしていた内容を思い出していた。
悟りを開くためには膨大な量の修行が必要とされるが、それでも悟りに至らないことも多い。それが閻魔様の力の一端を修行もなしに使うことになるのだ。
――神媒師は修行もせずに神様に近付けるのか?
隣の大黒様を見てみた。
冷静に考えれば、この大黒様も『シヴァ神』として崇拝の対象になっている神様だ。見た目に騙されているだけかもしれない。
「……見えるだけなら、大した問題はない」
瑞貴への言葉なのか自分に言い聞かせただけの言葉なのか、分かり難い音量で声を発した。
「どうしたの、父さん?」
「なぁ、瑞貴。……これは力の中身はともかく『太刀』なんだ」
「うん、そうだね。」
「『鏡』の一部を刀身の形にしている」
「鞘が抜けないようになってって分からなかったけど、そうなんだ。……何か意味があるの?」
「まぁ、そのことだけ覚えていればいい。……今は」
父の意味深長な発言。
言いたくても全てを語ってはいけないのかもしれず、瑞貴自身で理解していかなければならないこともある。
「それにしても、俺は明日、何を見つければいいんだ?」
「そんなのは、亡者に決まっているだろ?」
「日曜日の朝に、熱田神宮で亡者を探すの?」
「別に日曜日なのは関係ないだろ?……でも、朝で良かったじゃないか。夜の神社で亡者探しは精神的に堪えるかもしれないからな」
閻魔様の優しさで朝にしてもらったのだろうか。大黒様の姿と言い、神様も気を遣ってくれていると考えることにした。
「それに、探すことは目的じゃないと思うぞ。……たぶん、閻魔様がお前にさせたいのは、そのあとのことだ」
「……そのあとのこと?」
「まぁ、詳しい説明はちゃんとあるから安心しなさい。とりあえず太刀には触れたんだから、明日の朝になれば全部が分かる」
スッキリしないまま父の説明は終わろうとしていたが、もう一つ便利な情報がもたらされる。
「あと、『浄玻璃鏡の太刀』って長くて言い難いだろ。……通称を使うことが多いんだ」
確かに、毎回言っていて舌を噛みそうになってしまう。父は、少し溜めの時間を作って勿体振った。
「……『閻魔刀』」
瑞貴は微妙なセンスに少しだけガッカリさせられた。




