016 神様
「でも、滝川君って宗教とかに興味あるんだ。少し意外な感じがする」
「……興味はないかな。ただ知っているだけ」
「えっ、興味がないのに勉強したの?」
瑞貴は頷いていた。『神媒師』として必要な知識を得るために学んだにすぎなかったのだが、その方面に関しての資料は家の本棚に大量にあった。種類も豊富で歴史的な価値の高い物まで揃っている。
「……でもね、興味はなかったことだけど知れて良かったこともあるんだ」
瑞貴の言葉を聞きながら、秋月は再びゆっくりと立ち上がった。大黒様が、もっと撫でてもらいたそうに見えたのは気のせいだろうか。
「どんなこと?」
秋月が興味を持って問いかけてくることに少し疑問はあったが会話が途切れてしまうよりも遥かにマシだと思っている。しかしながら、神様や宗教についての話をする場合は言葉を選ばなければならないので気を抜くことは出来ない。
「神様でも仏様でも、自分の仕事が忙しすぎて誰かを救っている余裕なんて全くないんだ。……だから、結局は自分が頑張るしかないってことを知れた」
瑞貴にとっては実害を被っているレベルであり、神様の仕事の手伝いをするために人間側が時間を費やしているのだ。大黒様との視察で出歩いている現在も該当している。
「えー、何だかガッカリな話。……それじゃあ、お参りしても意味はなの?」
「いや、ちゃんと意味はあると思う。……お参りすると気持ちは楽になるだろ?」
「……それだけ?」
「そう、それだけ。……でもね、それが一番重要なことだと思うんだ。宗教とかに過度な期待をするのは危険なことなんだ。救いの手を差し出してくれるのは、人間だけだってことを忘れてはダメなんだ」
まず、人と人の関係があって、宗教だとかは次の段階であると瑞貴は考えていた。自分の価値を高めることなく生きてはダメなのだと父からも強く言われていた。
「秋月さんは、高校受験の時に勉強はした?」
「もちろん、したよ。……すごく頑張った」
「それじゃあ、合格祈願とかに行ったりした?」
「うん、行った。」
「どうして?……勉強を頑張って実力をつけたんだったら合格祈願なんて非科学的なコトしなくても大丈夫じゃないの?」
瑞貴は、この話で安心も得られている。一生懸命に考えている秋月が一気に身近な存在で可愛らしく思えて、当たり前のことであるが同い歳であることを意識した。
「……みんなも行ってたみたいだし。……お母さんが連れて行ってくれたから深く考えずにお参りしてた」
「でも逆に、合格祈願に効果があると思っているのなら受験勉強なんてしなくても合格できるんじゃないのかな?」
「えっ?……だって、勉強をしてないのに合格するはずないもの」
おそらくは、この時点で矛盾に気付き始めている。
もし、秋月が勉強をしないで合格祈願だけに全てを委ねてしまう思考の人間であれば、この問答は成立しない。
「それじゃあ、なんで合格祈願に連れていかれたんだろ?」
今度は秋月も自問自答を始めてしまう。
「秋月さんは、合格祈願に行ったことで受験のストレスが和らいだりはしなかった?」
「……そうだった、かもしれない。……頑張って勉強したから、あとは神頼みって感じなのかな?」
「それは、秋月さんにとって無意味な時間だった?」
「意味はあったよ、すごく大切な時間だったと思う」
「さっきは『それだけ?』って言ってたのに、矛盾してるんじゃない?」
意外そうな表情で『本当だ』と言っている秋月を見て瑞貴は思わず笑ってしまった。
瑞貴自身も正解は分からないことなのだから強制することはしない。秋月本人が納得できる自分なりの結論に辿り着けていれば、それで良い。
ただ、これは神媒師として様々な神様と向き合う必要がある瑞貴の考え方なのだ。一つの宗教的な考えには束縛されず柔軟に対応するための特殊性があるのかもしれず、他人に聞かせるべき話ではないかもしれない。
「ゴメン。……延々とこんな話をしちゃって」
「えっ、私が聞いたんだから、滝川君のせいじゃないよ。……それに私も知っておきたい話だったかもしれないから」
「神様についてのこと?」
秋月からの返事はなく少しだけ表情に陰りが見えた。大黒様も心配そうに秋月を見上げている様子が瑞貴には不思議だった。
瑞貴は調子に乗って余計な話に脱線していたことを反省する。高校1年生が休日にする話題としては、あまり好ましい内容ではないのかもしれない。
もし、秋月が瑞貴の話に合わせてくれて『知っておきたい』と言っていただけであれば彼女の時間を奪ってしまったことになってしまう。
「わんっ!」
最高のタイミングで一声上げてくれる。大黒様が全てを悟っているからのこその『間』でもあった。
「家まで送るよ」
瑞貴は明るく声をかけることができた。自己嫌悪に陥る前に、気持ちを切り替えることが出来たので空気を悪くすることもなく話を終えられた。