114 不測
素直に罪を認めて瑞貴の言葉に従うだけになっている向井に対して、あずさの祖父は困惑した表情を見せながら、
「まぁ、人間、生まれながらの悪人はいないということか……」
と言うしかなくなっていた。自分を騙そうとしていた男に対して責める気持ちも憤りを覚えることもなく、この状況を受け入れるしかなくなっていた。
「……生まれながらの悪人ですか?……それに関しては肯定も否定も出来ないです」
あずさ祖父の言葉を聞いた瑞貴の反応は曖昧なもので、瑞貴は項垂れている向井を静かに見た。
「生まれながらの悪人もいる?ってことですか?」
茜が瑞貴に質問したが、瑞貴は答えることを避けて微笑んだ。
「とりあえず向井さんの件は片付いたとして、この家に起こっていることを解決しましょう」
向井の問題は別件であり、本来の目的は違っている。あまりにも向井の態度が変わってしまっていた驚きで、関心が移ってしまっていることを当事者の三人ですら忘れてしまっていた。
この家の不幸は『疫病神』が起因していると瑞貴は語っており、通常では受け入れられないような話ではあった。それでも瑞貴の言葉に疑いを持っていない向井の反応を見てしまえば、瑞貴の言葉に嘘がないと思えてしまう。
「……あのぅ、私はどうすれば?」
この場には不必要な存在になってしまった向井が力なく聞く。
「迎えの車は来ているんですか?」
「いえ、私から連絡があってから迎えに来ることになってます」
瑞貴は目を閉じて少しだけ考えを巡らせ、今の向井が『人頭杖の会』へ戻った場合のことを心配していた。
「会に戻ったら、向井さんはどうするんですか?」
「……まだ細かくは考えられていません。……考えられてはいませんが、これまでのように活動を共にすることは私の選択肢にありません」
「ですよね。……でも、それで問題はないんですか?」
「ないとは言えませんね。ここには道風の名前を借りて来ているので、何らかのペナルティはあると思います」
自分たちを騙そうとしていた男の告白に、あずさたちは心配そうな表情を見せてしまっている。
「代表は小野篁の弟子、でしたよね?」
「弟子、と言うか小野篁の代わりに閻魔大王に仕えるのは自分だと主張してます。生まれ変わりに近いような考えでしょうか」
「それで『人頭杖の会』」
「はい。……自分は地獄にも行ったことがあり、閻魔大王の力を使いこなせない男より閻魔大王は自分を選びたかったはずだと話しているのを聞いたことがあります」
「……地獄に行ったことがある?……自分を選びたかった?」
それは瑞貴も知らない話であり、向井の登場まであずさの家の問題を先送りにした原因があるように感じた。
――閻魔大王の力を使いこなせない?……小野篁が閻魔大王の力を使いこなせなかったってことか?
予想外の展開に瑞貴の頭の中には嫌な考えが巡っている。
振り返って采姫を見ても、鬼を見ても、瑞貴の疑問に答えてくれそうな様子は全くない。
「迎えの連絡は待ってください。向井さんにお渡ししたい物があるので、待っていてもらっていいですか?」
「えっ?」
向井は瑞貴が自分に『渡したい物』を準備していることに不安を感じた。
この状況で更に何かあると考えれば向井は不安になったが、覚悟を決めるしかなので瑞貴の言葉に頷いて答えた。
「あずささん、スイマセン。向井さんにはリビングで待っていてもらっても大丈夫ですか?」
「えっ!?ええ、もちろん大丈夫よ」
他人の家であることを気にする余裕もなく、瑞貴の勝手な判断で決めてしまっていた。
あずさの家で起こっている問題は余裕を持って解決出来る算段でいたが、瑞貴にとって少しだけ計算違いが発生したことになる。
――それで車の中で采姫さんは『あんな物』を俺に渡したのか……
瑞貴にとって計算違いであったとしても采姫は予測の範疇だったらしく、この展開を教えてくれていなかったことに愚痴りたい気分になった。
それでも、この展開の対応は後回しにして現在優先すべき問題がある。
気持ちを切り替えて深呼吸をした瞬間、瑞貴の目の前を黒い蝶が横切った。
久しぶりなので以前に投稿していた分も見直しを進めたいと思います。少しずつでも進めていきたいと考えておりますので、お付き合いお願いいたします。