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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
112/114

112 順番

「わん!!」


 この空間に全く似つかわしくない鳴き声を響かせて大黒様が姿を現した。瑞貴の考えを後押しするようなタイミングではあったが、突然の登場に少しだけ驚かされる。


「……どうして、ここに犬が?」


 それまでいなかったはずの大黒様が現れたことで向井は動揺しているようだった。


「あぁ、俺がお世話している柴犬です。一応は関係者になるのかな?……そう言えば、あなたも犬を飼ってましたよね?」


 向井の身体がビックっと反応した。犬を飼っている情報まで瑞貴が知っているとなれば隠し事は出来ない。瑞貴は向井の動揺を感じ取って話を戻すことにした。


「向井さん、あなたが富永家に鬼が棲んでいると言い出したのは何故です?」

「……節分」

「あぁ、節分コントで騙せるから?大金を得るきっかけには都合がいい?」


 向井は瑞貴の問いかけに力なく小さく頷いた。

 瑞貴が『節分コント』と言っていることに否定も忘れて、向井は何処にも目の焦点を合わせず自分なりに何かを考えている様子だった。

 

「地獄の鬼を見られたのは俺にとっても貴重な経験でしたけど、どう考えても節分コントは不要なイベントだったはず。それでも天照大神の依頼が後回しにされたのか?」


 向井は『天照大神』の単語に再びピクリと反応して見せた。これほどに特殊な空間の中で普通に会話をして、特殊な単語を平然と使っている瑞貴の存在に向井は恐怖を感じている。


「……私は、私は死んだら、この地獄へ堕ちるのか?」

「えっ?」

「だから、私はこの地獄で苦しみを与えられるのか?教えてくれ。……いや、知っているのなら、教えてください」


 向井は明らかに年下である瑞貴に対して敬語を使い始めて、瑞貴を特別な存在であると認めてしまっていた。


「えっと、それはスイマセン。俺も知らないです。でも、たぶん、そうなると思います」

「……私は、誰も傷つけていない。……はずなんです」

「傷つけていないとは?身体的な意味ですか?……それとも、精神的な意味ですか?」


 向井は答えなかったが、おそらくは身体的に傷を負わせるようなことをしていないと言っているだけである。

 瑞貴は確認するように白髪の鬼の顔を覗き込んでみると、鬼は黙って頷いて返した。


「二年前の冬にも、荒川という人のところで今回と同じように大金を得て鬼を追い払う豆撒きをしていますよね?」

「!!そんなことまで?…………はい。しました」

「その家の人たちは幸せを取り戻せましたか?」

「……その後のことは。……知りません」

「無責任ですね。それで誰も傷つけていないと言えるのですか?その家族が身体的にも精神的にも平穏無事な生活を取り戻せていると、あなたは本当に考えていますか?」


 瑞貴は荒川家の現在の情報も得てはいたが、向井に質問するだけにとどめた。

 淡々と語る口調は向井のことを責めているようには聞こえない。それでも瑞貴の質問には向井の過去を知っている事実が含まれており、向井が知らないことまで知っていることにもなる。

 向井は『知りません』と言ってはいるが、その言葉にも偽りがあると瑞貴は考えていた。


――人は閻魔大王の前でも嘘をつく……か


 瑞貴は、人頭杖が必要な理由を鬼が語っていた時の言葉を思い出す。


「……それでも、私がやってきたことで救われた人もいたはずです」

「いたとは思います。『病は気から』と同じで不安な気持ちを取り除くことにも意味はある」

「そうなんです!」


 向井は瑞貴の言葉を受けて表情を明るくして返事をした。


「……でも、救うために嘘をついたのか、嘘をついた結果で偶然救われたのか。俺は全く別物だと思っています」


 再び表情を曇らせて向井は項垂れた。


「わ、私が、この地獄を回避する方法はあるのでしょうか?……私は、そんなに悪いことはしていない!」


 現実逃避をするように向井は首をブンブンと振って、自分の周りに広がる地獄を否定する。


「悪いことかどうかは、あなたが決めることじゃない。それを決める権利があるのは被害にあった人たちです」


 地獄を見せてからの向井を見ていて瑞貴には気が付いたことがあり、逃避しようとしている向井を瑞貴は逃がさない。


「それに、生きている時に犯した罪の重さと地獄の深さは比例するわけでもないと思います」

「え?」

「過去に苦しめた人たちを見て見ないふりをして自分の過ちを認めず、未来に自分が苦しめられるかもしれない地獄を目の当たりにして自分の罪だけを否定する。そんなあなたの魂は、鬼たちに苦しめられる地獄に相応しい」


 白髪の鬼は目を閉じて静かに瑞貴の言葉に頷いた。


「あなたが以前勤めていた会社で上司から嫌がらせを受けていたことには同情します。転職がうまくいかなくて『人頭杖の会』に頼ったのは息子さんのためだったかもしれない。でも、それが他人を不幸にしていい理由にはならない」

「どうして、それを?」

「今更、俺がどこで知ったかを教える必要ありますか?」

「……いえ」


 完全にとどめを刺されて向井は崩れ落ちた。どれほど足搔いても瑞貴に勝てる要素がないことを十分すぎるほどに理解させられていた。


「過去はやり直せません。あなたに残っているのは、この先の時間だけです」

「はい」

「それで、どうするんですか?」

「私に救われる道はあるんでしょうか?」

「そんなこと俺には分かりません。俺はあなたに地獄の鬼を見せたかっただけなんです。濡れ衣を着せられたままでは鬼が可哀想なので。……あなたが地獄に墜ちようが、俺には関係ない」


 瑞貴にも向井が救われる道があるのか本当に分からなかった。ただし、瑞貴は話をしている中でヒントになるものを向井に与えている。


「……魂。……心、なのか?」


 向井は独り言を漏らして、自分なりに救われる道を探っていた。

 その状況を見届けてから瑞貴は巨体の鬼たちに『ご協力、ありがとうございました』と言い、向井に背を向けた。背を向けて向井には見えないように閻魔刀を鞘に納める。

 カチッと鞘に納まった瞬間、境界の紐は鞘に巻かれて周囲の地獄は消え去った。


「あっ!?」


 向井は元に戻った室内を冬とは思えないほどに汗をかいたままキョロキョロと見回した。リラックスして床で寝ている大黒様と比較してしまい瑞貴は笑いそうになる。


 そこにタイミング良く采姫が富永家の面々を連れて戻ってきた。自分たちが出て行った時と変わり果てた向井の姿を見てあずさと茜は驚いていたが、采姫は満足げな表情をしていた。

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