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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
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109 豆撒き

 家に上がった向井こと道風は背後にいる瑞貴のことを気にしながら奥の座敷に入っていった。これまでの訪問の中で、この部屋に鬼が居ついていることにしたのだろう。

 余計な説明もなく進めているので、向井としては時間をかけずに『作業』を終わらせて報酬を受け取ることが瑞貴には感じ取れた。


「……この部屋に鬼が棲んでいるんですか?」


 瑞貴の問いかけに瑞貴は身体をビクッとさせた。


「え、ええ。……この部屋が元凶です」

「はぁ」


 瑞貴の溜息にも似た返答に向井は不愉快そうな表情になる。明らかに今回の件で得体のしれない瑞貴の存在だけが向井の誤算になっている。


「まぁ、この部屋なら大丈夫か」

「……この部屋なら大丈夫?……それは、この部屋に鬼はいないと言っているのですか?」

「あっ、すいません。こちらの話です。向井さんは気にせず、鬼退治やっちゃってください」


 この言葉に反応して、向井は眉間に皺を寄せて更に不機嫌になった。


「そんなお気軽なものではありません。これは儀式なのです」

「はぁ、儀式……。ですか?」

「当然です。鬼という存在を追い払うのですから、我々にも危険が及ぶかもしれない。……それを『やっちゃってください』などと軽々な言葉で片付けないでもらいたい」

「……それは失礼しました。ですけど、鬼って、結構話の判る存在ですよ。『出って行ってくれませんか』ってお願いすれば普通に従ってくれると思うんです」


 瑞貴の話を向井だけではなく富永家の人たちも驚いた様子で聞いていた。采姫だけは微笑みを浮かべながら二人の会話を聞いている。


「……そんなことは、ありえない」

「そうですか?……まぁ、俺も予行演習で見た時は想像以上の見た目で驚きましたけど、今回の件ではノリノリでしたね」

「予行演習……、ノリノリ!?……君は何を言っているんだ!」

「あなたの『作業』を見終わった後で全部判りますよ。さぁ、どうぞ始めてください」


 自信満々の瑞貴の態度に怯んでしまいそうになりながらも向井は準備を進めることにした。それをしなければ求めている報酬を得ることは出来ないのだから、向井としてはやり遂げるしかなかった。


 あずさも茜も意味が分からない様子だったが、この場を瑞貴に任せると決めていたのだろう。余計な言葉を挿むこともなく二人のやりとりを見ていた。祖父も孫から話を聞かされていたのかもしれないが自分が手配した向井よりも瑞貴を信じているような様子だった。


 向井は丁寧に床に置いたカバンから金色の巾着袋を取り出した。巾着袋の紐を解いて手を中に入れると豆を取り出す。


「……これは特別な願いを込めて準備をした『豆』です。小野篁の力を持つ代表が、鬼を払うために力を込めた特別なものになります」

「小野篁が、鬼を払うための力を?」

「そうです。小野篁は閻魔大王の手伝いをしておりますので、その程度の力はあります」


 そう言いながら向井は座敷の障子と窓を開けて準備を整え始めた。急いで終わらせたい気持ちしかないのだろう、瑞貴に対して余計なことを言わないようにしている。


「それでは鬼払いの儀式を始めたいと思います。この部屋に棲んでいる鬼が暴れるかもしれませんので、皆様も十分にお気を付けください。私は鬼と対峙することに全精力を注ぎますので、皆様の安全にまで配慮することは出来ません」


 瑞貴は黙って座敷の隅で正座した。富永家の面々も瑞貴の隣に正座したが、采姫は外に出て行ってしまっている。


「……鬼は外!!」


 向井が強張った表情で語気を強めながら豆を撒いた。バラバラと豆が畳の上に散らばる。


「鬼は外!!!」


 何度も座敷の中で豆を撒いて、窓の外に追い払うように動いている。他の誰にも見えていない鬼が向井だけには見えているように緊張した様子だった。


 あずさと茜は隣の瑞貴を見ると小刻みに肩を震わせている。必死に笑いを堪えていることが判ったので向井の緊張感の落差で一気に出来の悪いコントを見ているような感覚になってしまった。


 そんな中でも向井は額に薄っすらと汗を浮かべて一生懸命に鬼を追い払っている。



「……そんなことで鬼は追い払えませんよ」


 いつの間にか本当の鬼が立っていた。


「えっ!?……鬼塚さん、いつの間に」


 あずさが反応した。あずさにとっては麻雀を一緒にやった鬼塚一郎としてしか認識していない。


「勝手にお邪魔してしまい申し訳ありません。彼に頼まれておりましたので」

「瑞貴君に?」

「はい。ちょっとシュールな感じがして面白かったから、もう少し見ていても良かったけど。不愉快だったみたいで予想よりも早い登場でした」

「……ええ、全てが不愉快でした」


 予定外の人物が瑞貴以外にも増えてしまい、向井は豆撒きを中断してしまっていた。しかも白髪長身で瑞貴とは段違いの迫力のある存在で、向井は明らかに動揺してしまっている。


「……えっ?……な、な、なんなんです。……大切な儀式の、邪魔ばかり。……これでは、これでは鬼は払えない!」


 向井は抗議の言葉を何とか絞り出した。


「邪魔など入らなくても、鬼を払うことなど貴方には出来ない」


 茜や祖父は初対面の鬼の迫力を感じていたが、あずさと瑞貴の知り合いであることで冷静さを保っていられた。


「……だそうです。俺も同感です。そもそも、この部屋に鬼は棲んでいないし、この家に起こっている不幸の原因は鬼じゃない」

「な、なにを言っているんだ君は!?」

「今後の参考になればと思って、黙ってみてましたけど……。俺には、こんなお芝居を真顔でやる演技力なんてないですね」

「お芝居だって?」

「瑞貴殿には芝居をする必要などありません。そもそも、瑞貴殿のお力は小野篁とは比べ物にならないのですから鬼は払う存在ではないのです」


 この発言には瑞貴も少しだけ驚かされた。それでも今は向井の相手が優先される。


「こんなお芝居で100万も貰えるなら仕方ないかもしれないけど、この豆一粒でいくらになるのかな?」


 そう言って瑞貴は近くに落ちている豆を拾った。


「……これ一粒で何千円?もしかすると何万円?……こんな阿漕なことをしていたら、あなたが鬼のお世話になる。地獄に墜ちますよ」


 少しだけ強い言葉を瑞貴が使って断言したので、向井は後退ってしまった。その前に鬼が言った内容も向井は気になっていたのかもしれない。


「向井さんは地獄の存在を信じますか?」

「……地獄?」

「俺は地獄が存在してほしいと、ずっと願っていたんです。ちゃんと地獄が存在してくれていることを知ったときは本当に嬉しかった」

「何を言っているんだ?本当に存在していると知った!?……馬鹿な話に付き合うつもりはない!」

「鬼が棲んでいると言ったあなたが、地獄を馬鹿な話と言うんですか?」


 ここで鬼が少しだけ笑って瑞貴の横に膝をついて、耳元で『準備は整っております』と囁いた。

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