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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
108/114

108 前哨戦

 すると一台の高級車が富永家の前に停車した。後部座席からスーツ姿の男性が降りてきたが、清潔感の身なりを台無しにしてしまう禍々しい首飾りを下げている。


「あっ、あの人です。あの人が鬼が居るって言った霊能者です」


 茜が緊張した様子になり、瑞貴に聞こえる程度の小声で言った。


――なんだ着物じゃないんだ……


 瑞貴の感想はそんな程度でしかない。

 少し大きめのアタッシュケースを持ってはいるが、首飾りを除けばサラリーマンと違いはない。


――采姫さんに騙された?


 瑞貴はチラリと采姫を見たが涼しい顔をしている。瑞貴に着物を着せたのは趣味でしかないのだろう。


「おはようございます。私は『人頭杖の会』から参りました道風と申します。今日が皆様にとって特別な一日となるよう精一杯務めますので、何卒宜しくお願い申し上げます」


 向井は自らを道風と名乗り、丁寧な挨拶をした。

 その態度からは大人の余裕も感じられているが、少しだけ異分子に対する警戒もある。


「……道風か。……読み違えたかな?」

「どうしたんですか?」


 瑞貴の独り言に茜が反応した。


「ん?……いや、やっぱり俺はまだまだだって反省しただけだよ」

「えっ!?」

「あぁ、でも心配しなくて大丈夫。大した問題じゃないから」


 実際には瑞貴の独り言を聞いても茜は心配などしていなかった。瑞貴から緊張感が伝わってこない穏やかな雰囲気がある。


――結構いい名前を与えられてるってことは、俺が予想してたより幹部なのかな?


 小野篁に関係する名前を法名のように与えられるのであれば小野道風は有名どころになる。和様書道の礎を築いた人物とされている。


「あっ!単に春日井市出身ってだけで序列に意味はないのかも!」


 瑞貴から発せられた声は大きくなってしまい、向井にも聞こえてしまう。その内容に向井は少しだけ嫌な表情を見せていた。


「……あなたは?富永様のご家族ではありませんよね?」


 向井は落ち着いた声で瑞貴に質問した。冷静を装っているが着物姿の瑞貴を意識しているのは間違いなさそうだった。


――俺を意識してる時点でダメなんだよな、ちゃんと感じられる人なら采姫さんの方を意識しないと……


 単に着物で特別感を出しているだけの瑞貴よりも采姫が漂わせている気配に意識を向けられる人間でなければ勝負にならないと感じていた。向井たちも時間をかけて儀式の真似事を行うつもりはないだろうが瑞貴も同じように考える。


「俺のことは無視してくれて構いません。ちょっと見学させてもらおうと思ってるだけです」

「……見学、ですか?」

「はい。向井さんがどんな儀式を行うのか気になっただけです」


 ここで向井の表情が大きく変わった。隠していたはずの本名を言われてしまい動揺を隠すことが出来ない。


「えっ!?どうして……。な、なんで名前を知ってるんだ?名乗ってはいないはず」

「向井義昭さん、ですよね?あなたも閻魔様の関係者になるのなら名乗る必要がないことは理解できるはずですけど?」

「……あなた『も』だって?」


 あずさも茜も瑞貴の言葉に息を吞んだ。

 これまでの会話の中で瑞貴が閻魔様と関係があるとは聞いていない。向井のいる『人頭杖の会』は閻魔大王の弟子とされる小野篁の子孫が中心にいる。そして、『人頭杖』を掲げているのであれば閻魔大王との関係性は強いはずだったが、瑞貴は違うと考えていた。


「一応、俺も関係者になると思います。でも、まだ経験が浅いので勉強させてください」

「……勉強?……勉強ですか?」

「はい。あずささんから今日は鬼を追い払う儀式をすると聞いて参考にさせてもらおうと思ったんです」


 富永家の人たちもいるので向井は必死に動揺を隠そうとしていた。


「見学させていただいてもよろしいですよね?」

「いや、今日は簡単な儀式で見学するほどのものでは……」

「えっ!?鬼を追い払うほどの儀式が簡単なんですか?まだ7年くらいしか経験ないはずなのに凄いですね」


 冷静になろうと努力している中で『人頭杖の会』に参加したのが7年前であることも言い当てられてしまう。向井の手は少しだけ震えていた。


「……ど、どうやって調べたのですか?それに君は何者なんだ?名前も言わずに失礼ではないのか」


 向井は堪らず瑞貴に質問してしまうが、劣勢に立つわけにはいかないので強がっても見せる。


「調べてなどいません。俺も教えてもらっただけなので、俺が誰か知りたいのなら向井さんも教えてもらえばいいんです」

「はっ?教えてもらった?……誰に?」

「何でも知っている方たちです。ご存知ですよね?」


 ご存知ないことを承知していての嫌味である。出来ることなら瑞貴は自分の名前を知られずに処理してしまいたいと考えている。


「ま、まぁ。そうですね」

「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。俺は普通の高校生ですから」

「べ、別に身構えているわけではありません」


 向井も不要な追求に時間を割くより、少しでも早く目的を遂げる考えに切り替えていた。それは瑞貴を相手にすることを避けたことになる。


 富永家の人たちは二人のやり取りに割って入ることはなかった。この場にいる誰もが向井が動揺しているのを見て、向井から発せられる言葉に重みを感じなくなっていた。


「それでは家の中に入りましょう。向井さんが言うように鬼がいるのであれば追っ払ってもらいたい」


 祖父までが『向井さん』と呼んでしまっていることに、あずさたちは少し可笑しくなってしまう。

 自己紹介では『道風』となっているが全く無意味なものとなってしまっていた。


「えぇ、ですが鬼を追い出したとしても状況が改善されるまで時間は必要です。今日の儀式で、どこまでのことが出来るか……」


 瑞貴をチラチラと見ながら向井は言った。

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